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二話同時投稿です
「あの、前から思っていたんだけど、片山さんは自分が思っているより太ってないよ? それどころか、最近痩せてきてて、結構モテる方だと思うんだけど」
「は? まさか。確かに最近痩せましたが、それでも平均体重よりは重いんですよ? あと痩せたからってイケメンになるわけでもあるまいし」
んな都合のいい話があるわけない。太ろうが痩せようが顔の造形は大きいか小さいかの違いであり、構成するものは変わらないのだ。多少、痩せたことで配置がずれるかもしれないが誤差だ。思わず否定すると、彼女は小さく首を振って教えてくれた。
どうにも俺は入社した当初こそ体格や肌の質が悪かったのだが、ちゃんとした日常生活を送るうちに肌荒れや体重も改善され、身だしなみも清潔感も段違いだと周囲が評価していたらしい。
そもそも太っていることを自覚していたからこそ清潔感は特に気を付けていたのだが、やはり人の目には体格>清潔感という方程式で映ってしまい不潔とまでは言わないが、それに近い嫌悪感を与えていたらしい。
今は清潔感が体格を上回り、そうすると周囲は『片山葉』という人物を男として認識してくれるようになり、それなりにありの評価が付くようになったようだ。
「部下にもいるよ? 片山さんがワイルド系でかっこいいって言ってる子」
「ワイルド系……」
確かに最近よく言われる言葉だと思い当たる。
お世辞だとばかり思っていたけれど、こうやって面と向かって言われると何となくそれが周囲の正しい評価なのだと理解し始める。元々筋肉質だったのが運動をしなくなって贅肉を蓄えるようになったタイプなので、もしかするともう少し筋力をつければそれなりに見られるようになるのでは? と思案して。
「片山さんの魅力に最初に気づいたのは私なのに……」
と、ちょっと残念そうに呟いた彼女の言葉が耳に入ってきて、俺は思わず笑った。
「縁は太ってる人の方が好きなんですね」
「太ってる人が好きなんじゃなくて、好きになった人がたまたまそういう体格だっただけ」
速攻否定されたが、お前が俺の腹をムニムニした事を忘れてないんだからな。その記憶を思い出し、思わず疑わしい目を向けると、彼女も同じことを思い出したらしく「ほ、ほんとだもんっ」と重ねて否定する。
「こういう言い方すると片山さんに失礼になるかもしれないけれど、私、イケメンって呼ばれる人達よくわからなくて」
「……というと?」
「『周囲の顔面偏差値高すぎるがゆえにお前の価値観おかしい』って友達に言われた事ある」
「あー」
価値観なぁ……俺を好きな時点で確かにズレてる。
確かに彼女は美人だから親族もきっと美男美女が多いのだろう。今田さんが彼女の身内であると知ったから俺の中で彼が基準になってしまうが、確かにあの人を顔面偏差値とされてたら彼女にとってほとんどの人の容姿が凡人だ。営業部のイケメンに言い寄られても全然靡かなかったのはそのせいか。イケメンに耐久があると思ってはいたがそういう理由だったとは。
「縁にとってイケメンは今田さんですか?」
「流星? 流星よりも彼のお父さんの方が凄いよ」
「彼は父親似なんですね」
「性格も結構似てると思うけれど、あの年であの色気は凄いと思う」
彼女が凄いというのだから相当凄いのだろう。今田さんにそっくりな父親とは結構気になるところではあるが。
「ほほう? ……ところで縁」
「はい?」
「今田さんは“流星”で、俺は“片山さん”?」
俺が端的に指摘した内容に、彼女はハッと息をのむ。オロオロと視線をさまよわせ、ようやくその視点が俺に向けられると、思わずニヤァと嫌な笑い方になってしまったのはご愛敬だ。
「名前呼びのチケットに付随する形でいいですよ?」
「うっ……」
嬉しそうな、でも恥ずかしそうにする彼女に俺はニヤニヤが止まらないまま食事を続ける。彼女は火照る頬に手を当てながら、うーっと悩んだように唸って、それから意を決して。
「よ、葉さん?」
「はい」
まさかのさん付けに俺も返事をしながらちょっと赤くなる。名前で呼ばれるというのは、結構いいもんだなと思っていると、彼女はまた一瞬悩んで。
「葉クン?」
……それは、ずるい。
思わぬ不意打ちを食らって机に伏して撃沈すると、彼女は笑って仕返しするように「葉クン」と何度も繰り返した。
◇◆◇
食事を終えた後のデートプランは何パターンか用意していた。とは言っても正直、ありきたりなデートプランで、彼女の気分によって選んでもらおうと思っている程度の緩いものだ。ガチガチに予定を組むのも楽しくないし、自分が一生懸命プランをたてても、彼女が楽しんでくれなければ意味がない。
