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ひたすらイチャイチャ開始
「おかえり」
なんて言葉は本当に久々に言った。多分、言われた本人も驚いているから久々に言われたのかもしれないが、よく考えたら玉緒さんが居るので聞きなれているか。ちなみに玉緒さんは、契約時間的なものがあるのか、夕方過ぎに彼女の夕食を準備し終わって帰宅した。
リビングのソファでテレビを見ながらくつろいでいたところの帰宅だったから、顔だけをそちらに向けての挨拶だったが、それがちょっと日常的でいいなと思ったことが少し気恥ずかしい。いずれこれが日常になるのだろうけれど、新鮮味を味わえるのは今だけだから許してもらいたい。
俺がまだ滞在していると思っていなかったのだろう、彼女の多忙さからは早めの帰宅の気がするので、もしかしたら玉緒さんから連絡が行っていたのかわからないが、俺の姿をみるなり彼女は駆け寄ってソファに座る俺の前に跪くと、覗き込むように見上げて頬にそっと手を寄せる。
「大丈夫?」
心配そうに見上げてくる彼女に苦笑しながら、頬にあてられた彼女の手を取ると指先にチュッとキスを落とす。その流れるような俺の行動に驚いていた様子だったが、次の瞬間彼女の額をペチリと指先で弾き笑いながら叱った。
「おかえりの返事は?」
「っ! た、ただいまっ」
打たれた額を撫でながら彼女がようやく挨拶をすると、俺は打ったばかりの彼女の額にも唇を軽く落とす。彼女の顔が真っ赤に染まるのを見てちょっと満足できた。
「よ、葉クン」
「ん?」
「あの、ごめんなさい」
どうしても彼女は謝りたかったらしい。こちらとしては謝罪される理由もなければ、むしろ迷惑をかけたのはこちらの方なので謝るなら俺である。
「何に対しての謝罪?」
怒っているつもりはないけれど、自分の口から飛び出た言葉は思ったより冷たかったかもしれない。小さく彼女の体がビクリと跳ねたのは申し訳なかった。困っているというより少し怯えているようにも見える彼女の表情を俺は特に顔に色を乗せずに見つめ返す。
「あのっ……私、凄く葉クンを傷つけたと思うし」
「傷ついてないと言えば嘘になるけれど、あんまり気にしてないのも事実だよ」
「で、でも、黒澤の事情に巻き込んじゃって、申し訳なくて」
「巻き込んでいいって言ったのは俺だから」
「でも、でもっ!」
どう表現していいのかわからないらしいが、とにかく謝罪したいという事だけは何となく伝わってくる。けれど俺はこの件に関して彼女を責めるつもりは毛頭ない。俺は彼女にぶつけるほどの怒りもなければ、縋るほどの悲しみは流星君の前で流し切った。気持ちはとっくに切り替えているつもりだし、自分が“いい”と言ったのだから良いのだ。
ただ、彼女は納得しないだろうけれど。
でもでもと続ける彼女に対し、彼女の両頬を両手で包み込むように挟み、唇を尖らせるほど挟んだところでイラッとしながら顔を近づけて。
「いいって言ってんだろ。こっちは巻き込まれたなんて思ってねぇし、どう頑張ったって自業自得な部分もある。何かあればお前が助けてくれるってわかってたし、実際助けてくれただろう。だからそれでいいんだよ。あんまりしつこいと褒め殺すぞ」
「…………ほ、ほめ……?」
俺の発言に対して目が点になっている彼女の思考を置いてけぼりにしたまま、両手で挟んだ彼女の頬をムニムニしつつ少し怒った口調で矢継ぎ早に言った。
「大体なんなの? このソファの上に鎮座してるオオサンショウウオのぬいぐるみ、かなり気に入ってくれてるみたいでちょっと潰れてるじゃん。抱きつき過ぎだろう。頭いいのにちょっと抜けてるところも最高に可愛いし、髪もいつだって艶々サラサラで触りたくなるし、肌も最高に綺麗だし毛穴どこだよ。これ見よがしにテレビの横に置いてある、おしるこ缶って付き合う前に俺があげたやつだろ? 視界に入りやすいところにわざわざ置いて何飲まずに大事に飾ってあるんだよ。可愛いかよ。あと仕事も尊敬できるほどできて、でも運動神経悪いって欠点があるところもバ可愛いし、美人でモテるしけど他の男にはツンツンするくせに俺の前ではいちいち可愛いくてデレるし、不器用だけど優しいし、スレンダーかと思えば胸も尻のサイズもジャストだし、足めっちゃ綺麗だし、俺の事好きすぎるし、怒っても可愛いし、泣いても可愛いし、まぁ笑顔が一番可愛いんだけど、どんな顔してても可愛いし可愛いし可愛いし」
「まっ、ちょっお!? えあぁっ!?! まってぇぇぇっ!!」
俺の手の中でパニックになってる彼女の顔は真っ赤だ。必死に俺の手から顔をはずそうとするも、そう簡単には放してやらない。あぅあぅと言いながら俺の両手首を掴み、なんとか脱走を試みようとするのでそのまま顔を引き寄せて深くキスをする。
「はっ……まっ……」
口の端から途切れ途切れに抵抗と静止を求める声が漏れるが無視だ。
幾度か角度を変えながらもキスを繰り返し、ようやく唇を解放したものの額同士をくっつけたまま彼女の視線と無理矢理自分の視線を絡ませて。わざとウィスパーボイスを意識して。
「可愛い縁、大好き」
「まっ、もっ……やっ」
「俺の婚約者、最高。可愛い。大好き。愛してる」
「あぅああああっ!! まっ、待って……らめっ! うれっしく、てっ……無理ぃぃっ! 恥ずかしくて死ん、じゃっ、ううぅぅっっ!!」
だから褒め殺すって言ったじゃないか。
殺ろうと思えば褒める男なのだ俺は。
真っ赤な顔で俺の顔を直視しないよう目をギュっと閉じてるあたりなんかも、もう最高じゃん。閉じられ瞼にキスを落としながら指先で彼女の柔らかい頬の感触を確かめていると、頑なに閉じられていた目からボロボロと涙が零れだす。
「泣くほど嬉しい? もっと褒めていい?」
「ら、らめぇぇぇ……っ」
「可愛い可愛い俺の縁ちゃん。もう謝らないでくれる?」
「わ、わかるますた! ますっ! ですっ! あや、あやらっまないからっ!」
「日本語おかしくなってるぞ」
「よ、葉クンのせいでしょおぉおおおおっっ!!!」
ようやく彼女の顔を解放すると、その場にへたり込んで頭を垂らしながらぜぃぜぃと肩で息をする。昔、こういう態勢の顔文字あったなぁと思いながら彼女の後頭部を眺めている。会社から帰ってきたばかりで整っていた髪も一気にボサボサだ。生理現象のように零れた涙を手の甲で拭いながら、うぇっうぇっと変なしゃくりあげをし始めたのでちょっと笑ってしまったが。
「褒め殺すって出てくる、葉クンの発想が怖いよぉ……」
「縁にしか有効じゃないけどな」
「殺人未遂だぁっ! 責任取ってぇ!」
「責任? 結婚しよう」
「するぅっ!」
最早、ここまで来たら何の会話をしていたのか分からないくらいのバカップルである。
ぐすぐすと鼻をすする彼女に両手を広げると、それに気が付いた彼女はゆっくりと立ち上がりながら俺に正面から抱き着いてくる。ぎゅっと彼女を落とさぬよう腰を抱きしめて、首筋に鼻を寄せながらも俺は言った。




