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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
受難は続くよどこまでも
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「何しろ卑怯な手を使ってるのが腹立つんですよ。こっちは事実を知っているけれど、大げさに修正するとお二人に迷惑が掛かりますし」


悔しいしもどかしいと思ってくれる流星君の気持ちはわかる。自分だって「いやいや、アンタじゃないだろ」と言いたいのをグッと我慢しているのは、自分が本当の相手だと言ったところで御仁に敵う気がしないからだ。入社歴からしても話術からしても営業マンの彼に敵う気がしないし、人望だって向こうの方が断然だ。どうやら御仁は噂を肯定も否定もしていないことから、周囲が勝手に彼女との結婚の話が事実だと認識しているらしく。多分、その情報が事実ではないと本人はわかっているが、それを利用して周囲から固めていく作戦なのかもしれない。


「あの人に直接、真偽を問いただせるような猛者はいないから、片方が曖昧にしていたらそりゃあ真実だと思い込まれるだろうなぁ」

「あの人も問い質されれば答えることもできるんでしょうけど、そういう人がいないんですよね」


一応誰かに聞かれていると困るので名前を濁してはいるが、内容は噂を知っている人が聞けばわかってしまうかもしれない。

彼女自身、誰にも聞かれていないのに否定して回るのも変な話だし、相手は違うにしろ結婚することは間違いないので「おめでとうございます」だけを言われても「ありがとう」と返せばそれまでだ。相手が噂で明確になっている状態で「お相手は誰ですか?」と聞かれることはない。気軽に話しかけてもらえる人が居ればよかったのだが、彼女は良くも悪くも孤立していて、プライベートを一切表に出さない事で有名だ。


会社で孤高の存在でいたのが返って仇になった形である。


噂が経ってからすでに二週間が経過している。噂が噂を呼び、会社の入り口には稀に新聞記者が張り込んでいて、彼女の知名度が嫌というほど理解させられるのだが、逆を言うなれば御仁が隠れ蓑になってくれているおかげで俺が無事に生活を送れていると思えば感謝だ。御仁も何度か新聞記者に追い回されているようだが、笑顔でスルーしているようで世間相手にも肯定も否定もせずといったところか。


「今のところ、否定する必要性が感じられない」

「それ、あの人も言ってました」


あーやっぱりか。


ここ最近、また互いに仕事が忙しくすれ違いが多く、プライベートでもなかなか一緒になれない。連絡は取り合っているものの、長時間電話するような事もなければメッセージのやり取りも淡泊だ。これは付き合う前からあまり変わらなくて、電話やメッセージでやり取りするよりも会って会話を楽しむ方が互いの性に合っている。

なので今回の話についてもあまり深いところまで話をしておらず、今後どう対応していくか等は考えていなかったのだが思うことは一緒らしい。

御仁が噂を利用して周りを固めようとしてるのであれば、その御仁を自分達が利用したところで因果応報である。御仁には自分達の婚姻がまことしやかに成立するまで、存分に傀儡になってもらえれば。


「考え方があの人に染まってきましたね」

「やだ、染められちゃった」


ポッと頬を赤くしたところで流星君が絶望的な顔をした。なぜだ。


本当、流星君ってこんなにわかりやすいのに俺しかわからないのかな? と甚だ疑問視していたところで、ポケットに入れていたスマホが震えてメッセージの到着を知らせてくれる。


会話していた流星君に断りを入れながらメッセージを確認して、思わず目を見開いた。


《もう無理。会社何時に終わる? 急で申し訳ないけれど、葉のアパート泊めてくれる? ごめんね迷惑かけて》


「……? 葉さん? どうかしました?」


俺がメッセージを読んだ途端、硬直してしまったのが不気味だったのか、流星君が声をかけてくる。ハッと我に返って小さく首を横に振りながらも多分俺の顔色は相当悪かったと思う。


「大丈夫、プライベートな事だから」


そう断りながらも席を立ち、返信をするため休憩室へと足早へ向かう。


――ああ、とうとう来たか。



 ◇◆◇



メッセージを貰ったタイミングが定時近くだったのは助かった。メッセージを寄越した相手に《少しだけ待てる?》と確認をし、今日中に片づけておきたかった仕事を片付け終わったのは定時から一時間ほど過ぎてしまった頃だ。慌ててロビーを降りていくと、なぜか黒澤本部長と流星君が並んで立っていた。人も疎らながらロビーに存在しているのに、親戚であることを隠している二人が一緒にいるのは珍しい。


