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道具を返却し、座ってドリンクを飲みながら次に何をしたいか尋ねると、近くにあったフロア案内を眺めてアミューズメントフロアを選択したため、二人で改めて移動する。
途中、更衣室で改めてスカートに履きなおすあたりは、もう運動しないという心意気が見て取れる。なんだかんだと運動に対する集中力は疲労が結構たまるのでそれでいい。
社会人になってからめっきり遊ばなくなった場所であるが、やはりUFOキャッチャーやアーケードゲームのネオンや音楽はこの年になってもワクワクする。
「わっ、可愛い」
フロアに来て彼女が真っ先に向かったのはUFOキャッチャーの中にぽよっと寝そべるオオサンショウウオのぬいぐるみだ。たぶん、大人であっても抱えるほどの大きいサイズで、デフォルメされているからこそ見られるが、一応もう一度言う。オオサンショウウオである。
一瞬ためらったものの、彼女はよほど気に入ったのか張り付いて離れなくなっていたので、財布を取り出し百円玉を投入する。
その動きに気付いた彼女が離れたのでアームを操作したが、やはり一度で取れるほど甘くはない。
長期戦に備えてお札を崩し、戻っていて再挑戦するため五百円玉を投入したところで彼女に振り返る。
「自分でやりますか?」
「いいの? やってみたい!」
キラキラと目を輝かせて綻ぶ顔を見ると、好奇心旺盛な子供のようだと微笑ましくなる。
何度か挑戦したものの、やはりアームが緩い設定なのかあまり配置も変わらないことに彼女は眉間に皺を寄せて。
「ダメだぁ。交代してぇ~」
「了解です」
そう言って何度か挑戦し、隣で彼女が応援してくれる中何とか取れたぬいぐるみを彼女に渡せば、やはり抱えるほど大きいながらも、嬉しそうにギュっと抱き締めて。
「マスジ!」
「名前つけたんですか?」
「イブセとどっちにしようか悩んだけど、マスジで!」
「サンショウウオが悲しみますよ?」
思わず彼女の名づけにちなんだ返しをすると、ぬいぐるみを抱きしめる力をグッと強くして。
「ああ、寒いほど独りぼっちだ!」
と、一文を取り上げて言う。喋り方こそふざけているものの、山椒魚というワードからここまで話を広げられる造詣の深さに舌を巻く。ふわふわなぬいぐるみで暖を取りながらのセリフに、これは応えるべきかと冗談半分で彼女を背後からぬいぐるみごと抱きしめて。
「一生涯ここに閉じ込めてやる」
と耳元で囁けば、俺を見上げた目は大きく見開かれ、徐々に真っ赤に染まっていく顔を至近距離でマジマジと眺めてしまったのだが。
あ、失敗した。
と、自分の失態を悟った。手を繋ぐ以上の事をするつもりなどなかったし、距離感を保っていたつもりなのに、こんな場所で堂々と彼女を抱きしめてしまった。これは冗談半分でもやるべきじゃなかった。
「悪い」
敬語も忘れて謝りながら離れると、彼女は真っ赤になった顔をぬいぐるみに埋める。何とも言えない沈黙の中、彼女はぬいぐるみに顔を埋めたまま、けれど視線だけは俺に向けて小さく呻く。
――今にも目がくらみそうだ。
花弁がハラハラと舞い水面に揺蕩うように、その言葉は俺の心に一滴、ほの温かい感情を落として波紋を広げていく。
ああ、俺は多分、もうだめなようだ。
◇◆◇
自分の失態に対して何一つ苦情も言わなかった彼女は、まるでなかったかのように気を取り直し、極めて明るく振る舞ってくれたことであの場はそれで済んだ。
大きなぬいぐるみを先に取ってしまったこともあり、それ以外のぬいぐるみを取るとかさばるためそれ以降はUFOキャッチャーには触れなかった。どんな景品が並んでいるか眺めて歩くだけでも楽しく、今の流行がどういったものかを見るにはちょうどいい。ぬいぐるみを抱えているだけあって、移動するにしても少し大変になっていたのだが、それなりに楽しんだところで、時刻は夕方に差し掛かっている。
そろそろ場所を移動したいと時計を確認していると、彼女が俺にぬいぐるみを持つよう願うと、鞄の中から俺がプレゼントした“願い事できる限り叶える券”を取り出して緊張した面持ちで両手でそれを俺に差し出しながら頭を下げて。
「あのっ、今日しか使えないから、予定とか狂わせちゃうかもしれないけどっ! 夕食は私の手料理食べてほしいっ!」
「え?」
