42
ここからご都合主義展開&暴力表現が増えてきます。
無理な方はご遠慮ください。
ここ三日ほどで、俺はかなり追い詰められていた。
会社のロビーで大学時代の元カノであるアリーと再会してから噂は瞬く間に広がって、社内で一躍有名人になってしまったのだ。
というのも、仕事が終わる度にロビーで俺を待ち伏せするアリーに抱きつかれ、攻防戦を繰り広げている。アリーの周囲には彼女が連れてきた部下はもちろんの事、うちの会社の重役達も居て、毎日胃がキリキリしている。そろそろ口から血が出てこないか不安な毎日を過ごしている。
俺を食事に誘いたいアリーVS何が何でも拒否したい俺VSアリーと会食に出かけたいから俺が邪魔な重役VSアリーの機嫌を取るため俺を会食に同席させたい重役で必ずテンヤワンヤが起きる。
それぞれがいい大人なため、表面上は当たり障りのない会話となっているが、アリーはアメリカ人の為、日本人の“ホンネ”と“タテマエ”が嫌いで直球なのだ。
「遠慮してくれ」という重役と、「まぁまぁいいじゃないか」という重役はとりあえず意見を一致させてから会話に参加してほしい。そっちで揉め事を起こされても一般社員の俺に解決することはできない。
アリーはアリーで連絡先を聞いてきたものの、何しろ日本人が頻繁に使っているSNSはアメリカでさほど使われていないため、渋々メールアドレスを教えたのだが、一日にニ十件以上の英文メールが来ても目が滑る。
俺は日常会話程度の英語はできるが、読み書きは苦手なのだ。
結局、拒否する短文のメールを返すものの、彼女は納得せず待ち伏せという形を取ってくる。今のところ周囲がアリーを諫めてくれているので、彼女の思惑通りに進むことはない。
このことを目撃したであろう彼女に対しても言い訳と謝罪をさせて欲しいと連絡しているが《忙しい》の一言でまだ実現できていない。会って話したかったが、きっと不安になっている彼女の気持ちを少しでも軽くできるならと電話をしても出てもらえないのが現状だ。
そんな反応なのだ、かなり怒っているのではないかと気が気じゃない。
最近、こんな風に言い訳と謝罪ばかりで胃が擦り切れる。自分が望んだわけでもないのに巻き込まれるのは何なのか。体質か? 日頃の行いなのか?
このままだと彼女に振られてしまうのではないかと気が滅入り、更にアリーや普段接することのない自社の重役達とほぼ毎日顔を合わせる羽目になっているので、最早泣きそうになっている。
そんな濃密な三日間を過ごしていたところ、流石に思うところがあったのか社長に呼び出されて、一応確認だからとアリーとの関係を聴取される羽目になった。
社長室に呼び出され、デスクの前に腰を預けて立つ社長に対し、俺は一社員として直立不動で簡潔に説明をする。
大学時代の同期であり、お付き合いをしていた過去があった旨を素直に伝えたところ、社長がふむふむと聞きながら尋ねてきた。
「今も交流は?」
「この前、連絡先を無理矢理交換させられるまでは何年もないです」
無理矢理交換させたのは、アリーの機嫌を取るため俺を会食に同席させたい重役命令である。
「連絡先くらいいいじゃないか、はっはっはー」と上に言われて涙目になりながら交換する羽目になったのだ。俺から連絡するつもりは一切ないが、面倒くさいことを押し付けられたも同然だ。
第一、彼女は俺と付き合っていた頃、急に「カフェをやりたい!」と言い出して日本に留学中にも関わらずアメリカにトンボ返りしたのだ。そこから一切、会うどころか連絡すら取っていなかったのだから自然消滅したのだと自分の中では認識していた。
「世間話程度に確認したんだが、モルガンさんはまだ君を恋人だと思っている」
「冗談じゃないですよ……連絡絶って九年経ってるんですよ……?」
第一、彼女がCEOになったことすら知らなかったのだ。
「プライベートな事を聞いて申し訳ないけれど、今後、片山君がモルガンさんとお付き合いする可能性は」