俺は小さく会釈するに留めて二人の横を早足で素通りすると、何を思ったのか後ろからついてきたのだが正直それどころではない。


ロビーから外へ出ると真っ暗になった空の下、街灯やネオンが照らす場所にその人はいた。


「どうした?!」


俺がそう言いながら駆け寄れば、その女性はふと顔を上げて明らかにホッとした表情を浮かべる。年を重ねても美しく、周囲の視線が女性にチラチラと向けられてしまうのは今に始まったことではない。けれど今はその美しさに影が落ちている。以前であれば髪も綺麗に整えられていたのに、今は白髪だらけでボサボサだ。姿勢も少しずつ前かがみになってきたのは、決して年齢だけのせいではない。


「ああ、本当にごめんなさい。忙しい時に……」

「いいよ、それよりどうしたソレ!?」


近くの飲食店にでも入って待っているのだと思っていたから思いきり待たせてしまったが、そうしなかった理由は女性の顔にあった。鞄を両手で抱え込みながら小さく震える女性の頬は赤く腫れ、唇の端は切れて薄く血が滲んでいる。俺が待たせたせいもあって滲んだ血はすでに固まっているようだが、それを知っていればもっと早く会社を出たのに酷く悔やまれる。多分、俺が仕事を投げ出してくることを理解していたからこそ、自分の怪我を言わなかったのだろうが。


「伯母さん?」


俺が尋ねると、女性はフルフルと弱々しく首を横に振り、それから静かに視線を伏せて。


「……親父か」


再び尋ねれば、小さく頷いて「ごめんね、ごめんね」とうわ言のように繰り返す。怒りと心配が混在して無意識に爪が食い込むほど手を握りしめたところで、背後からふと声がかけられた。


「失礼。片山(・・)、何かトラブル?」


突然、第三者の声が聞こえてきて振り返れば、そこには自分の様子を心配してついてきたらしい彼女のと流星君の姿があった。そういえば、なぜかついてきていたなと今更ながら存在を思い出し、バツ悪い表情を浮かべていると、彼女は凛とした表情で女性を見つめて。


「……もしかして、片山のお母様?」


よくわかったな、と思いながらも口に出さなかったのは先に反応したのが母だったからで。


「あの、失礼ですが……?」


彼女の言葉に、戸惑うのは母だ。俺が連れてきたわけでもないが、オロオロと俺と彼女との間で視線を往復させる母に対し、どのように説明すべきか悩んだところ、彼女は流れるような動作で懐から名刺入れを取り出し差し出した。


(わたくし)、片山葉さんの上司、黒澤縁……です」


今、ちょっと敬語頑張ったな、なんて思う余裕が少し出たところで母は名刺を受け取りながら、ふと表情を和らげて。


「それはそれは。いつも葉がお世話になっております。不躾ながら職場まで押し掛けてしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


そういいながら深々と頭を下げだした母に対し、黒澤本部長は「いえいえ」と言いながら頭を上げるように願う。職場と言っても、随分離れた場所で待っていたこともあって迷惑はかかっていないはずだ。おずおずと顔を上げた母の顔を見て、彼女は静かに告げた。


「その顔の傷、医者に診てもらったら?」


唐突に彼女が告げた言葉に、母は激しい拒否反応を見せた。大きく首を振り「いいえっ! いいえ!」と繰り返す。


「そんなそんな、葉の上司の方に気を遣って頂くことのほどではっ」

「血も出ているみたいだし」

「あの、でもっ、そのっ……」


どうにかして切り抜けようとする母に対し、マズイと内心焦りながらも俺は庇うように母を背に隠すと彼女に向き直って。


「黒澤本部長、結構ですから。これは我が家(うち)の問題で」

「あのねっ! 女性が怪我をしているのを放っておけると思って!?」

「うちに連れて帰って俺が消毒するので」

「話の流れからして家庭内暴力でしょう!? どう動くにしろ診断書取らないと――」


逆ギレし始めた彼女に対し、俺は言いたくもないがどうしても無理なのだと理解してもらいたくて。


「――っ! 医者なんですっ!」

「はっ?」


と、一瞬の静寂が走る。後ろめたさから視線を合わせないまま改めて。


「父がっ……医者、なんです」


ようやく静かになってくれた彼女に俺はポツリと理由を告げた。


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