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「……縁ってなんで俺の事好きになったの?」
思った事をそのまま口にすると彼女は「え゛!?」と激しく狼狽えて。長い沈黙の中で彼女の顔色が真っ赤に染まる。先ほど褒め殺しした時と同じかそれ以上の紅潮ぶりに少し心配になる程で。「あー」「うー」と何度か唸りながらも天井を見上げ、繋いだ手元を見つめ視線を右往左往させる。俺の膝の上からゆっくりと降りると、そのまま俺の隣に並んでソファに座り、両手を繋いだまま彼女の額が俺の肩に寄せられて。
「あの……正直、話すの凄く恥ずかしいんだけど……でも、あの時言えなかった感謝の気持ち伝えたいから……ちょっと長くなるけれど聞いてくれる?」
彼女が俺の肩に額を寄せたのは顔を見て話す勇気がないからだ、という理由を付け加えて教えてくれる。そんな彼女の肩をを抱き寄せ、望むまま顔を見ないようにまっすぐ前を向いてぬくもりを感じていると、少しの沈黙の時間を作ってからポツポツと語りだした。
ファミレス時代と同様、黒澤の苗字を偽り新卒で入社した会社で酷いパワハラを受けて精神を病み、逃げるように仕事をやめてしまったと聞いたときは意外だった。その内容が“敬語が使えない事で人間性や家族を全否定された”というものに対しては身に覚えがありすぎて、彼女の話を遮って思わず謝ってしまったが。
謝罪したものの、彼女は顔をあげることなく小さく首を横に振ってフフッと笑みを漏らす。やはり、当初こそ俺がしつこいくらいに敬語を使えと言っていたのは堪えていたらしいが、人間性や家族を全否定までは否定されていないし、そのコンプレックスとトラウマを一掃したのもまた俺だと言って。
そこでようやく彼女が顔をゆっくりとあげ、俺も自然と彼女を見る。
隣に並ぶ彼女の視線は痛いほどまっすぐに俺にぶつかって。
「使っている言葉を綺麗だって言ってくれたその一言が、私を救ってくれたの。私を見つけてくれてありがとう。私を褒めてくれてありがとう。つまらなくてどん底だった人生観が一変して、泣き叫ぶほど嬉しかった」
そう言いながら彼女は俺が発言したらしい言葉を並べたけれど、俺にとってそれは“そういう会話したかもしれない”という程度の記憶で、ただ“俺が言いそうだな”とも思えた内容で。
「……縁が宝物みたいに思ってくれているのありがたいけど、俺そこまで大したこと言ったつもりないし、曖昧な記憶しかないのが申し訳ない」
「ふふ、葉クンならそう言うと思ってた」
どうやら予想されていたらしい。
「きっと葉クンにとっては取り留めもない会話だったと思うし、それでいいと思っている。私がそんな道端に落ちていた石ころみたいな会話を拾い上げて、勝手に磨いて宝石だと思ってるだけ」
「才能がある人が宝石に見えるってアレか?」
俺がそう尋ねると、彼女は「あっ」と思い出したように声を上げ、それから目から鱗が落ちたように「それだ!」とはじけたように笑って。
「そうじゃないけれど、そうだったのかもしれない! だからラピスラズリなんだ! そっか、葉クンは私のラピスラズリだ!」
「ラピスラズリ?」
「そうっ! 葉クンを見た時、ラピスラズリだったのずっと気になっていたんだけれど!」
どうやら彼女の能力ではキラキラと乱反射して輝きを放つような石を宝石と言うらしく、輝きを持たない鉱石に見えるのは非常に珍しい。俺はその珍しい部類の石に見えていたようで、それがラピスラズリという。そもそもラピスラズリがどんな石だったかも記憶にないので頭をひねっていると、彼女は俺から離れてサクサクッと手元のスマートフォンでラピスラズリを検索して画面を見せてくれる。
なるほど、瑠璃か。
ラピスラズリの和名が瑠璃なのかと新発見したと同時に、確かに不透明だから乱反射するような輝きにはならないだろう。検索画面に視線を落としていると、“宝石言葉”という項目に目が留まり。
「真の幸福を得る石?」
「宝石って、花と一緒で花言葉みたいに宝石言葉ってあるんだよ。意味が込められているの」
ダイヤモンドであれば“清純・無垢”、ルビーであれば“情熱・仁愛・威厳”などがある、と彼女は代表的な宝石の名前を挙げて教えてくれる。
「知らなかった」
婚約指輪買う前でよかったかもしれない。参考にしよう。あ、でも彼女の方が詳しいなら無理に自分が知識として詰め込まなくてもいいのか、などと考えていると彼女はスマートフォンをしまいながらニッコリと笑って。
「葉クンは私の真の幸福を得る石だったんだ」
「なるほど。その考え方は面白いな。俺は縁の為にあると」
「私、能力を持つ人が宝石に見えるけれど、それがどういう能力かまでは明確にわからないの。その能力がどういう条件で発揮されるかも知らなかったけれど、葉クンがそうだったら嬉しいなぁ」
それは本当に面白い発想だ。俺が彼女のためにあるのだとしたら、この出会いは必然だったし、落ちるべくして落ちた恋だったのなら猶更の事。後付けであっても、“そうだったらいい”という考え方はいずれ“そうだったね”という確信に変わる。互いがそれでいいならそれでいいのだ。
「葉クンの全部がパワーストーンだから、葉クンの言葉にもパワーがあるって考えると、すっごく納得出来ちゃった」
嬉しそうに語る彼女の笑みに苦笑が漏れる。きっと彼女であればどんな輝く宝石でも選べただろうに、不透明な宝石なんかでよかったのだろうかとも思うけれど。
――ああ、でもこれは、これだけはどんな宝石にだって譲れない。
だってこれは。
「“俺の恋”だからな」
ポロリと零した言葉は届かなかったらしく、彼女のちょっとだけ困ったように小さく首を傾げながら微笑む姿に俺も自然と笑みが零れおちる。
「好きだよ縁」
「えへへっ、私も大好き。ところで葉クンが私を好きになったのって――?」
「……え? まだ褒め殺し足りないなら言うけど?」
「ごごごごごごめんなさいいいっ! 嬉しいんだけど勘弁してくださいぃっ!!」
そんな怯えなくたっていいじゃないか。
――多少の誤魔化しはあったけれど、結局自分達がよければいいんだと言われたらそれまでだ。誰だって自分の周囲が一番大切で、その大切さえ守っていけたらいいと思う。時にはふざけても、時には真面目にぶつかって、そうやって互いの存在を改めて認識していけたらいい。
そのまま俺は彼女の家に泊まる事になったが、二人で結婚観や結婚生活を夢見ながら語り合い、時々くだらない冗談を言い合ってはイチャイチャして、そんな普通の恋人のように過ごした。
そして――本当は割愛すべきじゃないだろうが、翌日に婚約指輪を贈るためにデートをしたところまでは軽く流して伝えさせて欲しい。なぜなら週が明けてようやく出社したところ、俺とアリーの関係以上のネタが社内を賑わせていた事があまりに衝撃的だったからで。
――曰く、黒澤縁がとうとう結婚することになったらしい。
――なぜならばジュエリーショップに相手と一緒に足を運んで指輪を選んでいたのを目撃した人がいたらしい。
――その相手というのが、営業部エースの天宮航らしい。
……え? 俺は?
また事件が起こる予感。