「ないです! 第一……っ!」
俺、黒澤縁という可愛い彼女がいるんですよっ! と喉まで出掛かったが、そう言えば社長は彼女の身内だったとハッとする。これは俺から言うべき事ではないと一瞬言葉を詰まらせて。
「……第一、私には真剣にお付き合いしている女性がいるんですよ」
絞り出した回答に、社長はニッコリと笑って。
「うん、知ってる」
「知ってる……」
「縁と付き合ってるんでしょ?」
「…………知ってたんですね」
いつから、なんて野暮なことは聞かないが、彼女から聞いていたならなぜアリーとの関係を聞いたか。あれか? ひっかけなのか? ガックリと肩を落とす俺に、社長は苦笑して。
「君はアレだね。強烈な女性に好かれるタイプだね」
「それがア……モルガンさんを指すならYESで、彼女を指すならNOです」
縁はNOの部類なのか、とポツリと呟いた社長の言葉はこの際聞かなかったことにする。
アリーは元々強烈なキャラクターだった。それが周囲を引き付ける魅力にもなっていたのは事実だが。一通り俺から聞き取りをした社長は、ふむと考えて今後、俺がとるべき行動を教えてくれた。
「正直、あの会社と今揉め事は起こしたくないが、だからといって一般社員を犠牲にする程落ち潰れてはいないつもりだ。君は通常業務を遂行してくれたらいい。重役には君に過度な負担を強いらないよう伝えておく。モルガンさんをうまく誘導する方向で調整しよう。ただし、君がプライベートでモルガンさんとお付き合いする事に関しては制限しない」
それは仕事に関しては守るけれど、一個人としては頑張れということで。仕事中はなんとでもしてやるが、プライベートで食事なんかに誘われた場合、行くも行かぬも俺次第ということだ。
会社としては決して対応は間違っていない。取引相手が一般社員である自分より優先度が高いのは正しいが、はっきりと言われてしまっては孤立無援でかなり不安が残る。自分がどう動くかによって左右されるような小さな取引ではないが、自分の動き次第によってはたとえプライベートであっても色々と都合が悪い場合もある。
不安から、けれどこの気持ちをぶつける場所なんてない俺は、爪が食い込むほど手を握りしめるしかなかったのだが。
「と、まぁここまでは社長としての意見だ」
ふと、先ほどまで硬かった社長の声が急に弾んだように変わった。急な変化に戸惑いながら社長に視線を向ければ、彼はふんわりと微笑んで自分の顔の横でスマホをひらひらとさせる。画面には通話のマークが示されていて、ここでの会話が特定の人物に筒抜けだった事を指している。
「ここからは、世話焼きのオジサンとして行動させてもらうよ」
そう社長が告げると同時に俺の背後のドアがノックされ、社長の返事も待たずに入ってきたのは黒澤本部長で。そして彼女の手にもまたスマホが握られているのが視界に入ると、ようやくその意味を理解して。
社長はスマホの通話を切りながらデスクの上にあったリモコンを操作する。すると先ほどまでドアを挟んでいた透明なガラスが一瞬にして曇りガラスに切り替わり、中からも外からも社長室の様子がうかがえなくなって。
一連の流れを唖然としたまま見てると、社長は俺の横を通り過ぎる際に肩をポンと叩いて笑った。
「五分……いや、十分この場所を貸そう。ちゃんと話して、可愛い姪を安心させてあげてくれるかい?」
「あっ、ありがと……ござい、ます?」
今更ながらだけれど、てっきり彼女と社長が親子だと思っていた。プロポーズした相手なのに彼女が黒澤財閥のどの位置にいるか確認していなかったなと思い返す。今はそれどころではないので、彼女が社長の姪であるという事実だけを淡々と受け入れることにして。
社長が退室したのを見送って、彼女は無言のまま俺に歩み寄る。社内でこれほど彼女に近づいたのは初めてだ。彼女に“黒澤本部長”として対応したらよいのか“黒澤縁”として対峙した方がよいのか考えあぐねいていると、彼女の方から動きだして。




