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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
誕生日デートなふたり
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「さ、食べよっ!」


そう言ってリビングに料理を運び、安いシャンパンで乾杯をしてから料理に箸を伸ばせば、少なくなっていた会話も少しずつ増えてくる。


「ん、アクアパッツァおいしいっ! 葉クン天才!」

「少し塩辛くないですか?」

「そぉ? シャンパンには丁度いいかな!」

「アサリの佃煮、やっぱり美味しいですね。なぜかリゾットにも合う」

「あははっ、サラダのレタスおっきい! 葉クンちぎったやつ!」

「あ、本当だ。小さくちぎったつもりでしたが、食べるとなると大きいですね」


そんな他愛もない会話もあと数時間。彼女の言葉が脳裏に焼き付いて、ひとつひとつのどうでもいい会話が宝物になっていく。シャンパンも進み、少なくなっていく料理に言葉も同時に少なくなっていくのは、やはりしんみりした雰囲気が出てしまっているからだ。


食べ終わってから食器を片付けようとすると、自分がやると彼女が名乗り出たが俺も流石に譲らない。一緒に料理を作ったのは流れで仕方なかったにしろ、今日は彼女の誕生日であり俺が率先して動くべきだ。


「食洗機付いてるみたいだし、そこに入れていくだけだよ?」

「大きなフライパンとか洗い残したものは手で洗わなければいけないので」

「私がやるって」

「女の子の手を荒れさせるわけにはいきませんよ」

「お皿洗いくらいで大げさだよ。一回くらいで荒れないし」

「ダメです。今日は爪まで綺麗にしてくれてるんですから」

「えー。第一、女の子って……葉クン、私、今日で二十九になったんだけど?」

「知ってますよ。それが?」

「それがって……あの、女の()扱いされる年でもないんだけど……」


困ったように彼女が言うから、俺は本気で意味が分からず眉間に皺を寄せる。


「女の子じゃないですか」

「あ、本気で言ってるんだ?」


ふざけているのかと思った、と言われてますます意味がわからない。

俺にとって年下である彼女は可愛い女の子である。


なんだかんだと言い争っても時間がもったいない気がして、それじゃあ一緒にやろうと結局彼女が食器を洗い、俺が洗い終わった食器を拭き上げるという役割分担になった。


「葉クンって結構頑固だよね」

「よく言われますが、お互い様ではないかと」

「ええ? 私も? あんまり言われた事ないよぉ」

「自分が納得できる説明がない限り、絶対折れないじゃないですか」

「……そうかも?」


あはははっ、と笑いながら食器を洗う彼女に目が奪われる。食器を洗う時までも楽しそうで、けれど二人でキッチンに並ぶ“今”があまりに尊い。


食洗機に入るものは軽く濯いで中に並べていき、大きなものはスポンジで綺麗に洗って俺に渡していく。渡された食器を拭き上げて食器棚に戻していけば、あっという間に片付けが終わりそうだ。再び彼女の隣に戻ったところで、彼女が俺を見ないまま食器を渡してきたのだが、その斜め後ろ姿に思わず目がいく。


――あ。


差し出した食器を受け取らず、俺の手が止まっている事に気が付いた彼女が、ふと顔を上げて俺の方を向いたと同時だった。


自然と彼女の唇を吸い寄せた。

互いの唇が重なるだけ、触れるだけなのに、初めて体を重ねた日よりも酷く緊張する。

目を閉じてキスをした俺に対し、彼女は大きく目を見開いていた事を知らない。ただ無駄に水道が流れていく音だけが静寂を割いていて。


一瞬触れあっただけの唇をゆっくり離すと、驚き固まったまま俺を見上げる彼女の顔が間近にあって。


簡単だ、と思った。


自分の気持ちなんて。


「愛してる」


彼女の美しい瞳が一層大きく開かれた。


零れた言葉はもう戻らない。


けれど決して後悔もしない。


君が隣にいる喜びを、これ以外の言葉で表現できなかった。


食器を洗う君の後ろ姿を、二度とこの位置から見られなくなると思ったら嫌だった。


誤解されてもいい。それを解く努力をしよう。


怒られてもいい。君が許してくれるまで何度も愛を告げよう。


俺は、君の隣に並ぶ権利が欲しい。


誰にも渡したくない欲求が、独占欲が、色んな現実を超越して、全てを敵に回しても君が欲しい。


君が大切で。


たぶん、もう。


好きじゃ足りないんだ、この気持ちは。


彼女が静止画のように動かなくなって、先に視線を逸らしたのは俺の方だ。流れ続ける水道を閉じ、彼女の手から食器を受け取ると、それを拭いてまた食器棚へ戻していく。


バクバクと高鳴る心臓の音が彼女に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい重症で、でも悟られまいとする自分の不自然な行動に頭を抱えたくなる衝動を必死に我慢して。


