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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
誕生日デートなふたり
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名前を呼んだだけでふわっふわな笑顔を見せてくれる彼女に対し、俺は嬉しくなりながら手を差し出した。


「行きましょうか」


と告げると、キョトンとしたのちに恥ずかしそうに俺の手に自分の手を乗せる彼女は本当に可愛い。細く綺麗な手を握り返せば、繋がれた手をジッと見つめそれから俺の顔を見上げて嬉しそうに微笑んで。


えへへっ、と声を小さく零して笑う彼女を瞬間的に抱きしめそうになったのだが何とか耐えた。これはちょっと褒めてほしい。


「爪、綺麗ですね」


誤魔化すように握った彼女の手を見ると、綺麗にグラデーションが付いた淡い桜色のネイルが施されている。


畜生、爪先まで可愛いかよ。


これが俺の為のお洒落であれば、本当に抱きしめてぐるぐる回したいくらい嬉しいのだが。


「で、デートだって言ったらネイリストさんが張り切ってくれたんだけど、普段あまりネイルしないから流石に恥ずかしくて、シンプルなのでお願いしたの」


照れながらお洒落の裏事情を話してしまうとか、反則級の可愛さだ。


俺に気づいてもらえたのがよほど嬉しかったのか、手を繋いだまま指を開いて閉じてニギニギしてくるので、ギュっと握り返して。


「可愛いです。縁も爪も」

「っあぅ……あ、ありがと」


思っていることを小出しにしなければ俺が先にヤバいことになる気がしたので、思い切って言葉にしたのだが、彼女がそっぽを向きながらも耳を真っ赤にしているのを見て俺も感染したように照れてしまったけれど。


取り留めもない会話をしながら――けれど、ちょっとだけ二人の間に流れる緊張さえ楽しみながら俺がエスコートした先は、駅前から少し離れた路地裏にある隠れ家的な創作和食の店だ。

一応、事前に彼女に昼食は何が良いかと尋ねた際に、和食がいいと言われていて選んだ店で、俺自身は何度か足を運んだことがある場所でもある。

お値段は決して安いとは言わないが、目玉が飛び出るほど高いというわけでもない、こうした記念日に使うにはちょうどいい価格帯のメニューを扱っている。


入口からして和風モダンな作りになっていて、入るとカウンターとテーブル席が並び、奥に個室がいくつかある。出迎えてくれた店員さんに予約した者であることを告げると、流れるように個室に通されてテーブルを挟んで向かい合って座る。店員さんからメニューとおしぼりを受け取ると、彼女は物珍しそうにキョロキョロと見渡しながらゆったりと座って。


「料理は注文していないんです。個別に頼んでもいいですし、定食もあるのでお好きなの選んでください。コースは要予約なので無理ですが、迷うようなら俺もおすすめあるので紹介させてくださいね」


店員さんから受け取ったおしぼりで手を拭いている彼女に、自分に差し出されたメニューを開きながら見せると、彼女は受け取りながらフフッと笑って。


「片山さん、店員さんみたいね」


メニューを開きながら渡してくれるなんて人はあまりいないんだよ、と彼女が続けた言葉に、無意識過ぎる自分の行動に心当たりがあって「あー」と声をあげる。


「……ファミレスで働いていた時、ホールもやっていましたから」


慣れというのは恐ろしいもので、自分の行動に何ら違和感を抱かなかったのだが、彼女は結構細かいところまで気づいてくれる。それが嬉しくてこそばゆい。


「懐かしいなぁ」

「縁は客にも敬語使えなくてしょっちゅう怒られていましたね」

「……なんだろ。呼び捨てなのに敬語なの、結構グッとくる」

「敬語をはずせとは言われてませんから」


俺がおしぼりで手を拭きながらシラッと答えると、彼女はメニューで顔を隠しながらぐぬぬぬっと容姿に似合わぬうなり声をあげる。どうも敬語を外さなかったのは盲点だったらしく、けれどチケットを使うかと問われれば迷っているといったところだろう。

