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天宮航、三十二歳。
語学堪能で日本語の他に、英語、中国語、フランス語ができ、某有名大学を卒業後に新卒で入社し、営業部のエースとして好成績を更新し続ける。二十四歳の若さで主任に抜擢され、現在は課長補佐として出世街道爆走中。高身長で顔も芸能人顔負けのカッコよさという容姿端麗ながら、営業部のエースに相応しく愛想がよく人受けのいい性格をしており、女性から非常に人気が高い。
叔父が当企業の役員であり、その関係から黒澤縁と知り合いになり交際関係に発展。婚約が決まった事を周囲に報告し祝福の声を浴びている。
「……っていう。どうだ? 俺の情報収集力は!」
すっごいドヤ顔で茂住さんが聞いてもないのに教えてくれた。
仕事中に突然「知ってる? ねぇ、知ってる?」と喜々と話し出した内容がコレだったので、俺は「はぁ」と言うしかない。隣で聞いていた流星君に至っては、珍しく滅茶苦茶不機嫌そうな顔をしてそれを聞いていたけれど。
「っていう夢でも見たんですか?」
「え? なに言ってんの流星君」
「勝手に名前で呼ばないでください」
「あ、ごめんなさい」
茂住さん、本当に流星君に弱いよな。
流星君が辛辣過ぎるのもアレなんだけれど、素直に謝ってしまうあたりフォローのしようがない。パソコンのキーボードを打つ手を止めてぼんやりとそれを聞いていたのだが、俺と彼女との関係を知っている流星君には酷く不愉快な内容だったようで。
「寝言は寝て言って欲しいですよね」
「あー、その言い方は今田君、信じてないなぁ?」
四十代前半だったはずだが、茂住さんの言い方は最早陽キャな思春期のようだ。言われた流星君は無表情ながらも明らかにイラッとしてる。後々、本当に表情豊かになったなぁと言ったら「……多分俺の無表情から感情わかるの、家族か葉さんだけだと思います」って言われて驚いたけれど。え? こんなにわかりやすいのに周りでわかるの俺だけなの?
「でもコレ、ちゃんと天宮君から聞いた情報だからね?」
「本人が個人情報言ってきたんですか? 語学堪能で容姿端麗って? 自分で?」
「あ、いや、それは周囲からの情報もまとめた結果なんですけどね」
「情報元は明確にしてください。勝手に噂される方も迷惑ですよ」
「いや、勝手じゃなくて本人が――」
「黒澤本部長から話は聞いたんですか?」
「えっとぉ」
「二人並んで婚約会見したわけでもあるまいし、本当かどうかなんて実際にわからないんですから鵜呑みにしない方がいいですよ」
「今田君、なんでそんな認めたくないの? ……あー! わかった! さては黒澤本部長の事」
「葉さん、例の件ですがアポ取れました」
「あれ? 急な無視?」
さきほどまであんなに意気揚々と語っていた茂住さんが、無視を決め込んだ流星君の背後でひたすらウロウロしている。俺がチラチラと茂住さんを気にしているものの、当の流星君が相手にしないもんだから、俺に「どうしよう?」的な視線を向けてくるが正直困る。とりあえず「どうしましょね?」という視線を返しておくと、すごくショックな顔をされた。俺が解決するとでも思ったのだろか。
俺の視線が気になったのか、流星君は一旦仕事の話を止めて深いため息を吐くと、背後にウロつく茂住さんに振り返った。
「茂住さん」
「な、何かな?」
「仕事バリバリして指示だしてくれる茂住さんの方が好きなんですよね。仕事、しましょう?」
無表情のままコテッと小さく首を傾けながらお願いする流星君に、困り果てていた茂住さんの表情が一気に明るくなる。首を驚くほど高速に縦振りするとニッコニコの笑顔を向けて流星君に「よし、頑張ろう! 俺、頑張るっ!」と、両手を高々とガッツポーズしながらやる気を出して去っていく。
……流星君、本当に茂住さんの扱いうまくなったなぁ。
茂住さんの流星君好きが段々と悪化――ではなく、加速している気がするのだが、流星君の茂住さんへの塩対応もますますだ。そんな中で流星君はとうとう飴と鞭を使い分ける方法を身に着けたようで、今後もこの二人の関係から目が離せなくなってきた。
