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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
西城縁という女
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04

食事の後片付けはなんとかさせてもらえた。


さすがに世話になりっぱなしで、何もしないというのは気が引けるためだが、彼女は結構あっさりと「じゃーお願い」と譲ってくれた。

彼女の人を茶化すような態度は相変わらず嫌いだが、俺が申し訳ないと思っている部分をすくいあげて、ちゃんと役割を与えてくれるところは非常にありがたい。しかし、せっかくの休日を嫌いな奴とデートなんてする気はこれっぽっちも起こらなかったのだが、ゲロまみれの話を持ち出されて頷くしかなかった。


脅しの材料を与えた俺が悪いのだが、腑に落ちん。


俺が思っていた洗濯は、どうやら乾燥機まで備わっていたらしく、ようやく戻ってきた自分の服に袖を通して落ち着いた。ゲロまみれになったとは思えないほどきれいになっていたのは、確かに感謝せざるを得ない。ちなみに借りていた彼女の父親のモノらしい服は若干伸びてた。


ホント、申し訳ない。


伸びきったTシャツを猫背で見つめていたらしい俺に対し、彼女が指を差して笑うもんだからイラッとする。

彼女も脱衣所で横文字ロゴ入りの白いTシャツと細身のダメージジーンズに着替え、準備万端となった時にようやく俺は行き先を尋ねた。


「で? どこ行くんだ?」

「んとねー、宝石さがしかなぁ?」

「は? お前まさか、世話した礼にクソたけぇもん買えって言ってんのか?」

「まさかぁ~。そこまでひじょーしきじゃないよぉ」

「非常識の自覚あんのな」

「え~? あ、そーいえば片山さん聞いた?」


会話しながらようやく彼女のアパートを出ると、そこはバイト先からそれほど離れていない場所だと気付く。周囲に知り合いがいないか挙動不審になりながら歩くが、彼女はまったく気にする様子もなく俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


「おい、何すんだよ」


思わず腕を振りほどいたが、彼女は「ケチィ」と少し膨れ面をして反対の腕に絡みついてくる。

やめろ、と何度か振りほどくものの、しつこすぎる彼女との攻防にさすがに面倒になって、彼女の好きにさせることにする。

腕を絡ませてくることによって、押し付けられてくる柔らかなふくらみに気を取られぬように、だが。


「で? 何を知ってる? って?」

「え? 何の話だっけ?」

「お前が、俺に何か知ってるか、って聞いてきたんだよ」


俺と腕を組むことができたという状況に満足した彼女は、自分が切り出した話題を忘れてしまっていたらしい。しばらく「んー?」と考えながら歩き、それからようやく思い出したように俺を見上げながら話題を提供しだした。


「うちのバイト先の親会社? が、新しいカフェのフランチャイズ作るんだってー」

「あー……なんかニュースでやってたな」


そういえば、と彼女の話題に関連するニュースを見た気がする。


うちのファミリーレストランは元を辿れば日本屈指の財閥――黒澤財閥の傘下にあるグループの一つ、TAKAMOTOグループが展開するフランチャイズである。

様々な分野のグループが傘下にある中で、衣食を担っているのがTAKAMOTOグループだ。

うちのファミリーレストランは基本的に洋食が中心であるが、それ以外にも和食中心だったり中華中心だったりと、それぞれの分野に別れたファミリーレストランを展開している。

高級志向の料亭もチェーン展開しているとあって、なかなかの儲かりようである。

そして、そのTAKAMOTOグループが新しいチェーン店を展開するという発表が数か月前にあった。

元々若者向けのカフェチェーンはすでに存在しており、今回はアメリカ発祥の少しだけリッチなカフェが、TAKAMOTOグループと提携契約を行い、日本に初上陸する事となった。

詳しい話は知らないが、彼女が持ち出したものは多分その話だろうと推測される。


「なんかね、ここの近所らしくて。うちの系列のレストランってこの近場に何件かあるの。そこから新しいカフェの店員ひっこぬくーって話が出てるらしいよぉ。うちらのとこからも、引き抜きあるかもーってバイトの子話してた」


寝耳に水の話に俺は呆けた表情を浮かべたと思う。準社員の俺よりバイトが先にその情報を知っているという状況にも戸惑いを隠せない。そんな俺の動揺に気が付いたのか、彼女は俺を見上げて続けるように告げた。


「その子の親戚? がたまたま新しいカフェつくるプロジェクト的なものに関わってるらしいから、正式な話じゃないみたい。どうなるかわからないけど、かもねーって」

「……そう、か」

「まぁ、従業員全員を正社員にするって話もでてるっぽい」


その話に、自分の心臓が跳ね上がったのが理解できた。

けれど現状を思い返し、ふぅっと深く息を吐くと、冷静さを取り戻しながら自嘲する。

自分に少しでもそのチャンスがあれば、と夢みたいなことを考えたものの、自分がヘッドハンティングされるとは到底思えない。

新しいカフェともなれば、きっとおしゃれで知的なものだ。雇われる従業員の身なりや容姿もそれなりに必要になってくるだろう。自分には無縁過ぎる話に、自嘲が出てしまうのも当然の話だ。しかしそんな諦めムードの心中を知らず、彼女は長い睫毛を瞬かせながら俺を見上げた。


「片山さんもヘッドハンティング狙ってるぅ?」


ニンマリと笑う彼女は、決して俺を貶しているわけではないけれど、少し嫌な気分になったのは仕方がない。彼女は俺が自身を卑下していると知らないが、だからといって心中穏やかではいられなかった。


「……別に。だったらいいなとは思うが」


嘘でも本当でもない曖昧な答えで濁すことによって、自分の気持ちを誤魔化す。そんな俺の反応に、彼女は思ったよりもそっけなく「ふーん」というだけに押し留まって。

それ以上、その話題は続かず、彼女はどうでもいい話題を繰り出しては、俺が適当な相槌を打って歩き続ける。

相変わらず自分の腕に絡みつく重みにもそろそろ慣れてきたころ、人ごみの多い駅構内に歩いていくと、彼女は急に歩みを止めて壁際に背中を付けて座り込んだ。


「お、おい。急にどうしたんだよ?」

「ほけ? あ、目的地。ここ」

「はぁっ!?」


急な展開に思わず声をあげたものの、雑然と人が行きかう駅構内でそれに反応したのは間近を歩くごくわずかな人で、すぐに足早に去っていく。

座り込んだ彼女を一瞥するも、構内の壁際に座り込んでいるのは、なにも彼女だけではない。格段おかしい部分もない男女が壁際に居たところで人々は足を止めない。


彼女の行動に戸惑いながらも、座り込んでしまった彼女を見つめていると、俺を見上げ、自分と同じように座るよう指先で指示をする。

意味も分からずしぶしぶと彼女の隣に肩を並べて駅構内を見渡すと、彼女の気配が静かに自分の肩に触れた。


「あのね。……たぶん、きっと。片山さんならわかってくれると思うの」


この感覚を共有できるかな? と意味ありげな言葉を続けた彼女は、俺を見上げてふふふっと笑う。

訳も分からず眉間にシワを寄せれば、彼女は流れるように俺の手を握りしめて目を閉じる。


騒々しい駅構内の中で何を始めるのかと、ますます動揺する俺の目に飛び込んできたのは――。

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