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「俺はともかく葉さんは料理を楽しみに来ているんですから、女性陣をないがしろにしても怒らないでくださいよ」
「しないしない! いてくれるだけでいい!」
俺を思って言ってくれたことだろうが、それに待ったをかけたのは俺自身で。
「いや、食事は楽しみたいけど、同席する人を不愉快にさせるつもりもないよ?」
「葉さんは優しすぎますよ」
「ちゃんと断るときは断るって」
俺だってNOと言える日本人である。たぶん。
けれど納得しないのか流星君は「そうじゃなくて」と呆れたように首を小さく横に振る。
「女性に対してというより茂住さんに対してですよ」
「あー」
「葉さん、いったん懐に入れた人にはド甘ですから」
そっちか、と納得しながら苦笑すると流星君は「できる限りフォローはしますけど」と無表情ながらも嬉しいことを言ってくれる。
流星君が俺に対してそうであるように、なんだかんだで俺も茂住さんを慕っている。指導係というのもあるし、自分の能力を認めてくれた人でもあるからだ。
普段はいじられキャラみたいな人ではあるが、仕事上ではあくまで先輩であり尊敬できる人だ。指導は丁寧だし、怒る時だってちゃんと順序立ててどうしてダメだったのかを理解させて答えまで導いてくれる。
後輩の俺たちにいじられても会話が成り立つのは、茂住さんがそれを許してくれている寛容さがあるからだ。本来であれば「なんで後輩のお前たちにそこまで言われなきゃならないんだ」と怒る人もいるだろうに、彼は平気でその立場を受け入れる。もちろん言い過ぎな場合は冗談めきながらもダメだと線引きしてくれるので、ちゃんとこちらの匙加減まで考えてくれるから会話していて楽しいのだ。
そんな感じで揉めながらもなんとか着席したところで、俺の目の前に座る女性がテーブル越しだけれどこっそりと尋ねてきた。
「なんかごめんね? もしかして無理矢理っぽかった?」
向かい合って並んでいる女性の中ではたぶん年齢が高い方、けれど俺と同じくらいかなと想像しながら俺は小さく首を振る。
「ははっ、女性と同席するのは久々なので不手際があったらすみません」
流石に面と向かって文句を言うのは筋違いだ。社交辞令も含めて笑みを向けると、女性はホッとしたように同じような笑みを浮かべてくれる。
会話を終わらせて横を見ると、見慣れない男性が二人片手を軽く上げて挨拶してくれた。
「どもども、初めまして」
「ごめんね、なんか巻き込んじゃったみたいで」
この二人は合コンと分かっていて参加したらしい。
二人とも商品開発部に所属する鍋田さんと砂田さんであると自己紹介してくれた。どうも二人はよくニコイチで扱われるらしく『鍋砂コンビ』と言われているそうだ。それをネタにしている部分もあるみたいなので笑って頷く程度にする。
飲み物を頼んでそれぞれが手元に来たところで乾杯と自己紹介が始まった。
とりあえずこの場で困らないように名前を頭に叩き込んでいくが、俺の注目を集めているのは目の前に並ぶ料理である。
残念ながら予約していた希少部位は今日に限って店側が手に入らなかったらしいので、落胆したものの他の料理もなかなか口に合うものばかりで楽しい。ここの焼き鳥は塩がメインだが、オリジナルソースをいくつか用意していて、ディップ方式で食べるというのが変わっている。
和気あいあいと話が盛り上がり、時々茂住さんが調子のいいことを言う。隣に座る流星君は会話に加わる気があまりないのか、「はぁ」「そうですか」と気のない返事ばかりをしているので、茂住さんに言われた通り“いるだけでいい”を本気で実行している。俺は会話に時々加わってふんふんと話を聞きながら料理に舌鼓を打っていると、中盤に差し掛かって反対隣にいた鍋田さんがジッと視線を向けているのに気が付いて。
「えっと、何か?」
「いや、うまそうに食うなぁって見てました」
「うまいですよ」
そういってまた焼き鳥を串から外して口に含み咀嚼しながらメニューを手に取ると、鍋田さんは興味津々で隣からのぞき込んでくる。
「何頼むんですか?」
「そろそろ日本酒ですね」
「お? いける口?」
「結構なんでも飲みますけど日本酒が最近マイブームです」
以前、ファミレスで仕事をしていた時はとにかく安くて酔えればいいと、ストロング系のモノばかり飲んでいたが余裕ができてきてからは本来好きだった日本酒に戻ってきた。
「王道からマニアックなものまで日本全国津々浦々だなぁ」
俺がここを楽しみにしていたのは料理が美味しいという噂もさることながら、この日本酒の種類の豊富さもあった。米所の酒はもちろんのこと、本来焼酎色が強いとされている九州の日本酒なんかをこっちで飲めるのは珍しい。それぞれのお酒の特徴をメニューに書かれた内容に少しだけ自分の知識をつけたして話をすると、鍋田さんがゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。
「片山さんが頼む酒、俺も同じのお願いしていいですか?」
「辛口の頼むつもりでいますが、俺の趣味でいいですか?」
確認すると、鍋田さんは「むしろそれがいい」と言ってくれた。
注文して運ばれてくると、鍋田さんは真っ先に焼き鳥を口にしておすすめした酒を続けざまにあおる。
「うまっ」
「お口に合ってよかったです」
これはいい酒飲み仲間ができそうだと機嫌よくしていると、俺が口づけていた冷酒の杯を勝手にかすめ取っていく手があって。
「私も呑んでみたぁい! 一口ちょーだい!」
了承する前に勝手に口づけられたことに唖然とし、流石に不快な感情をあらわにするも彼女は一口飲んでから「からぁい」と眉間にしわを寄せて舌をチロッと出す。すでにそれを飲む気が失せてしまって、俺の手元に戻そうとするそれを拒否した。
「それ差し上げます」
「えっ、でもぉ、私これ呑めなぁい」
じゃあなんで奪ってまで呑んだんだよと思わず眉間に皺を寄せる。アピール方法にしては有効な人と無効な人がいるが、俺は無効な人だ。顔見知りであれば考えるが、初対面でこちらの反応を待たずに口付けるのは正直いただけない。
俺がどうしようかと考えあぐねいていると、彼女の隣に座っていた女性が気づいたらしく俺と同じく眉間に皺を寄せて。
「ちょっと、アンタまたやったの! 初対面の人になにやってんのよっ!」
少し声が大きくなったのは彼女の怒りが小言では収まらなかったらしい。怒られた女性――伊藤さんは驚いた表情を浮かべて隣の女性――芝崎さんに言い訳を始める。
「だって、もったいないし」
「その一口頂戴が嫌だって何度言ったらわかるの!? ちゃんと片山さんに謝って!」
どうやらアピールというより伊藤さんの悪い癖らしい。俺だけではなく彼女も被害にあっていたらしく俺よりも憤慨しているのはよほど腹に据えかねたのだろう。他の人達も何だなんだとこちらの会話に注目し、空気が悪くなりつつあったところで俺は何気に思いついた疑問を素直に投げかけた。




