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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
彼女が生まれた日 side.縁
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特定の国を批判するような書き方をしていますが、決してその国に対する冒涜ではなく物語の進行上選ばせていただいた国、というだけの話ですのでご理解頂きたいと思います。

次にバイトに入って片山さんと一緒になった時、真っ先に彼にお礼を伝えようと思った。


自分のコンプレックスがトラウマになっていた心のシコリを取り除いてくれたのは間違いなく彼だ。この感謝の気持ちはどれだけ言葉を尽くしてもきっと彼には伝わりきらないだろう。けれど、この溢れ出る嬉しさと感謝は伝える以外に昇華できなくなっている。

お礼の品を渡すことも考えたが、流石に大げさすぎると拒否られる気がする。本当は彼が望むならなんだってプレゼントしたい気分だし私にはその財力がある。お金で解決できないような願い事であれば、持ちうる権力をがっつり使って恩返しがしたい。


どうしよう。


片山さん、なんて言ってくれるかな? 喜んでくれる? 笑ってくれる?


想像しただけで楽しくなる。


それくらいの勢いで意気揚々とバイト先にやってきたのに、彼から向けられたのはいつも通り(・・・・・)の蔑視で。


「何?」


不愛想かつ不機嫌な声色で尋ねられた事に、なぜか心臓が大きく悲鳴を上げた。


勝手に理想を抱いていたのは私なのに、代わり映えのない関係がなぜかショックで。


「……あ、えっと……その」


感謝を伝えると決めたはずなのに、その瞳があまりにも自分を拒否していて言葉が続かない。つい昨日までどうやって彼に接していたか思い出せず、その視線に酷く緊張する。あれ以来これほど気持ちが軽くなったのは初めてで、今の自分であれば何でもできると無敵状態だったのに、なぜ彼の前に立つとこんなにも無力になるのだろう。


なんで私は彼の視線に、彼の態度に傷ついてるの?


向けられる視線がますます鋭くなっていく事に、だんだんと自分の顔から血の気が引いていく。そのタイミングで呼び出しボタンが押されたチャイムがなり、彼は視線を逸らしながら私に告げた。


「十七番テーブル、追加注文伺いに行って」

「……うん」


ろくに話もできずに仕事を始めてしまったが、どこかでホッとする自分がいて。ただ、どうしてこんなにも自分が落ち込んでいるのかなんてわからなくて。


変わったのは私だけで、彼は何一つ変わってはいない。


世界が一変するほど私には嬉しい出来事だったけれど、彼は私を嫌いなままだ。


嫌われているとは自覚していたし、それでいいと思っていたのに、今の自分はその事実に酷く傷ついている。少なくとも私は片山さんの事を嫌いじゃなくなった。むしろ自分の心を助けてくれた恩人だ。尊敬しているし、なんだってしてあげたいと思っているのも本音だけれど、自分が思うより彼は何一つ自分に期待していない事実に直面して。


これは私の我儘だ、と実感した。


感謝を伝えたところで彼は「だから?」と言って私の気持ちを素直に受け止めてはくれないだろう。むしろ酷く迷惑そうな顔をして気味悪がるかもしれない。今までの自分の言動が、彼に与えた影響の方が強すぎて、いくら感謝しているなんて伝えたところで響かない。感謝を自分勝手に押し付けるのは我儘で。


そんな事実に泣きそうになりながら、必死に心情を誤魔化すように注文を受けていると、そこにいた客が急に英語でまくし立ててきて戸惑った。


『こんなクソマズイ料理に金を払えっていうのかよ』

『ニホンジンのセイジツってやつを見せてほしいよ』

『ってかこの店員、美人じゃね?』

『ほんとだ、こんなところで働いてないで俺達とイイコトしよーぜ』

『おいおい、やめとけって、どうせ英語なんて通じないんだから。ニホンは英語が苦手な国なんだぜ』

『だから猶更だろう。おい、女ぁ。俺のでヒィヒィいわせてやるからイシャリョー代わりに一緒にホテル行こうぜ』


そういって下種にゲラゲラ笑う連中だったが、どうやら彼らは私に英語が通じないと思っているらしい。

一見、日本人かと思って対応していたがアジア系の外国人だったようだ。

私としては仕事でも英語を使う機会が多いためしっかり聞き取れているが、英語がわからない人達から見れば、外国人に絡まれている不憫な店員に見えるだろう。周囲の客や同僚達がざわざわし始めたところで、一人が私の腕を引っ張り出した。

英語で応戦すべきかと口を開きかけた時、私の手を掴んでいた客の手を第三者が掴んで。


『失礼、この者が何か?』


誰もが驚いて割り込んできた第三者の存在に視線を向ければ、先ほどまで不愛想な表情を浮かべていたはずの片山さんが、営業スマイルを浮かべて客の手首を掴んでいる。それよりも何よりも、流暢に英語を話し出したことに客が驚いていると、一人が唐突に別の言語で話し出す。


[おい、やばい。こいつ英語わかるぞ。やめとけ]

[嘘だろ。こんなデブが]


それが中国語だと理解できたのは、もちろん私が中国語も理解できているからで。


[デブで悪かったな。いいからさっさとこの手を離せ]


営業スマイルを浮かべたままの片山さんの口から、さらに中国語が飛び出した事に流石の客も言葉を失って。英語であれば他の客の中にも理解できた人がいただろう。中国語ともなれば理解できる人は限られてくる。だからこそ片山さんは営業スマイルを浮かべたまま、客に暴言を吐くという暴挙にでて。

あまりに言語力のある片山さんを前に、私の手を掴んでいた客がおずおずと手を離して愛想笑いを浮かべて。


[まじかよ……]


どの言語でも理解されてしまうと知った客は、母国語である中国語で話すことにしたらしい。片山さんは私の手から離れた客の手を離すと、ニコリと微笑んで更に言った。


[今後この店は利用されなくて結構ですので、会計してさっさとご退店ください。まだうちの従業員に手出すなら問答無用で通報します]


乱暴な言葉遣いではあったけれど、一応お客様であるという形は崩さないでいる。客が顔を見合わせて逃げるように会計を済ませて退店したところで、片山さんは周囲にいたお客様に「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」と一席ずつ謝罪行脚していく。他のお客様から見ても鮮やかな撃退で「かっこよかったわよぉ」とお褒めの言葉をいただいている片山さんが照れたように笑っていたのだが、私を連れてバックヤードに戻ってきてからすぐさま顔から笑顔が消えて。


「大丈夫だったか?」

「あ、うん……あの、ありがと」

「いい。掴まれたところ痛くないか?」


そう言って私の手首に視線を落とす彼に促されるよう、軽く腕を上げて目の前に持ってくると少しだけ掴まれた部分が赤くなっているけれど痕が残るようなものでもないだろう。


「大丈夫」

「海外客が全員ああではないが、稀にああいう連中もいるから気をつけろ」


ああいうのは観光先だからとハメを外しているか、日本に住んでいてワザとああいう態度を取っているかのどちらかだと、彼は付け加えて言う。仕事柄色んな国籍の人と接する機会はあるし、会社にも中国国籍の社員が在籍しているが、ちゃんとしている人だって当然いる。

日本人にだって店長のような人もいれば、片山さんのような人がいるのと同じように。


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