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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
片山葉という男
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そんなこんなで女性との連絡先交換を回避した俺だったが、その後素直に解散とはいかず、なんだかんだと店の前でごちゃごちゃしていたのは割愛する。

結局、鍋砂コンビと伊藤さんと芝崎さんは二次会へ行くことにしたらしく、俺と流星君は元々合コンのつもりがなかっため惜しまれながらもその場で解散した。

怜子さんと食事しているだろう彼女に一応連絡を入れようと思ったが、何と入れようかと悩みながらコンビニに寄って呑み足りない分の酒を買う。買ったものを片手にぶら下げながら自分のアパートに帰ったところで彼女からメッセージが来た。


《食事が終わったら、葉クンのウチに行ってもいい?》


合コンの事には一切触れていないのがまた怖い気もしたが、俺も謝罪はしたかったのでそれを了承し、住所を伝える。酒を飲んでのんびりと、とはいかなくなり少しだけ散らかっている部屋を片付けているうちに時間は思ったよりも経過していたらしく、来訪を告げるチャイムが鳴って。


スコープを覗き込み、彼女がドアの前でキョロキョロと気恥ずかしそうに辺りを見渡しているのを微笑ましくみながらドアを開けて。


「いらっしゃい」

「お、おじゃまします」


緊張した面持ちで俺の横を通って入ってきたのを見て、俺は一度周囲を確認してからドアを締めて施錠した。

履いていたヒールを脱いで、ちゃんと向きを揃えてから部屋にあがるのは好感が高い。そういう些細な部分に育ちが見えて、彼女がお嬢様であることを理解する。


彼女――婚約者を初めて自宅に招くというのは意外と緊張するもんだな、と自分の気持ちに向き合いつつ、自分の生活空間に彼女が存在しているという状況を楽しむ気持ちもある。

俺の部屋をキョロキョロと見渡して俺に振り返ると、彼女はふんわりと微笑んで。


「すごい、葉クンの匂いがする」


なにそれ、めっちゃ恥ずかしいんだけど。思わず自分の腕をすんっと嗅いでしまった。やっぱり自分の匂いはわからないものだ。加齢臭でないことを祈ろう。


何とも言えない表情を浮かべてしまったが、俺はとにかく今日の事を謝罪した。


「あの、今日はごめん。嫌な気持ちにさせたよな?」


知らなかったと言い訳はいくらでもできるが、彼女を不愉快にさせたのは自分だという自覚がある。言い訳より先に自分の行動について謝罪すると、彼女はキョトンとしたがすぐに笑って首を横に小さく振った。


「流星からちゃんと連絡来てたから大丈夫。誤解してないよ。怜子さん呼んで、茂住にはしっかりお灸据えてもらったし」


悪戯が成功したように彼女が笑うので、俺はホッとした半面それでも、と浮かない顔でいたのだが。


「嫉妬しなかった、って言ったら嘘になるけれど、どちらかと言うと優越感の方が強くて」

「優越感?」


意外な言葉に俺がオウム返しに聞き返せば、彼女は小さく頷いて。


「葉クンと話してる女の人達に、『その素敵な人、私の恋人なんだよ。いいでしょー』ってなってたの。ふふっ、言えないけど心の中ですっごく自慢してた」

「か……っ!」


可愛いかよっ!! 俺の恋人可愛いかよっ!!


可愛いよ畜生!!


「そ、それでもごめんな?」


可愛い彼女を抱き締めたいのを我慢しながら改めて謝すると、彼女は俺に歩み寄ってきて。ふんわり微笑みながら俺の手を握りしめ、可愛い彼女は更に可愛いことを言ってくれる。。


「葉クンは、嫌な事があったら話し合おうって言ってくれたじゃない? それもそうだな、って思うけど、私は葉クンがくれた嬉しかった事も言いたいの。幸せだなぁと思ったら幸せって言いたいし、嬉しいなって思ったら嬉しいって伝えたい」

「っ……」


え、もうこれアレだよね?


抱いていいやつだよね?


