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バイトをしていたころは、たぶんわざとだろうが化粧はベースメイクのみだったし、髪も無造作に後ろに束ねて、下の方で団子にしている程度の野暮ったさを演出していた。
黒澤本部長としての彼女は髪をピシッと結い上げ、化粧もしっかりとしスーツを着こなすかっこいい女性だ。
今日の彼女はどちらでもない。
珍しく髪を下ろし、後ろはゆるふわなハーフアップにしていて肩より少し長いセミロングであったことを初めて知る。
胸元に控えめなフリルがあしらわれた白いシャツに、膝下丈のカーキーのシフォンスカートをふわりと揺らす。デニムのジャケットを腕を通さず肩にかけ、手には小さめな淡いブルーのカバンを持っている。足元はシンプルな黒色のヒールだが、いつも仕事で履いているピンヒールとは違い、今日はかかとが低めだ。
化粧も仕事の時より少し抑えめでナチュラルな雰囲気を壊さない。
そんな彼女が俺を間近で見上げてふんわりと微笑んで。
――ああ、なんだ。
俺、この人のこと好きだ。
言い訳だらだら並べたところで無駄だったのだ。いつから――なんて定かではないけれど、この人はとっくに俺の心を掴んでいて。
好きだ、と思えばもうダメだった。
彼女のどんな仕草も可愛く見えるし、どんな言葉にも一喜一憂できる。その髪に指を絡めて抱きしめたい、綺麗な頬を撫でながらキスしたい、それ以上のことだって勿論望む。
自分の感情が「やっと気が付いたか」と呆れている気さえするほど、この気持ちがしっくりきて。
彼女は今までこんな気持ちでずっと俺に接していたのかと思えば思うほど、自分が彼女に残酷な態度でいたことを恥じる。
自分の後ろめたさを埋めるために彼女を利用したようなものなのに、彼女はきっと、メッセージの向こう側で嬉しそうにしていたのだろう。たとえ俺がどんなに冷たいメッセージを送ろうとも、諦めてくれなかった彼女に今は感謝しかない。
こんな俺をずっと好きでいてくれたのだと思うと。
泣きそうになるほど彼女が愛おしい。
「……今日はいつにも増して、滅茶苦茶可愛いですね」
自分の気持ちを自覚した途端、彼女をものすごく甘やかしたくなってきた。取り繕うように誤魔化すように、けれど本音でそう伝えると、彼女はカッと顔を赤くして照れたように笑う。
「え、えへへぇ。ありがとぉ。頑張ってオシャレしてきたの。……あの、片山さんもかっこいい」
世辞でも嬉しいもんだ。頑張ったかいがあった。
気を取り直そう、と立ったままもアレだったので近くの空いているベンチに彼女を促し、座ったところでまずは、とポケットに忍ばせておいたものを取り出した。
「すみません。これ先にお渡しします」
「ん? なぁに?」
それは何の変哲もない白い封筒だ。
封をしていないので今すぐ中身を確認してもらえるようお願いすると、彼女は理解しきれない様子で中身を取り出す。
「誕生日プレゼントです。正直、何を渡せばいいかわからなくて」
と、俺が説明している彼女の手の中にあるもの――お手製で作った“願い事できる限り叶える券:五枚綴り”である。
自意識過剰と言われるかもしれないが、彼女が自分を好いてくれていると知っているからできたプレゼントだ。ただし、自分の気持ちに自覚する前に作ったので色々制約付きだ。
書いてある通り、なんでも願い事を叶えるわけではなく“常識の範囲”で“できる限り”願い事を叶えるものであること。一枚につき一つだけの叶えること。本当は十枚綴りにしようか悩んだのだが、それだと彼女は願い事を考え悩むだけで一日が過ぎそうだと思ったため五枚に変更した。あとはいつでも使われるのは正直困るので、これは彼女の誕生日である本日のみ有効としていて、だからこそ先に渡しておきたかったのだ。
彼女であれば、お金で買えるものは大抵手に入れられるだろう。
せめてお金で手に入らないものを送りたかったというのが、彼女が好いてくれている俺の矜持なのだが、“肩たたき券”と大差ないことしか考えつかなかったのは反省している。
両手で大切そうに券を持ち、凝視しながらフルフルと彼女が小刻みに震えだした。
「ど、どどどどぉおおしよぉぉっ!?!?」
「ど、どうしました?!」
「嬉しぃいいいい~! こんな嬉しい誕生日プレゼント生まれて初めてっ!!」
大げさなほど喜んで券を抱きしめる彼女の態度に、思わず苦笑が漏れる。
「大げさな。でもそんなに喜んでもらえてよかったです」
予想外の喜びようである。
「有効期限、今日だけなのかぁ! でも嬉しい! あ~! 何しよう!」
目に見えるほどワクワクし始めた彼女を微笑ましく見てしまう。「そうだ、あ、でも」と繰り返す彼女は、俺に叶えてほしいことがいっぱいある様子で。
ちなみにこの間「願い事を叶えてもらったら券を回収されるの、せっかくもらったのにヤダ!」と言う彼女の主張は認められ、券をいったん回収し、全部使い切った時点でまた彼女に渡すという事になった。
思考を張り巡らせている彼女をしばらくの間眺め、そして意を決した彼女はチケットを二枚差し出して。
「今日、できる限り手を繋いでほしい! あ、あと……今日一日、な、名前で呼んで欲しい……です」
「名前?」
一つ目の願い事は正直そうなるんじゃないかとある程度予想していた内容だったのですんなり受け入れられたが、二つ目はちょっと考えていなかった内容のために思わず聞き返してしまう。途端、彼女の表情が少しだけ曇って。
「も、もしかして私の名前知らない?」
「いや、知ってますよ」
そう言いながら差し出された二枚を受け取ると、一気に表情を明るくして。
「叶えてくれるの!?」
「今日だけですからね。大丈夫ですよ」
「やったー!」
嬉しいことを嬉しいと素直に言動に表せられる彼女が微笑ましい。ふふふっと笑う彼女に、少しだけイタズラ心が芽生えた俺は静かに彼女の耳元に唇を寄せて。
「誕生日おめでとうございます、縁」
そう告げて顔を話すと、囁いた方の耳を押さえて顔を真っ赤にしていたから本当に参った。
「わわわ、私、今日一日持たないかもしれないっ!」
「介抱は勘弁してください」
波乱の誕生日デート、幕開けである。




