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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
モテる彼女と痩せた俺
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数多の求婚者を抑えて、彼女の誕生日を当日祝わせてもらえる権利を得た俺は、せっかくなので楽しんでもらいたいと久々に張り切っていた。

彼女が駅の構内に誘ってくれたアレをデートと数えるなら、あれ以来である。アレを除けば女性と二人きりで出かける行為は本当に久々で、デートプランを考えるなんて今までやってこなかった事をしたためか、若干知恵熱が出たのは内緒の話。

スマホの検索欄は“デート”や“誕生日プレゼント”に関する項目が連なったし、会社であれほど騒動になっていたので彼女の安全も配慮しなければいけないだろうかと色々考えることが山積みだ。

けれどどの内容を考えても楽しくてワクワクしている自分がいて、彼女が嬉しそうにしてくれるのを想像しただけで頑張れるのだから俺も大概だ。


転職で潤い始めた貯金で久々に洋服も購入した。


なにしろ痩せてから全部の服がブカブカで、みっともない感が否めなかったからだ。


黒いジーンズにVネックの白いシャツ、グレーのテーラードジャケットという服装は、ひょいっと入ったお店の店員さんおすすめコーディネートでそのまま購入させていただいた。


「ガタイのいいワイルド系ですねぇ!」


って言われたけど、愛想笑いしかできなかった。

デブだったから服装というのは“何を着たいか”より“どれが着れるか”が重点だったから、服装に無頓着すぎておしゃれな店の店員のノリについていけない。

髪型もと人気の美容室に予約して“おまかせ”でお願いしたら、両サイドを刈り上げられた。


なんかここまでお洒落するの学生振りくらいだからか、滅茶苦茶気合い入れてますって感じになって恥ずかしくなってきた。

彼女に恥をかかすまいという思いから頑張ったけれど、緊張と同時に少し楽しかったのでこれからも少しずつ改善していこうとは思う。


この姿で行くのが何となく恥ずかしいような、でも彼女の反応が少し楽しみで待ち合わせ場所に行くと、意外な人物が彼女の隣に立っていて。


「……今田さん?」


人気のない場所より、逆に人気が多い場所で待ち合わせした方が目立ちにくいのではないかという理由から、自分が予約したレストランがある駅前を選んだのだが。

遠くから見てもわかるほどの美男美女がそこにいる。人混みにも関わらず、二人に視線を向ける人達がチラホラ居て結構目立っている。

二人とも俺の存在には気が付かず楽しそうに笑って会話しているのに正直驚いた。

今田さんは無表情が基本で笑顔を誰かに見せる事は滅多にない。一方、黒澤本部長も何とも思っていない相手にはあまり愛想が良いとは言えない人なのに、普通に楽しそうに談笑しているのが目に映る。


流石の美男美女はお似合いだなとぼんやり考えていたのだが。


ムカッ。


と、次に沸き起こってきた感情に酷く動揺した。


……ムカッ? ……は? え? なんで俺、ムカついた?


あ、やばい。だってこんな。なんで。


自分の感情が信じられず、動揺を隠すように口元を手で覆う。視線は笑って話し込む二人に向けられたままで、自分の思慮の浅さが浮き彫りになっているようで酷く羞恥を覚える。


これは、あれだ。自分自身信じられないけれど、これは――嫉妬だ。


そしてこの感情は明らかに俺の愚かさが招いたもので。

無意識に彼女が自分を好きでいてくれる状況に胡坐をかいていた。彼女が自分以外を好きになるという状況を想像もしていなかったのだ。

どれだけの男性が彼女に言い寄ろうとも、どれだけ素晴らしいスペックを並べようと、彼女は決して靡くことがなかった。そんな彼女に選ばれているという自負がやがて自惚れになった。


分不相応の相手だった。


高嶺の花だった。


自分の理性を優先させた結果、彼女を突き放すことにしたのに、彼女に対して一番中途半端で残酷なことをしていたのは自分自身だ。

彼女の想いを利用して、自尊心を満たしていた思慮の浅さが、今更恐怖となって押し寄せてくる。彼女に好かれなくなった自分に、価値を見出せるのだろうか。彼女に思われていることが全てではない。けれどいつの間にか慢心し、当然としていた価値観が崩れる瞬間を想像できなかった。


