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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
西城縁という女
3/87

03

俺の服は未だに洗濯機の中を巡回している。外に食べにいこうにも、来ていく服がないため外に食べにはいけない。目のやり場に困るため、とりあえず彼女に服を着てくれと懇願したものの、Tシャツとタオル地のホットパンツという下着とさして変わらぬ露出度の服装に着替えられた時には撃沈した。

彼女のルームウェアだというのだが、すらりと伸びた綺麗な白い足がとにかくヤバい。脚フェチだったのかと自分でも動揺してしまうほどには、目の保養だ。

視線をさまよわせて誤魔化したものの、次に覚えた羞恥は自身がパンツ一丁なことである。しかし、自分が細身の彼女の服など着れるわけもない。それでもどうにかならないかと苦し紛れに服を要求すると、彼女はタレた目を細め、ほにゃっとした気の抜ける口調で言った。


「父の服ならあるけどぉ……サイズ合うなぁ?」

「延びたら後で買って返すからとりあえず、男性モノがあるなら貸してくれ……いたたまれん」

「はぁ~い」


そう言って彼女が持ってきてくれた服は、男物ではあったものの、自分にはいささか小さい。

伸びるTシャツに謝りながら袖を通し、悲鳴を上げそうな短パンに足を入れる。


「……」

「……ありゃりゃ、前、しまんないねぇ?」


知ってる! 実況するな!

腹の部分でつっかえているファスナーをじっと見つめないでほしい。そこは男の大切なところである。


「……お前の親父、細いんだな」

「うーん、足が入っただけでも奇跡!」

「やかましいわ!」

「あれ? フォローしたのにぃ」


フォローになってねぇんだよ……。


たぶん余裕のある短パンだったから救われたものの、太ももはパツパツ。結局、ファスナーを開けたままという微妙に居た堪れない格好に落ち着く。


「父が履いた時はぶっかぶかだったんだけどなぁ。ぴちぴちだねぇ」

「お前……無意識の悪意(そういうの)口に出さなきゃだめなの? 死ぬの?」

「えー? 死なないけど、思った事言っちゃった。ごみーん」


だからコイツ嫌いなんだ!

半泣きになりながらも彼女がカラカラと笑いながら指定してきた場所に座る。彼女はそのまま朝ごはんを作りにキッチンへ向かいながらもこちらを見ずに言葉を投げかけてきた。


「おにぎりでいーい?」


と尋ねてくる彼女に、俺は思わず顔を上げて。


「……俺の分もあんの?」

「ん? いらないの?」


お腹減ってない? と冷蔵庫を覗き見ながら続ける彼女の後ろ姿から視線を逸らして。


「あ、いや……もらう。サンキュ」

「あーい」


そういってこちらに背を向けたまま、鼻歌交じりに朝食の準備を始めた彼女を後目に、俺は深いため息を吐いた。


彼女と会話していると、どうも調子が狂うために現状把握に時間がかかってしまったけれど、彼女に気付かれないよう部屋を見渡す。


彼女の部屋はとてもシンプルだった。


淡い水色のカーテンに、自分達が寝ていたパイプベッド。二人で寝ていてよくも耐えたと思う。主に俺の体重に。

クローゼットらしき扉も見受けられるが、きっちりと閉まっていて中は見れない。先ほど彼女が父親の服を取りに行った場所は、たぶん脱衣所兼洗面所。

風呂場もその奥にあるようだが、あまり広くないようだ。

自分はベッドの前にある、黄緑色のラグの上に鎮座中。目の前には実用性があるのかわからない木目調の小さなローテーブル。さっと見渡す限りでは1LDKといったところだが、それにしても少しだけ広く、そして説明した以外の物が本当にない。

テレビもなければ、ファッション雑誌なんかも見当たらない。家にいるときはどんな生活をしているんだと尋ねたくなる。

彼女の性格――というか表面上の付き合いでしかないが、もっと小物や雑貨なんかがごちゃごちゃしているイメージだ。豹柄とかゼブラ柄といった動物柄を好み、健康サンダルを愛用しているヤンチャなタイプだと思っていたため、随分とイメージが違う。

