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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
その先は裏の顔
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ご都合主義開始

アリーと会う条件として提示したのは、できれば二人きりで会いたいこと、ただし会う場所は人目がある事を告げると、即刻その条件を飲むから会いたいという旨の連絡を受けた。

決して侍らせていたつもりはないだろうが、こちら側の重役達が片時も離れず彼女の傍にいるのが本当に辛かったのだ。


指定された待ち合わせ場所に向かえば、アリーは約束通り一人で俺の姿を見つけた途端に無邪気に微笑む。それが大学時代を彷彿とさせて微笑み返せば嬉しそうに駆け寄ってきて。


『葉、ようやくゆっくり貴方と過ごせるのね』

『君のしつこさには参ったよ。日本人はお上(・・)に逆らえない遺伝子が組み込まれてるんだから、うちの上司を侍らすのはやめてくれ。今はハラキリがなくても、クビキリが存在するんだぜ』

『あら、物騒ね。それに彼らはなぜか勝手についてきただけよ? 日本人はいくつになっても(・・・・・・・・)アメリカ人に弱いわよね』

『それは戦時中まで遡るのか?』

『貴方の大学時代までにしておいてあげる』


そりゃ感謝だ、と苦笑するとアリーは嬉しそうに俺の頬にキスをする。懐かしいジョークの応酬に、彼女が言ってくれたように俺が周囲の視線を気にしすぎて身構えていただけだったのかもしれないと思い始めていた。アリーに促されて一定の距離を保ちながらも歩き始め、他愛もない話に夢中になっていた俺は、背後でカメラのシャッター音が何度も鳴っている事なんて気づきもしないで。


アリーが選んだ場所は自分が滞在中に過ごしているホテルの地下にあるBarだった。照明は薄暗いが静かでカウンターに座れば人目もある。互いに好みのカクテルを頼んでナッツをつまみに思い出話に花を咲かせる。


大学時代の頃から始まり、今に至るまでを彼女の口から簡単に教えてもらうと、相変わらずの自信と奔放さだった。


『カフェをやるって言って留学途中なのにアメリカに帰った時は驚いたよ』

『実際、カフェを経営して今じゃ億万長者(ミリオネア)よ』

『流石だね。留学放り出して向こうの教授に叱られなかった?』

『ぜーんぜん? むしろカフェ事業を成功させたから「流石私の生徒だ!」って触れ回ってたわ』

『君にその魅力と実力があったって事だね』


笑って俺が伝えると、彼女はフフフっと笑う。その笑みに何となく体が熱くなってきたのは気のせいだ。


『相変わらず貴方は私の欲しい言葉をくれるわね。ほんと最高よ』

『その最高な男をあっさり捨てた価値はあったかい?』


俺の言葉にアリーのブルーの瞳が微かに揺れた。


俺は捨てられた。夢を追いかけて飛び立った彼女から何の別れの言葉もなく。


アリーとの付き合いは一年にも満たないほどだったが、大学時代をかなり充実させてくれた。しかし唐突にカフェを開くと宣言した翌日には、別れも告げずに日本からいなくなっていたのだから当時はかなりショックだったのだ。


連絡を一切取ってこなかったが故に、アリーへの未練は一切ない。けれど、その質問が自分の口から零れ落ちた時に心臓の音がバクバクと高鳴った。

それほど強いカクテルを飲んだつもりはないが、少し酔ったのかもしれない。


俺の皮肉に対し、アリーは悲しげに微笑んで俺をまっすぐ見つめてきた。


『駄目ね。経営者としては成功したけれど、女としては貴方と別れた事に後悔しかしなかった。勿論、新しい出会いがなかったわけじゃないわ。けれどこんな年まで独り身だったのは、私にはやっぱり貴方が必要だったから』

『アリーは魅力的な人だよ。俺以外に素敵な人が現れるさ』

『あら、これは私、振られる流れかしら?』

『そうじゃなかったらとっくにベッドの中で二人仲良くしているさ』


冗談めいて笑うと、彼女の目がスッと細くなる。


それがまるで合図かのように、頭がグラグラしてきた。


『それは今からでも遅くないわよ?』

『はは、何を……っ!?』


自分の視界がグラリと揺れた。急激に襲ってきた体調の変化に体が追い付かない。カウンターに頭が落ちて、重たくなる瞼を必死に開きながら、動悸が酷くなって息があがる。


「あ……りぃ……なにっ、した……っ!?」


呂律が回らず日本語で零しながら歯を食いしばれば、彼女は妖美な笑みを浮かべながらカウンター内にいるバーテンダーにチップを渡す。


くそっ……そういうことか。


変な動きもなかったため油断していたが、最初からバーテンダーに飲み物に細工するよう依頼していたらしい。一流ホテルに入るBarの人間としてはあるまじき行為だ。


『安心して? 意識は朦朧とするかもしれないけれど、すぐによくなるわ』

「ふざけ……」


全身でハァハァと息が漏れる。風邪にも似た症状で体が思うように動かない。話している途中から体が火照ったり心音が煩かったのはアリーに対して思う事があったからじゃなく、盛られた薬のせいだった。