あまりの可愛さに悶々としていると、彼女は俺の手をニギニギしながら上目遣いで首を小さく竦めて。


「あの、ただ、今日の事、ごめんって思っているならお詫びしてほしい」

「できる事なら」


何を言われるのだろうかとドギマギしていると、彼女は急にモジモジしはじめる。


「きょ、今日、お泊りしていい?」


ようやくお互いゆっくりできる時間が取れたのだ。その申し出を断る理由など俺にはない。


「喜んで」


そう告げると、彼女はまた嬉しそうに笑うからもう我慢できずに抱きしめた。


――こうして俺達の夜は更けていく。


この後の事? もったいないから教えるわけないじゃないか。



 ◇◆◇



「なんか騒がしいですね」


今日は珍しく昼食をオフィス街に来ていたキッチンカーで弁当を買い、会社のロビーに戻ってきたところで流星君がポツリと呟く。それに言葉に返事をしたのは茂住さんだ。


「新規フランチャイズのカフェ、そこのトップが進捗会議しにわざわざお越しなの」

「ああ。あれ、確か外資系の飲食店と連携するんでしたね」


いわゆる、海外の有名チェーン店を日本に、というやつだ。白髭のおじさんが目印のチキンの店や、黄色と赤の奇抜なピエロがキャラクターのハンバーガーショップなんかがそれにあたる。カフェでいうなら、注文が呪文みたいになる緑色の人魚が目印のカフェが分かりやすいだろうか。


「今後もちょくちょく来るらしいから、まぁ今のうち慣れとけ」


確かにそこのトップともなればVIPな来客だ。けれど末端の一般社員である自分達にはほとんど関わりのないことだと、茂住さんの言葉に「ふーん」と相槌を打つ。


ザワリとロビーが一層騒めいた。振り返れば社長や専務など、複数の重役達と共に外国人が複数並んで歩いている。その中――というより団体の後ろの方ではあるが、彼女の姿も見られるため、本部長以上が迎えに出るとは仰々しいなと何気に視線を送っていた時だった。


「……Yo? Yo Katayama?」


ふと、その団体の一人が俺の名前を呼んだ。周囲もそれに気がついて足を止めるが、それはその輪の中にいた中心人物が足を止めて俺を凝視していたからだ。


「ん?」


俺も思わず足を止めて凝視すると、団体の中央からヒールを鳴らして抜き出てきた人物に思わず目を疑った。


『ああっ! やっぱり葉じゃない!』


流暢な英語が改めて俺の名を呼ぶ。ヒールを鳴らして駆け出してきたその人物は、一目散に俺に向かってダイブしてきたものだから思わず受け止めたのは反射的なもので。胸に飛び込んできた女性は顔を上げると、やっぱりと確信した。


『アリー!? 何で!?』


再会の喜びよりも驚きが勝った中で思わず英語で返せば、久々に俺に愛称を呼ばれた彼女はそのプラチナブロンドの美しい髪を靡かせ、ブルーの瞳を嬉しそうに揺らす。


『会いたかったわ私の最愛! 貴方こそなんでこんなところに?!』


そう言いながら頬に何度もキスをしてくるアリーに、ついクセ(・・)で頬にキスを返すも、すぐに人前だとハッとして顔を起こすもベッタリと体をくっつけたまま離さない。


『阿呆! こんなところでやめろっ!』

『あら照れちゃって相変わらずね!』


俺の首にぶら下がったまま離れようとしないアリーに、第三者がおいおいと声をかけた。


『モルガンCEO!? いかがなさいましたか!?』


しどろもどろな英語で尋ねてきたのは先ほどの輪にいたこちら側(・・・・)の日本人だ。どの役職についていている人だったかパッと出てこないのだが、重役の一人であることは確かだ。

