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――そんな時だ。自分が何気なく才能を見抜き推薦した人物が転落人生を送っていると知ったのは。
自分が誰かに狂わされたように、その人もまた誰かを狂わせているという事実は酷く心をえぐる。社長の蝶叔父様に無茶を言い、頼み込んで自ら乗り込んでいった先には、真っ黒になってしまったその人がいて。
蝶叔父様が認めてくれたはずの能力さえ、私は自身でうまく使いこなせないのかと絶望する。
信じたかった。
まだ、どこかに可能性があることを信じたくて。
店長は私のことを知らないけれど、それでも自分が間違いを犯した等認めたくなかったのかもしれない。
関わりなんてないのだから、お前が自ら行く必要はないと言った蝶叔父様を説き伏せて忙しい合間を縫って、ただのバイトとして乗り込んだその先に――彼はいた。
「バイトリーダーの片山葉です。夜間担当なんで、昼間のシフト希望については桐島さんに、夜間は俺に伝えてください。わかんなかったらどっちかに確認してください」
第一印象は大柄で不愛想な人だった。
何となく気になって、自分の能力で彼を見た時に呟いたのは意外だったからだ。
「ラピスラズリ……?」
何度も繰り返すが、私の能力は人の才能が宝石に見える事だ。
そして私の能力でいう宝石の定義とはキラキラ光るもので、半透明から透明なものがほとんどだ。
ラピスラズリというのはどちらかというと岩石であり、不透明な石なので私の能力では宝石とは言えない。眩い光を放つこともなければ、ただ深い瑠璃色がそこに鎮座している。それが一体どういう才能を秘めているのかわからないまま彼に接してみたが、これがなかなかの曲者だった。
いつもピクリとも笑わずムスッとした表情なのに、仕事をするときはその大柄な体系をモノともせずにきびきび動く。客前ではちゃんと笑顔で対応しそのギャップに驚かされた。態度こそ悪いけれど、多分根は悪い人じゃない。
厳し事を言っておきながらちゃんとフォローはするし、バイトやパートも把握している。事情なんかを考慮してシフトも組んでくれるし、怒鳴り散らすあの人の怒りを真っ先に受け止めて頭を下げる。いつもイライラしているけれど理不尽に八つ当たりするような人ではない。
パートの人が勝手にべらべらと教えてくれたのは、彼は元々よく朗らかに笑う人だったという過去の話。
「今の店長になってからピリピリするようになっちゃってね。性格って移っちゃうのかねぇ」
残念そうにその人が言う。話をしていたところを通りすがった別のパートさんも混じって片山さんの話をし始める。
「フォローが凄いうまい人でねぇ。叱るときも理不尽さなんてないし、彼を慕っている人が多いんだよ。聞き上手だし褒め上手だし」
「店長から必死にうちらを庇ってくれているのも申し訳ないよねぇ」
「なんだかんだと面と向かって店長に怒鳴られてるのは片山さんくらいだもんねぇ」
「彼も立場が立場だからねぇ。どう考えても理不尽に怒鳴るだけの店長より上に立つような人なのに」
「桐島さんもフォローしてるけど、店長は片山さんの事目の敵にしてるよね」
「片山さんが自分より優秀な人だと店長もわかってんじゃないのかね」
「ああ、それはあるよね。ままならないねぇ」
ここでの標的はどうやら片山さんとなっているらしく、酷く申し訳なく思う。
その店長を見出したのは自分だ。ここに追いやられたのは自業自得だとみんなが口を揃えて言うけれど、色々なきっかけを作ってしまったのはまぎれなく自分で。
申し訳ないと思うと同時に、それでも私は彼が――片山さんが大嫌いで。
「西條、敬語」
「直んないんだもん、しょうがないじゃん」
「直す気ねぇの間違いだろう。最悪、俺らにはいいけど客に敬語使え」
延々とこの人だけが敬語敬語と煩く言う。
わかってる、敬語が使えないことくらい。
頑張って語尾にです、ますをつけようと思ってもトラウマが蘇ってうまくいかない。そんな事情を話せるわけもなく、敬語敬語とうっとおしい。
自分が敬語を使えないってことが、自分で一番理解しているんだから言わないでほしい。
私の立場であれば真っ先に処分を言えるけれど、今は立場を隠して入っているから何とも言えない。以前の職場の女上司に対するもどかしさや無力さを彷彿とさせてくる彼が嫌いで。どんなに社会人として経験を積んでも、自分のコンプレックスをガンガンと刺激してる人を好きになんてなれるはずがない。
バイト終わりに事務所へ行くと、彼がパソコンに向かってシフトを組んでいるのが見えて、ゲッとなったのは覚えてる。バイトが終われば通常の仕事も残っているため、さっさと切り上げたいが彼と二人きりになるというシチュエーションは遠慮したい。
渋々と事務所に入って無言のまま自分のロッカーに向かったが、流石にまずいかと一応挨拶をしたものの。
「……お疲れ」
「敬語」
「うるさいなぁもう」
段々と面倒になってきた。
この人には正体言ってしまって、二度とそれを言うなと言ってしまおうか。そんな風に考えながら自分のロッカーを開いた時、彼は椅子に座ったまま振り返ってギシリと椅子を鳴らすとため息をついて。
「お前なぁ、何でそんな頑ななんだよ」
そっちこそ何でそんなに敬語を使わせようとするのよ。頑固なのはどっちだよと言いたくなるのをグッと我慢して。
「使わないんじゃなくて使えないの」
「嘘つけ」
その言い方に、カチンときた。
本当の事なのに、嘘だと断言される理由が思い当たらないし苛立ちしか怒らない。第一、コンプレックスとトラウマの核心を突いてくるこの人が本当に大嫌いでうっとおしくて。
――けれど続けて言われた内容に、私は文字通り言葉を失った。