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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
誕生日デートなふたり
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30


「葉さん(・・)


ふと背後から声を掛けられて振り返れば彼女がそこにいて。手に持っていた買い物をカゴの中に入れると、俺の腕にそっと手を添えて弟夫婦に向き直り。


「お知り合いかしら?」


ニッコリと効果音が付くほど笑顔(・・)を浮かべた彼女を見て、弟夫婦は突然の第三者の登場に唖然としていた。


そして俺も彼女の様子に言葉を失う羽目になる。


それはもう、彼女を知っている人間からすると震えるほど恐ろしい光景だった。少なからずか俺は彼女の多面性を知っていると思っている。バイトをしていた時の西條縁であったり、人事部本部長の黒澤縁であったり、俺に好意を寄せてくれる縁であったり。


しかし、今俺の隣にいるのはそのどれにも当てはまらない。


姿勢を正し美しい人好きするような笑みを携え、つま先から頭のてっぺんまで凛と洗練されている。一つ一つの言葉と動作に品があり、尋常じゃないオーラをまとっている彼女は“黒澤財閥関係者の黒澤縁”だ。


「あ……弟の晃大と、奥さんの新奈さん。あと、二人の子の美波(みな)ちゃん。えっとこちらは――」


「そう。葉さんの身内の方だったの」


一応、身内の筋として俺が紹介し、次に彼女を弟夫婦に紹介しようとすると、それを意図して遮り、俺の紹介に納得したような言葉を発しながら笑みを見せてくれる。普段の彼女を見慣れた俺からすると、その笑みは目が笑っておらず『余計な事を言うな』と強い意志が感じられて思わず口を噤んで。


彼女は美しい所作でゆっくりと頭を横に傾げて。


「お兄様の葉さんにはいつも(・・・)お世話になっております。とても素敵なお兄様で羨ましいですわ。(わたくし)も葉さんに少しでも気を向けて頂けるよう努力しておりますが、何しろこんな素敵な方でしょう? 好敵手が多くて、いつ他の女性に奪われてしまうかハラハラしておりますのよ。おモテになるお兄様で、弟さんも大変でしょうね?」


とてもとても――と語尾を濁しながらも品のいい挨拶と先ほどまで自分たちが貶めていた存在を褒め称えた言葉に、弟夫婦がゴクリと息をのんだのが分かった。


というか、普通に敬語使えるじゃないか。


どうでもいい感想を頭に思い浮かべていると、思考停止していたらしい晃大が再起動し始めた。


「あ、兄貴の知り合い……? ……嘘だろ?」

「すごい美人……」


思わず、と二人がほぼ同時に呟いた。けれど彼女はそれ以上会話を広げるつもりも名乗るつもりも全くないようで、にっこりと微笑んだまま俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


その笑顔は俺から言わせてみればアレである。明らかに“これ以上、貴方達と関係を深めるつもりはありません”という意思表示であり“お前達に名乗るつもりは毛頭ない”という。彼女の笑顔に畏怖すべきなのか安堵すべきなのかよくわからない状況になってきた。


「あら、私ったら。葉さんがあまりに素敵過ぎるからって身内の方に自慢してしまうなんて恥ずかしいわ。ご家族でお過ごしの所、お邪魔して申し訳ございません。さぁ、葉さん。私達も買い物の続きをしましょう? ふふ、葉さんと二人っきりでディナーを頂けるなんて嬉しいわ。では失礼」


前半は弟夫婦に、後半は俺に対して彼女が言う。俺は正直、生きた心地がしないまま「ああ」と小さく同意するにとどめて、彼らに視線を向けると「それじゃあ」とカートを押し出して。


背後にまだ視線を感じるものの、半ば彼女に引かれるように店内を進んでいくので野菜を買い損ねた。


「えーっと、縁さん?」

「うふふ、葉さんたらせっかちさん。もう少しお待ちになっていただけるかしら?」

「あ、ハイ」


やべぇ。あれほど敬語使えと言っていたファミレス時代の俺に伝えたい。


彼女の敬語が滅茶苦茶怖いデス。


それより普通のスーパーにこんな上品な人を見かけたという矛盾も面白いが、スーパーに買い物に来ておきながらディナーと表現する当たり流石である。ようやく思考に余裕が生まれ始めたのだが、隣で顔に笑顔を張り付けたまま急ぎ足で、けれどかなり優雅な足取りで俺を引いて歩く彼女にはまだ口を挟める状態ではない。

彼らの視覚から外れた商品棚の裏に来てようやく彼女が真顔になって。途端、纏っていたオーラも一瞬で消える。見えていないものに圧倒されるというのは正直初めてで、ようやく肩の力が抜けたところで彼女は俺を見た。


「何あれ?」


史上稀にみる不機嫌な声で彼女が尋ねてきたので、俺は苦笑するしかない。

先ほどのモードからの切り替えも素早すぎるし、個人的に主演女優賞を差し上げたい所存だ。


「どこから見ていました?」

「“仕事大変過ぎて痩せた?”くらいから」


ほとんど最初からじゃないか。


一番見られたくなかった場面を、一番見られたくない人に見られてしまった。見られてしまったのはもう仕方がないにしても、やはり口に出すのは恥が勝つ。


「まぁ、見た通り。あまり兄弟の仲は良くないんです」

「良くないんじゃなくて完全に“悪い”でしょ」

「あーそうとも言いますかね?」


俺が思っている以上に憤慨しているらしい彼女は、納得いかない様子だったが俺の顔を見上げると急に怒りをしぼませて。


なんか、俺、変な顔でもしてたかな?


「……店、変える?」

「いいえ、続けましょう。必要なものはわかっているので」


そう言ってポケットからメモを取り出せば、彼女はまだ内心くすぶっているものがあるのか浮かない表情ではあったものの「わかった」と言って。


「ただ」

「ん?」

「……助けて頂いて、ありがとうございます。お嬢様モードの縁、素敵でした」


アレは鉄壁だったな、と思い返しながら感謝の弁を述べると、彼女はようやく柔らかな雰囲気を取り戻し、ふにゃりと微笑んで。


「母の教えなの。“涙は女の武器、笑顔は女の防御”って」

「素敵な考えのお母様ですね」


強そう、とはちょっと言えなかった。


「もしもの事があれば、権力と財力にモノを言わすから!」

「一応、アレでも身内なのでお手柔らかにお願いします」

「葉クンは私が守るっ!」

「すっごく頼もしいです」


グッと両手を握りしめて奮起した彼女に、思わず俺の乙女心がときめいた。

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