俺に――嫉妬する権利なんてないのに。


自分の感情に動揺していると、今田さんはこちらに気が付かないまま彼女から離れていく。彼女もまた彼に手を振りながら見送ったところで、ようやく俺の存在に気が付いて。


「片山さんっ!」


嬉しそうに駆け寄ってくる彼女に、俺は動揺を悟られないよう笑顔を作って片手をあげる。


「すみません、遅くなりました」

「ううんっ大丈夫! 私が楽しみで早く来てしまっただけだからっ!」

「そう、ですか」


ああ、駄目だ。

まだ気持ちの整理がついていない。

後ろめたさに思わず顔を背けると、彼女は不思議そうにして。


「あの、片山さん? どうかした?」


明らかに態度に出してしまった動揺を察した彼女は、俺の機嫌をうかがっているようだ。戸惑いよりも心配そうな表情を向けられてますますいたたまれなくなる。

こんなつもりじゃなかったのに、と苦い顔をしながら彼女を見るも、その瞳は不安が広がっていて。


どうしよう、何か言うべきなのだろうか。どうして、と問いだすべきなのだろうか。


でもどんな風に尋ねても、返事をもらったところで俺の答えは中途半端だ。

問いただす権利さえ放棄しているのに、それはあまりに身勝手で許されない。


「あの……さっき、今田さんとご一緒ではありませんでしたか?」


無難にそう問えば、彼女は「ああ」と納得した様子で、次の瞬間にはハッと俺の顔を見上げて。


「もしかして勘違いしてますか!?」


慌てた様子の彼女に、俺はどう答えていいのか考えあぐねいていると、悩んでいる思考を読み取ったようにサラリと教えてくれた。


「あの、会社には公表していないので、できれば内緒にしておいて欲しいのだけれど」

「はい?」

「従弟同士なの」

「……え?」

流星(りゅうせい)――えっと、今田さん? は、父の弟の子供で。叔父様は奥様のご実家に婿養子に行かれたので、苗字が異なるのだけれど」

「あっ、えっ……い、従弟?」


別の動揺が押し寄せてきた俺が戸惑いがちに聞き返せば、彼女はゆっくり頷いて。


「彼は実際、黒澤家の人間ではないし、あの容姿だからできる限り黒澤家との関係を伏せたいとの事で、事実を知っているのは上層部でも一部の人間だけなのよ」


そんな情報をいとも簡単に一般社員の俺に教えてもよかったのだろうか。

同時に、今田さんってそういえば流星という名前だったなと再認識し、容姿に見合った素敵で似合う名前だなと納得する。

彼女でさえ――という言い方は語弊があるかもしれないが、彼女も多くの人から言い寄られているのだから、容姿だけですでに言い寄られている今田さんに黒澤家関係者というスペックが追加されると彼女以上に大変な目に合うだろう。


ぼんやりとながら事実を受け入れ始めた俺に対し、彼女が付け加えて教えてくれたのは、ここ最近の会社で起きた騒動の事もあり、俺との待ち合わせまでガードマン的な付き添い目的でついてきてくれたという事。

今日、彼女と出掛ける相手が俺だという事も教えていたらしく「片山さんなら」と自分と彼女との関係を話してもいいと彼自身が言ってくれていたそうで。


どうにも俺は、今田さんから自分が想像している以上に信頼されているらしい、とは分かった。


それにしても、まさか血縁関係にあると思っていなかった。思い返せば今田さんと彼女は少し目元が似ているかもしれない。

従弟であれば確かにあの距離感は納得できるし、信頼関係もあるため付き添いとしては適任だっただろう。


と、同時にホッとする自分がいて。


「……あの、すみません、でした」


気まずさから咄嗟に口から出たのは謝罪の言葉だ。彼女はふふっと笑ってそれを許してくれる。


「こちらこそごめんね。片山さんが来る前に帰る予定だったの、見られると思っていなくて。ちゃんと先に説明しておけばよかったね」


ようやく気持ちに余裕が出てきて改めて彼女を見ると、彼女もまたいつもと違った雰囲気であることにようやく気が付いた。

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