いつの間にか現れた彼女の部下らしき男二人に両脇を抱えられ、Barを離れていく様子は他人から見れば酔っぱらいの介抱だ。アリーがそう誤魔化すために時々『飲み過ぎよ』と抵抗できない俺に対し笑いって話しかけてくる。ロビーを通り過ぎてもエレベーターに乗っても、ハァハァと激しい呼吸しかできずに声が出ない。何とか手を振り切っても虚しく受け止められるだけで意識を保つことだけに必死で。


俺が運ばれたのはホテルの上層に位置するスイートルームだ。ただその豪華さを楽しむ余裕なんてなく、男たちに広いベッドに仰向けに寝かせられると、彼らは無言のまま部屋を後にする。

アリーがが俺に背を向け服を脱ぎだしているタイミングで、力を振り絞りながらポケットの上から彼女から預かっていたボールペンのスイッチを押すが、手ごたえを感じられないため不安がよぎる。ぐっと肘に力を入れて立ち上がろうとしても、体全体に力が入らずグラグラとする視界の中に、ランジェリー姿になったアリーが覆いかぶさってきて。


『ありぃ……やめろ……なんで……んな……』


切れ切れになりながらもなんとか口で抵抗をするが、アリーはクスクスと微笑みながら自分のプラチナブロンドの髪をかき上げて俺に口づける。抵抗したくても力が入らない。無抵抗なまま受け入れるしかない唇は怖いほど情熱的で俺の唇を美味しそうに何度も角度を変えて食む。上がる息が口の端から漏れ、同時に彼女の手が俺のネクタイをほどいてワイシャツのボタンをはずし始めて。


『貴方の弱点は“優しすぎる”ところよ。だからこんな風に私に好きにされてる。ふふ、一度気を許した相手には本当に甘いんだから』


そう言いながらもう一度キスをして。アリーの舌がやる気のない俺の舌を絡めとる。その求めに応える事はないのに、体が本能的反応してしまいそうなのを必死に抑える。襲い来る倦怠感と睡魔に贖いながら、理性を保つのはかなりキツい。


「やめ……っ」

『私はね、葉。どうしても貴方が欲しいの。女としても経営者としても(・・・・・・・)


はだけたワイシャツにアリーの手が滑りこんできて、俺の肌に直接触れてきて。スッと肌の上を走るアリーの指先に息をのむ。


『貴方の才能は私の傍で最も活かせるの。後にも先にも私の自尊心を満たして、有益な言葉をくれる、SEXの相性だって最高だった貴方以外には考えられないのよ。私と既成事実を作れば責任感の強い貴方は私と一緒にアメリカに行ってくれるでしょう? 結果がどうであれ』


アリーの手が艶めかしく俺の全身を確認するように撫で始める。意識が飛びそうになり、彼女の手に反応しそうになっていると、スイートルームに似つかわしくないドアを殴るような音が割り込んできた。


『っ……何よもうっ』


俺の上にまたがりながらもイラッと零すアリーの視線がドアに向かう。殴るようなノックと共に聞こえてくる叫びは日本語だ。俺はすぐに理解したものの、内容をアリーに伝える気力がほぼなくなってきている。やがて叫びが英語に代わったところで外で何が起こったのかアリーの知るところとなる。


『は!? 火事!?』


俺の上から飛びのいたアリーがランジェリー姿のまま慌てた様子でドアに向かっていく。ドアを開けた瞬間、なだれ込んできた黒服サングラスの男たちにアリーは組み伏せられ、大理石にキスをする。両腕を体の後ろで拘束された状態のアリーの横を通りすがり、俺に歩み寄ってきた人物に思わず愚痴を零した。


「おそ、い……」

「ヒーローは遅れて登場するのが定石らしいわ」


俺がヒロインかよ。ヒロインの唇が奪われている時点でヒーロー失格だぞ。


「ごめんね」


そう言いながら彼女は優しく俺の頬を撫でる。

ワイシャツがはだけてズボンもボタンとファスナーが下ろされてみっともない恰好をしたまま薬の影響から汗ばみ肩で息をしていて本当に情けないが、彼女もまたここまで想定していたかのように慌てる様子はない。


まぁ、想定内だったんだろうな、彼女にとっては。


「もう大丈夫よ」


彼女の言葉にふっと意識が軽くなる。もうこの睡魔に対抗しなくていいのかと思えば、気が楽になっていく。押し寄せる眠気の中、日本語でアリーへの伝言を彼女に託せば、ちょっと驚いた表情を浮かべたのはいい意表返しになったのだろう。優しい微笑みを視界に入れて安堵した俺は、素直に睡魔に導かれるよう意識を手放した。


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