それよりも俺はアリーの苗字に付け加えられた役職の方に気を取られて。


『は!? CEO!?』


俺の首にぶら下がるアリーに視線を落とせば、彼女はニンマリと笑って。


『そうよ! ここと連携してる外資系飲食店のCEOやってるの!』


やってるの、という軽いノリで言える立場ではない。


一応、仕事に関わる人間として軽くその企業の知識は頭に入っているが、日本でも指折りの一流企業と連係できるほどの大企業だ。アメリカ全土に三千店舗以上を展開し、世界70の国と地域で営業展開する高級志向のカフェだ。店舗数としてはまだ少ないかもしれないが、ここ数年でできたばかりの新しい企業にも関わらず飛躍的に店舗数を増やしているので、これからますます大きくなると期待されている企業である。


いつまでも一般社員にぶら下がっているCEOに、うちの社長が歩み寄って先ほどの重役よりも流暢な英語で話しかけてきた。


『失礼、モルガンさん。うちの社員とは一体どのようなご関係で?』


するとアリーは待ってましたとばかりに俺に向き直ると、周囲が悲鳴に似た騒めきを起こした。アリーが俺の両頬を押さえて阻止する間もなく唇を強引に奪ったのだ。


『私の最愛よっ!』

『過去の話だっ!』


CEOなんてクソくらえ。


一般社員の俺が企業の取引相手に対する態度ではないにしろ、俺にとっては誤解を解くことが先決だ。


強引に、一方的にであってもキスされたのをよりによって彼女に見られたのだ。


視界の端に映る彼女も流石に驚いた表情を浮かべていて、俺は首にぶら下がるアリーを引っぺがす。


『あぁんっ、酷いわ葉ったら』

『仕事しろ!』


しなっとするな、しなっと!


結局買ってきた弁当を乱暴に落としてぐちゃぐちゃになってしまった。


『せっかく会えたのにっ!』


勘弁してくれ……。


周囲から好奇の目に晒されて頭を抱えていると、流星君が気を利かせて静かに歩み寄ってきて。


「葉さん行きましょう。社長、失礼していいですか?」


前半は俺に、後半は社長に伝えると、社長は穏やかに微笑んだまま小さく頷いてアリーに向かい、ここで騒がれては困るという趣旨の英語を話すとアリーは不満な表情を浮かべながらも大人げなかったと反省してくれたようで。


「お騒がせしてすみませんでした。し、失礼します」


社長に頭を下げて騒がせたことを謝罪しながら立ち去ると、後方で『葉! また後でねぇ~!』と騒動をものともしないアリーの声が聞こえてくるが無視だ無視。


早歩きで自分のオフィスに向かう最中、流星君のもの言いたげな視線に俺はどう言い訳、というかなんと言えばいいのかモヤモヤとしてしまい。


「一応聞きます。どのようなご関係で?」


直球に聞くことにしたらしい。流星君としては珍しい行動だと思いつつも、俺は乱れたスーツを正しながらゲンナリしつつ事実だけを淡々と伝えた。


「あんな大企業のCEOになってるなんて知らなかったんだ」

「アレクサンドラ=モルガンって言ったら有名じゃないですか。日本の大学に留学中、アメリカにカフェを経営して、倒産したフランチャイズカフェの空き店舗買い取って一気に営業展開に成功した美しき若き女傑。去年、世界の長者番付のそこそこ(・・・・)に入ってましたよ」


といっても四桁番台ですし黒澤財閥には全然及びませんけど、と流星君にしては珍しくマウントをとるような発言をする。


「カフェやりたいって飛び出してったけど、個人経営だと思ってたんだよ……」

「大学の同期ってことですか?」


核心を突いてくる流星君に、俺は口をへの字に曲げてしまう。足を止めて深くため息を漏らすと、流星君も立ち止まってジッとみつめてきて。その視線にいたたまれず、額に手のひらを当てて渋々白状した。


「……俺の大学時代に付き合っていた元カノ」

「元カノ……まさかのプラチナブロンド美女」


意外です、という流星君の無表情はかなり氷点下だった。

社名が(面倒くさくて)思い浮かばず、外資系飲食店という表記にしてます。

思いついたら表記変更するかもしれません。


次章、ヤンデレブラック縁降臨

ご都合主義と暴力表現あります!お気をつけて!

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