まぁ、話し方には眉を潜める部分はあるもののよくよく考えれば彼女もそれなりにいい年で、自分のイメージが若すぎるのだろうかと改めたものの。


「できたぬーん」


気の抜けた話し方で自分の元にやってきた彼女の手には、大きなおにぎりが四つほど並んだお皿。

慌てて腰を浮かせば「座ってていいよんっ」と相変わらずの口調で俺の行動を止めさせる。

そこから何度かキッチンとこちらを往復し、飾り気のないマグに入ったインスタントのわかめスープと小皿、割り箸を並べてなぜか俺の真横に座ってきた。


「たべよー。お腹すいたぁ~」

「ちょ、おま。なんで隣……」

「いいじゃんいいじゃん。家主よ私。いっただっきまーす」


パンっと勢いよく両手を合わせて、機嫌よくそう言うと、彼女はまたいそいそと甲斐甲斐しく小皿におにぎりを乗せてくれる。


「……いただきます」


遠慮がちにそう言えば、彼女は嬉しそうに笑って「召し上がれぇ」と自分のおにぎりにパクついた。

なんというか、たとえおにぎりであっても、他人の手料理は久しぶりだ。世の中には他人が作ったおにぎりを食べられないという人もいるらしいが、気にしたことがない俺にとっては衝撃。

そいつらの気持ちがちょっとだけわかるのは、自分が嫌いだと思っている彼女が握ったおにぎりだからだろう。違和感しかないこの現状に納得いっていないだけかもしれないが、空腹のままでは戦もできぬと昔の人は言ったので、目の前のおにぎりを素手掴んで頬張ったまでは良かったのだが。


え。


マジで。


めっちゃうまい。


何コレ。


こんなうまいおにぎり初めてなんだが。


たかがおにぎり。されどおにぎり。


絶妙な塩加減とノリの香ばしさがマッチして、固くも柔らかくもない米が、口の中に入れた瞬間にほろりとほどける。米の甘みが口いっぱいに広がったかと思えば、ノリから得られた磯の香が鼻を抜ける。

おにぎりの中央に具材として鎮座するのはアサリの佃煮。

が、たぶんこれ既製品じゃない。既製品は水気をかなり飛ばしたイメージがあるが、原型をとどめ、ほんのり色づいたアサリがこれでもかと入っている。

甘辛さと同時にアサリの味がしっかりと口の中に広がって、ところどころに入っているみじん切りの生姜がいいアクセントだ。


それほど感じていなかった空腹が一気に押し寄せ、がつがつとおにぎりを喰らい尽くす。指についた米粒のひとつまで丁寧に扱いたくなる代物だ。


あっという間に一つ食べ終わった俺に対し、彼女は一つ目のおにぎりをちまちまと食べながら次のおにぎりをすすめてくれた。


「片山さんのために大き目につくったの。私はひとつでおなかいっぱいになるから、残りの二つ食べていいよぉ」

「……ん。もらう」


遠慮なくと次のおにぎりを掴むと、彼女は嬉しそうに俺を見ながらマグカップに入ったわかめスープをコクリと飲む。アチチと小さく舌を出していたが、おにぎりに夢中な俺は気づかない。

無言のままぺろりと三つのおにぎりを完食した俺は、わかめスープを流し込みながら出そうなゲップを抑えつつ。


「……これさ」

「うん?」

「中身、手作り?」

「あ、うん。そーだよ。アサリは冷凍だけど、煮るだけだからチョー簡単」

「うまいな」

「ホント? わーい、褒められた。ありがと!」


ようやくおにぎりを完食した彼女が素直に喜びを表現するのを見て、なんとなく自分がピリピリしていたのが馬鹿らしく思えてくる。

たぶん、きっと、間抜けな顔をしていたと思う。

眉をハの字にして彼女の笑顔を見つめ、思っていた事がポロリと漏れた。


「お前……いいな」

「え? なにが?」

「素直に人の褒め言葉を受け止められるとこ」

「……え?」

「普通、謙遜するだろ? 悪くはないんだが、素直に受け止められるのも褒め立場としては気持ちがいいな」


零した言葉に、彼女は一瞬呆けた表情を浮かべたもものの、すぐにへにゃっとした笑顔を見せて。


「私も、片山さんのそーいうとこ、いいと思う」

「は?」


思わず聞き返すも、彼女は誤魔化すようにニャハッと笑って。


「ごちそう様?」

「あ、ああ。うまかった、ごちそうさん。ありがとな」

「ふふ~んっ。おそまつさまでしたぁ。ところで片山さん」

「あん?」

「そろそろ乾燥機が終わりそうなんだけど、ちょっと今から私とデートしてくんない?」

「…………お前何言ってんの?」


前言撤回、こいつやっぱりイラッとする。

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