思いきり予想外だった三つ目の願い事に驚きの声を上げてしまう。ぬいぐるみを抱えたまま、下げられた彼女の後頭部と見つめていると、恐る恐る頭が上がっていく。それ以上反応しなかった俺の様子が気になったらしく向けられた視線は躊躇ったもので、彼女は自分の願いに補足した。
「たぶん、夕食もどこか予約とかしちゃってる、よね? お店に迷惑かけちゃうかもしれないけど、でも、どうしてもお願いっ! あの、私の家でも葉クンの家でもどっちでも!」
必死に頼み込む彼女の姿に、どうやら予定を狂わせてしまうことに申し訳なさを感じている事は理解できたが、俺は違う理由で困惑している事を悩んだ挙句に素直に伝えることにした。
「サプライズ、のつもりだったんですけど」
と前置きをして。
「実は夕食、手料理をご馳走しようと思っていたんです」
「……えぇ?! よ、葉クンの? 手作り?」
「はい。ただ俺は食べる方が好きなので、ファミレスの厨房で培った知識と、がっつり系の男飯しか作れないので自信はありません。数品手伝って頂けるなら大変助かります」
「いいの!?」
「むしろ渡りに船でありがたい申し出ですよ。タイムリー過ぎてビックリしました」
俺がすんなりとOKした事に、彼女の不安そうな顔は一気に花が咲いたように明るくなった。彼女が持つチケットを受け取り、ぬいぐるみも俺が小脇に抱えて彼女に手を差し出すと、安心した様子で俺の手を握りしめる。
「もう少し一緒にいられるんだ……」と感慨深そうに彼女が零した独り言は、あえて聞かないふりをする。それはこっちのセリフだとは言えなくて、ギュっと手を握りしめて。
大きい袋を店員さんからもらいぬいぐるみを押し込めば、尻尾がはみ出ているもののようやく持ちやすくなった。彼女が受け取ろうとしたものの「俺が持ちます」と伝えれば彼女も素直に頷いてくれる。
施設を出るため彼女と手を繋いだまま足を運びつつ補足説明をした。
「場所はレンタルスペース借りているのでそこで夕食作って食べましょう」
「レンタルスペース! その手があったね!」
俺も思いついた時はホッとしたもんだ。
彼女に形に残らないけれど記憶に残る誕生日にしてあげたいと、真っ先に思いついたのが手料理だったのだが、知識や材料は正直どうにでもなる。問題は場所だ。料理をしたいから彼女の部屋を貸してくれとは言い難いし、かといって自分の家に誘うのは完全アウトだ。
レンタルスペースを思いついてから色々と検索したところ、一軒家をまるっと貸し出す場所もあり、彼女のプライバシーを守り、かつ自分の手料理を振る舞うにはこれだ! と一人でガッツポーズしたものだ。
レンタルした一軒家は古民家をリノベーションした形だったが、住宅街の中にあるため静かでのんびりと過ごすにはいいだろう。何より近くにスーパーがあって買い出しに行きやすい。
食器類は揃っているものの、調味料や細かなものは自分達で買いに行かなければいけない。
一旦、借りた一軒家に彼女を案内したのは手に持っていたぬいぐるみを置きに来るためだ。サプライズのつもりだったが、もう話してしまったことで順序が逆になってしまったが、それでも案内した家に彼女は興味津々だ。
今日は早朝から待ち合わせ前にこの家のリビングに飾り付けをしていた。一応、彼女の誕生日を祝うために、風船やらガーランドやらを買い込んで、統一性なんてないただただ不作法な男が頑張って飾り付けた程度ではあるが、彼女はそれを見て飛び上がるほど喜んでくれた。
「センスは二の次だよぉ~! こうやってお祝いしてくれる気持ちが凄く嬉しい!」
相変わらず嬉しいことを嬉しいと素直に言葉にしてくれるので、俺も嬉しいしホッとする。センスは二の次、と言われた言葉が引っ掛かるが、まぁ、そこは自分でも自覚してるので反論はしないが、一言だけ言わせてもらうなら――百均バンザイ、超有能である。
飾り付けの参考にしようとネットで調べていると、百均でパーティーグッズが揃えられると聞いたときは天の啓示かと危うく信仰宗教を変えるところだった。無宗教だけど。
リビングの飾り付けや一通り色んな部屋を探索したところで、ぬいぐるみを置いて二人で買い物に出かけることになった。
※まだ付き合ってません
執筆協力:ろほたろう様(オオサンショウウオのぬいぐるみ提案)
出典:井伏鱒二『山椒魚』
参考:ラウンドワン様 https://www.round1.co.jp/
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