都合がいいと思われたかもしれない。


何より()じゃなかったかもしれないと自己反省を始めたタイミングで、隣の彼女がようやく動き始めたかと思えば、俯き加減でボロボロと泣き始めたのには流石にギョッとした。


「わ、悪いっ! 嫌だったか!?」


敬語を忘れるほどには動揺した。彼女の様子が見たくてこちらに体を向けさせるように彼女の肩に手を触れると、そのまま愛しい存在が俺の胸に飛び込んできた。

すすり泣き震える声が、俺の胸元に木霊する。きっとうるさいほど高鳴る心音は彼女にバレバレだ。体温だって急上昇しているし、唯一よかったと思うのは顔が真っ赤になっていることを見られていない事かもしれない。それでも彼女を離してやれないのは羞恥よりも愛しさが勝ったからで。


小さく嗚咽と共に聞こえてくる「い、いつから?」という小さな質問に、彼女の背中に手を回しながら自分の耳が熱を帯びていくのがわかり、天井を仰ぎ見ながら笑った。


「多分――もうずっと前から」


自覚したのは今日だったけれど、と自嘲気味に付け加えて。彼女を抱きしめる腕に力がこもる。


「待っていてくれてありがとう」


待たせてごめん。


「ずっと想い続けてくれてありがとう」


辛い想いをさせてごめん。


「自分の気持ちに気づかせてくれてありがとう」


自分の気持ちに気づかなくてごめん。


ひとつ、ひとつの感謝に謝罪も乗せて。


「縁」


最愛の名前を隣で呼ぶ権利を俺に与えてほしい。


名前を呼んだ事で涙でぐしゃぐしゃになりながらも濡れた顔を上げた彼女の涙を指先で拭う。

頬を撫で、髪を撫で、唇を親指の腹でなぞるように触れながらもう一度、目を閉じながら顔を近づけると、彼女も自然と目を閉じてキスをする。


角度を変えて彼女の甘い唇を()む。


唇を離して、涙で濡れた彼女の瞼にキスを落とし、柔らかな頬にキスを。


そうしてもう一度、唇に重ねたところでホフッと小さく呼吸した彼女の咥内に舌を割り込ませる。

応えるように彼女の舌が絡むと、先ほど飲んだシャンパンの香りが鼻に抜ける。

片手で彼女の頭を支えて自分に引き寄せ、もっと近くで彼女をと次から次へと溢れ出す愛しさに行動が間に合わない。


「……っ、んっ……ふっ……」


時々、唇の恥から漏れる甘い声さえ拾い上げるように角度を変えながらも唇を離したくないのはどちらか。


名残惜しくもゆっくりと唇を離し、同時に開かれた瞳が間近で交じり合う。

それはようやく互いの気持ちが交じり合ったように。


「好き」


そう言ってまた涙を零す彼女は、今までで一番美しく笑って。


「好き」

「うん、俺も」

「好きだよ」

「俺も好きだよ」

「葉クンが好き」

「俺も縁が好きだ」


同じ言葉が返ってくるのがよほど嬉しいのか、彼女が何度も繰り返し告げる。

きっとずっと我慢してくれた言葉だ。どれだけ告げようとも決して俺が受け入れなかったからこそ、彼女は伝えるのをやめていた。

今、その我慢の必要がなくなって彼女は俺と同じように溢れ出す気持ちを言葉にしなければ堪らないのだろう。

彼女の細い指が遠慮がちに俺の頬を撫でる。


「好き」


と、告げて俺の唇を彼女が啄む。


「好き」


と、キスの合間に彼女は何度だって繰り返す。

その想いを大切に受け止めながら、俺が告げた言葉は正直自分でも予想外だった。


「結婚しよう」

「っ……!」


プロポーズなんてするつもりなかったのに、するりとでた言葉は自分の気持ちにしっくり来て。「付き合ってほしい」と願うよりも、断然自分の気持ちを表現できる言葉がこれしかなかった。


俺の言葉に驚きながらも、彼女は腕の中で何度もうんうんと大きく頷いて即答する。


「するっ」


そう言って笑いながらまた泣き出すから、俺もちょっと泣きそうになったよね。


その髪に指を通し、涙で濡れた頬を撫でてもう一度キスをして。


「縁、愛してる」


愛してるんだ。






デート取材協力:あかね(魔王)様



やっとくっつきました

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