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お待たせしました。
今回、ほぼ縁出てきません
「よ、お疲れ。なかなかいい感じだったじゃないか」
ミーティングルームを出て真っ先に俺に声をかけてきたのは茂住さんだ。手にノートパソコンを持ちながら振り返れば、彼の後ろからは続々と役員の人が出ていく。
その中に彼女の姿もあり、チラリとこちらに視線を向けただけでフイッと自分の進路方向とは反対側に歩いて行くのを見送ってから、自分の近くにいる茂住さんを見て苦笑とため息が同時に漏れた。
「緊張しました」
俺の言葉が合図になったのか、彼と二人で並んで歩き自分たちのフロアに向かうが、気が抜けて再度大きくため息を漏らす。
――彼女の誕生日から早くも三週間が過ぎたのだが、正直あれからどうなったかと言えばほとんど進展がない。
なぜならば俺の仕事が多忙を極めていたからだ。
新卒者であれば一年の猶予を貰えるOJTの期間が、中途採用された俺は半年だったため成果発表の資料作りや準備に大忙しだった。通常業務と同時進行していたため、目が回る忙しさというのは本当に久々だ。
ほぼ毎日のように残業していたし、忙しい茂住さんを何度も足止めして迷惑をかけた。
他の会社がどういうことをやるかはわからないが、うちの会社の場合は部長以上の役員全員の前でパワーポイントを使いながら成果発表を行う。これは新卒採用者も同じことをするらしく、役員の前で自分の意見を発表することにより度胸をつけるという意味もあるらしい。
無論、その中に彼女となった縁もいたのだが。
「黒澤本部長、容赦なかったです……そこ? ってなるところ突いてくるから」
思わず愚痴を零せば、茂住さんはあははっと軽く笑って同意する。
「あの人、自分にも厳しいけど他人にも厳しいから」
ホント、うちの彼女は優秀で困る。
実のところ、転職して彼女と面と向かって仕事で関わったのがこれが初めてだったのだ。
しっかりと公私を分けて接してくれていたのはよかったが、仕事での彼女は想像と噂以上にデキる人だった事に驚いた。あの若さで本部長にまで上り詰めたのは、何も黒澤財閥関係者だからというだけではないという事がよくわかる。
「っていうか片山君、普通にあの人を上司として接しているけど、なんか思うところないの?」
「何かって?」
一瞬、ドキッとさせられたが、そう言えばファミレス時代に彼女が上司であることを知っていたのは茂住さんだけだ。当然、俺が彼女を指導していたことも知っている。俺が気づかぬふりで尋ね返せば、やはりファミレス時代の事を言われて。
「あー、まぁ色々思うところはありますが、ファミレス時代よりもこっちに転職してからの方が付き合い長くなってますし」
仕事での直接的な付き合いがないことは茂住さんもわかっているだろうが、彼女がファミレスにいたのは三ヶ月程度であり俺が転職してからすでに半年が経過している。
「それに、今日改めて本部長の凄さを感じましたよ。あれだけ知識豊富で観察眼もあって、着眼点も面白いし、何ていうかこっちに『そういう考え方あるのか!』って納得させる力がありますよね」
「優秀さが故に妬み嫉みあるけど、あそこまで優秀だと逆に尊敬というか恐怖も感じるよねぇ」
彼女の若さに伴わない肩書きに難色を示したり妬み嫉みをぶつけたりする人は、茂住さんの言う通り存在するが、多分それは彼女と仕事をしたことがない人達だろう。一緒に仕事してみると彼女の優秀さが嫌というほどわかる。
まぁOJTに関しては無事に終了したし、教育係だった茂住さんの肩の荷も下りただろう。
茂住さんが同席したのは俺のOJT担当で彼もまたどのような点に気を付けて指導を行ってきたかを発表しなければいけなかった。彼もまた先輩としての力量を試されることとなったのだが、及第点は達成できたらしいので一安心だ。
ふと、ポケットに忍ばせていたスマホがブルブルと震えたのが分かって茂住さんに断りを入れて立ち止まって確認すると、先ほど別れたばかりの彼女からメッセージが届いていた。
《仕事してる葉クン、かっこよくて失神するかと思った!》
……アイツ、あんな厳しい指摘しておきながら、こんなこと考えてたのかよ。
残念過ぎるギャップである。尊敬していた俺の気持ちを返して欲しい。
「片山君? めっちゃすごい顔になってるけど、どうした?」
「……すみません、迷惑メールでした」
足を止めてしまった事を詫びながら、返事もせずにポケットに入れなおすと、茂住さんは「あー、未だにあるよねぇ」と同意してくれる。フロアに戻る前に、と茂住さんに促されて休憩スペースに足を運んだ。
「珈琲飲む? 奢るよ」
「ありがとうございます。じゃあ無糖で」
茂住さんの奢りでカップタイプの珈琲をご馳走になる。そういえばここで彼女が営業部のエースに告白っぽいことされていた事を思い出した流れから、彼女の誕生日デートまで記憶を馳せた。