「気にしないでくださいね」
と、唐突に小さく声を潜めて流星君が心配してくれる。俺は一瞬何のことかと思うも、すぐに先ほどの話題の事かと理解して「ああ」と苦笑する。
つい最近まで自分の事が会社中で噂になっていたため、出社するのが少し怖くて億劫だったけれど、それを塗り替える噂が広まっていたおかげで目立たずに済んだというのは正直ありがたかった。
が、結局のところ俺――というより彼女が絡んでいる内容の噂には流石に驚いたし、もっと驚いたのはそれがネットニュースに載っていた事だ。
【黒澤財閥のご令嬢・一般男性と婚約】なんて見出しを目にした時には、どこで見られてどんな情報をリークされたのかとハラハラしてしまったのだが、記事を読めば読むほどその一般男性が俺ではないことに気が付いて。
噂の出所がはしごしたジュエリーショップでは? という話も彼女との間に出ていたが、あちらもブランドの看板を掲げた客商売であるから、顧客の情報を簡単に流すような馬鹿な真似はしないだろう。それでこそ黒澤財閥を敵に回すような行為だから徹底されているはずだ。だからこそ本当に彼女を一方的に知る人物に偶然見られていたという原因しか考えられないのだが、なぜ彼女の相手が別の人物と擦り替わっていたのか甚だ疑問である。
ただ、会社に出てきたタイミングで一般男性の正体を聞いて、驚くよりも先に納得してしまったのだ。
あー、あの。俺と彼女がまだ付き合う前に彼女の誕生日前に会社の休憩スペースでアピールしていた御仁か、と。あの時結構大胆にアピールしていたものの、彼女に冷たくあしらわれていたし、唯一の目撃者だった俺が、噂を広めなかったためにアレで終わりだと思っていたのに。
彼女の耳にもこの噂はすぐに届いたらしく《誤解》と単語でメッセージが来たからよほど焦ったらしいが、流石に俺も信じるわけがない。《信じるわけない、安心しろ》と返信はしていたのだが、俺という存在が完璧に消されている状況に、彼女よりも流星君が憤りを感じ、そして何より俺を心配してくれているという事は理解できて。
「ホント、彼女といると次から次へと問題が起こるよねぇ……」
俺がポツリと言えば、流星君が酷く焦った表情を浮かべたのだが。
「まったく……飽きないよねぇ」
俺が続けた言葉に「……え?」と疑問符のついた言葉が聞こえてきて。
「ん?」
「……いや、あの。その発想はなかったので」
「え? そう?」
「“またか”とか“いい加減にしてくれ”とか思わないんですか? 俺が言うのもなんですけど、あの人と関わってから結構色々と巻き込まれていません?」
「まぁ巻き込まれているっていうか……普通の人が普通に生活している上では起こりえない事ばっかり身の回りに起きるから、ホント面白いし飽きないなぁと思う。茂住さんみたいに第三者なりに噂を聞いたり広めたりっていう楽しみ方もあるけれど、当事者だから新鮮というか別角度から見るのって楽しいよね」
「楽しんでるんですか、この状況を」
心底驚いた様子の流星君に俺は思わず笑ってしまって。
「いやぁ、モテるとは知ってたし理解してるから誤解しようにもね」
彼女は俗に言うツンデレなので、二人きりの時の態度を見れば明らかだし、あれが演技で俺が騙されているのならむしろ喜んで騙される。他の男性陣はもちろんの事、女性でさえ彼女をクールだと思っている節があるが、俺が彼女にクールというイメージを抱いたことは一度もないので。
「嫉妬しないと言えば嘘になるけど、数が多すぎて慣れてきたっていうのもあるよね。まさかネットニュースになるとは思っていなかったけれど」
自分が本当に彼女と結婚することになれば、ネットニュースではなくて本当にニュースキャスターにニュースとして読まれそうだな、と呟いたところ「当然ですよ」と流星君に言われて驚いたけれど。あ、当然なのか……覚悟しておこう、うん。
「真実を知る立場としてはニヤニヤしちゃうんだよね。どうするんだろう? って。ホント飽きない」
「葉さんってどうしてそのプラス思考を自己肯定感に活かせないんですかね……」
「ディスられてる?」
「発想は褒めますが今のはわざとディスりました」
あら、お茶目。




