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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
誕生日デートなふたり
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「何を作るつもりなの?」

「アクアパッツァとサラダは考えてました。あとはリゾットを。アクアパッツァは俺が頑張るので、リゾットお任せしていいですか? サラダは一緒に作りましょう」

「了解! リゾットはクリーム系とトマト系どっちかな?」

「うーん、アクアパッツァにミニトマトを入れる予定なので、リゾットはクリーム系ですかね」

「いいね! 他にリクエストある? ほら、私の手料理の」


急に言われるとすぐには出てこない。あれほどデート始めは緊張していたのに、今では当たり前のように手を繋いで歩きながら会話する。スーパーに到着したタイミングでカートとカゴを用意し、俺がそれを押しながら店内に入っていくと、ふと思い出したものがあって。


「あ」

「うにゅ?」

「あの、以前食べたアサリの佃煮が食べたいです」

「え? あんな簡単なのでいいの?」

「はい、美味しかったので」


俺が提案すると、彼女はちょっとだけ不服そうだった。多分、俺が手の込んだ料理を作ろうとしているのに対し俺が求めた手料理が、彼女にとっては簡単に作れるものだったからだろう。

それでも俺からのリクエストということで納得したらしい彼女は、俺に振り返り「じゃあ」と言って。


「砂抜き大変だから、冷凍のアサリでいい?」

「もちろんです。あ、砂抜き……考えてませんでした」

「ああ、アクアパッツァにも入れるもんね」

「冷凍の、少し分けて頂いてもいいですか?」

「剥き身だけどいいかな?」

「はい」

「じゃあ、探してくるから、葉クンは葉クンで買い物続けててもらっていい?」

「はい、お願いします」


そう言って彼女はパタパタと冷凍コーナーを探しに俺から離れていく。その背後を微笑ましく見送って鮮魚コーナーで白身魚を物色する。料理をあまりしない俺にとっては白身は赤身と色で見分けがつく程度で、種類なんて切り身になってしまうとわからない。多分、まるっと一匹であっても見分けがつくかはわからないが。

タラの美味しそうな切り身を選んでカゴに入れ、顔を上げたがまだ連れは戻ってこないらしい。買い物を続けてと言ってもらっていたので、それほど広いスーパーでもないためすぐに見つかるだろうと青果コーナーへと向かう。

アクアパッツァに入れる野菜は何だったかと、ポケットに忍ばせていたメモを取り出そうとした時だった。


「――兄貴?」


ふと呼ばれて振り返ると、そこには若い夫婦が幼い女の子を抱きかかえて同じように買い物をしている姿があった。自分とは似ても似つかぬイケメン高身長のそいつは、俺を見て唖然とし、けれど次の瞬間にはクッと嫌味っぽく笑う。

久しぶりに会ったにもかかわらず、その笑みだけで彼は変わっていないんだなと疲弊する。


「マジかよ。何でこんなところにいるんだよ」


確かにここら辺に住んでいると言っていた気がするが彼の自宅に招かれた事が一度もないため、正しい住所は把握していない。まるで生活圏に踏み込んできた敵を見るように口元に皮肉を浮かべて。


「何? 仕事大変過ぎて痩せた? 新しい仕事もブラックなの? 大した仕事に就けないって惨めだねぇ」


俺を悪しく言う饒舌さは相変わらずで、その男は間違いなく俺の弟――晃大(こうだい)で。隣では彼の妻である新奈(にいな)さんが「やめなよ」と言いながらもクスクスと同意するように笑う。

ただその腕に抱かれた幼い女の子だけは、キョトンとした表情で俺を見つめていて。


「ま、痩せてもデブには変わりないみたいだけど。で? こんなとこで何してんの?」


辛辣な言葉を並べ続ける晃大の背後に、まるで憑き物のようにあの人の面影が浮かんでくる。


――アンタ。必要ないのよ。


脳裏に思い浮かぶのは、幼い晃大を背後に隠した女性の姿。酷い言葉を投げかけてくる女性の後ろで、彼が申し訳なさそうにしていたのは何歳(いつ)までだっただろうか。


――アンタみたいな存在は、ウチにはいらないの。……ホント邪魔ね。アンタさえいなければウチは完璧なのに。


次々投げかけられる言葉は、つい昨日告げられた言葉のように脳裏に蘇り心が裂けていく。次第に女性の影に隠れていた晃大が、いつの間にか女性と肩を並べて俺の悪口を言い始める。


――ホント、存在しないでほしい。お前みたいなのが兄弟なんて、恥ずかしくて学校いけないよ。


――あー嫌だ嫌だ。アンタみたいなデブでグズが生まれたのかしら。


――会社が倒産? やめてよ、身内の恥だわ。そんなところにしか就職できなかったなんて程度が知れるわね。


――ファミレス? 準社員ってバイトと変わんないじゃん。兄貴、能無し過ぎ。


――アンタみたいな恥は私達に関わらないで頂戴。さっさと消えて!


さっきまで、確かに俺は幸せで楽しかったはずだ。


急に突きつけられるように現実に引き戻されたことに、身動きが取れなくなっていく。まさかこんなところで会うとは思っていなかった。言葉が詰まり、動悸が激しくなっていく。弟家族に会っただけだ、と言われればそれまでなのだが、ここ数年はずっと交流を避けてきたが故に、急な事に対処ができなくて酷く情けない。


「……あ、久しぶり。元気してたか?」


やっと発せられた言葉は反論でも肯定でもない、ありきたりな挨拶だ。けれどそんな挨拶さえ、晃大は皮肉に笑う。


「兄貴が嫁も孫の顔も見せないから、俺がしょっちゅう実家に帰ってんだぜ? ああ、悪い悪い。見せないんじゃなくて見せられない(・・・・・・)んだったな。ほんと、うちの長男は役立たずなお陰で次男の俺が苦労する羽目になるんだよなぁ」

「ああ……それは、悪かったな」


ようやく気持ちに余裕が出てきたため素直に謝罪すると、晃大は自分の嫌味が効いていない様子の俺に、チッと舌打ちを零す。決して効いてないわけではなく、まともに相手したところで倍になって嫌味が返ってくるだけだ。穏便に済まそうと素直に受け入れたのに、不服そうにされるのもまた匙加減が難しい。隣で子供を抱っこしていた新奈さんが酷く迷惑そうに顔を歪めていて。きっと晃大が頻繁に実家に帰って親孝行しているつもりが、彼女にとっては負担だったのかもしれない。

本当に申し訳なく思いながら、どうしようも解決できないことを突きつけられ、俺が思わず沈黙した時だった。


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