メニューを眺め、少し悩んだのちに自分は肉料理中心の定食を、彼女は海鮮料理中心の定食を頼み、料理がやってきた頃には結局、チケットを出さなかったので敬語であることは諦めたらしい。残り三枚がどう使われるか俺も楽しみになってきた。


料理を運んできた店員さんに「料理の写真を撮ってもいいですか?」と許可を得て、サクサクッと写真を何枚か撮った後、すぐに両手を合わせて「いただきます」と丁寧に言ってから一口目を食べるまでが非常にスムーズかつ、かなり好感が持てる。


「んー、美味しい!」

「よかったです。というか、色々凄いですね」

「本当に。定食というには結構豪華だね」

「いいえ、料理がではなく――料理もそうですが、縁がです」

「わ、私?」


唐突に自分の話題になったことに戸惑う彼女に俺はうん、と頷いて。


「写真撮るにも店員さんに断りを入れて、でもダラダラと写真を撮るわけでもなく。と思えばちゃんと“いただきます”と言うのも丁寧で、あと箸の持ち方綺麗ですね」


たった数秒の間に起こった出来事だったけれど、ひとつひとつを取り上げて褒めると、彼女は顔を赤くして「うっ」と息を詰まらせる。店側にも一緒に来た人にも自然と考慮できるというのはなかなか難しいものだ。


「め、めっちゃ褒められてる……そんな褒められることしていないと思うけど?」

「世の中にはチェーン店にも関わらずファミレスで食事が来た途端、目の前でパシャパシャ写真を撮り始め『映えないから盛り付けなおせ』と言ってきたり、食べておきながら『マズかったから金は払わない』と言い出したり、結局食べ残したり、写真撮ってて食べるの遅くなったのに『冷めたから作り直せ』と理不尽なクレームをつけてくる人が実在するんですよ」


けっ、と思わずグレた口調でそう告げると、彼女は凄く悲しい目で俺を見てくる。


「ファミレス時代、大変だったんだねぇ……」

「一番理不尽だったのは『他社のファミレスメニューがないのは何でだっ!』って怒られた時です」

他社のファミレス(そっち)行けばいいのに」

「『近所にないからこっち来たんだ、出せ!』と言われました」

「不憫すぎる……」


結果、そういうクレーム処理を行う苛立ちから暴飲暴食に一直線だった。それだけが理由ではないが、それも理由の一つであり、食べなきゃ、飲まなきゃやってらんねぇ(・・・・・・・)状況だったのだ。

今はそのストレスからも解放されて気持ちも随分穏やかになり、ファミレス時代の俺を知る人からは性格が丸くなったと評価されることも増えた。


そんな話をしながら彼女を改めて見ると、困ったように首を傾げるのもまた可愛い。


「見られていると思うと食べにくい……」

「それは失礼。では俺も、いただきます」


彼女に倣ってしっかり手を合わせると、俺の視線が自分に向いていないことを確認して彼女もまた食べ始める。一つ一つの料理の感想を言い合いながら、たまにチラチラと美味しそうに食事をする彼女を盗み見る。


「海鮮美味しい。うーん、語彙力少なくて美味しいしか言えないけれど」

「美味しいという言葉とその表情だけで充分伝わりますよ」


食リポが上手でなければいけない理由は俺や彼女にはない。美味しいものを美味しいと素直に言葉に乗せることが重要なのだ。


「ローストビーフも美味しいですよ。もし嫌でなければシェアしますか?」

「いいの? 一切れいただくね。片山さんもどれか食べる?」

「いいえ、俺はその定食いただいたことあるので結構ですよ。召し上がってください」

「あ、そうなんだ。常連さん?」

「常連というほどではないですが、何度か利用させていただいたことはあります。趣味の一つが食べ歩きなので。転職してからはちょっと気持ちに余裕がなくて出来ていませんが、そろそろ再開できればいいなぁと」

「詳しいんだ?」

「デブは美味しいお店を知っているもんです。量のあるお店も」


自慢げに俺がそう言えば、彼女はふと表情を硬くし、ゆっくりと箸を置いて改まったように口を開いた。


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