俺が提案したのは三つだ。一つ目は公園散歩、二つ目はウィンドウショッピング、三つ目は映画という無難な布陣である。
勿論それ以外の提案を彼女側からされるならばそれでもいい。今日のメインは彼女なのだから。
デザートを食べながらどうする? と、二人で話し合う時間も楽しい。彼女がヒールを履いてきているため、歩き回るのも程度を見極めなければいけないとは思っていたのだが、彼女が選んだのは公園での散歩デートだ。
「ヒールで大丈夫ですか?」
「今日は低くて太めのヒールだし、もし痛くなったらスニーカー買うから大丈夫」
「そこまでしなくても……」
本当に大丈夫なのかと心配すると、彼女は少し唇を尖らせて。
「だって公園デートが一番、葉クンと手を繋げるんだもん」
そんなこと言われたら、反対なんてできなくなるに決まってる。
彼女は“願い事できる限り叶える券”のプレゼントを最大限に楽しむつもりらしい。もちろん、その他のプランを選んだとしても手を繋ぐには変わりないが、少しでも長く――という彼女の意図が愛らしい。
「……足、痛くなったらちゃんと言ってくださいね?」
「はぁ~い」
守る気がなさそうな生返事に、俺がしっかりしなければと思ってしまう。
デザートを食べ終え、満足したところでちょっとしたトラブルが発生した。
彼女がさも当然のように財布を出し始めたので「ご馳走します」と言うと、なぜか酷く慌てている。
「いいよ! 私の誕生日だもん、私が出すよ!」
どうやら彼女は自分の分だけではなく、俺の分まで出すつもりでいるらしい。
「ん? 逆じゃないですか? 誕生日なんだからご馳走させてください」
「えっ!? なんで?!」
「なんでって……なんで?」
彼女が何を疑問視しているのかさっぱりわからず聞き返すと、俺の質問の意味が本気でわからないらしく酷く動揺して。
「あの、私稼いでるよ?」
「? 知ってますよ? でもここは俺が出します」
「あれ? なんで?」
「……? 縁が何を思ってそう言ってくれているのかわかりませんが、上司と部下という関係で今日食事したのであればそれが正しい時もあります。けれど今日は一応プライベートですよね?」
一旦その時点で確認事項を入れると、彼女は戸惑いながらも小さく頷く。そこの認識は互いに一致していたらしく、安心しながら続けて。
「俺が、縁に喜んでもらいたくて店を選びました。個人のものを購入するなら別ですが、二人で行動している範囲については今日、貴方に支払わせる気は一切ないです。なぜなら縁の誕生日で、俺はそのお祝いをしたいからです。普通の日であれば割り勘や自分の分だけという支払方法も取りますが、今日は俺に奢られてください」
自分の行動の意味を噛み砕くように伝えると、彼女は表情を曇らせたまま理解はできるけれど納得までは至らない様子で。
「……あの、本当にいいの?」
「むしろなぜ遠慮するのか分からないんですけど」
本当に、何でだ? と頭上に疑問符を大量に浮かべていると、気まずそうながらも驚愕の事実を口にした。
「私……誰かに奢った事はあっても、奢られた事ない」
「はぁ!?」
詳しく聞くと、今の今まで友人達と食事に行ってもよくて自分の分を支払うが、酷い時は全員分を奢っていたらしい。昔はそういうものか、と何となく奢っていたそうだが、割り勘や自分の分だけ支払う事を提案した友人がそれは可笑しいと諭してくれたのが目を覚ますきっかけになったそうだ。
彼女も奢ってもらって当然といった態度を取る人は、その場ですぐ関係を切ったがやはり彼女の財力は追随を許さぬものが故に、頻繁にあてにされるらしい。
自分と対等か自分のお金を目当てにしない友人だけが彼女の周りに残っていったらしいのだが、少し金銭感覚が人よりズレているのは金持ちだからではなく、そういう心ない人達の行動によって引き起こされたものだということで。
正直、こんなところで育ちの差が出るとは思っていなかったが、頭を抱えたのは俺の方だ。深いため息が漏れたのは生理現象に近い。
「俺が縁に奢りたいんです」
とにかく今日は自分が奢る事を強く伝えると、彼女は申し訳なさそうに眉を垂れ下げて。
「うっ……わかった。ごめんね」
「違います」
「う?」
「俺は謝罪が聞きたいんじゃありませんよ」
本当に困った人だな。
苦笑しながらそう告げると、俺の言葉にハッとしそれから少しだけ思案してからようやく笑顔を浮かべて。
「ありがとう」
彼女の口から感謝と笑顔が見られたので帳消しである。




