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ま、いっか。
どっちに配慮する必要も俺にはない。むしろ今やってきて気が付いてませんよのていでいこう。そう考えながら、ちょっとだけわざとらしく足音を立てつつ休憩スペースに入って、彼らを視界に入れる事なく自販機に向かい合う。
ハッ、と我に返った彼が彼女から体を離し、二人の相瀬を邪魔した俺を見たのだが、俺はその視線を無視して財布から小銭を出す。
きっと彼女も同じような表情を浮かべているんだろうけれど、無視したまま自販機に小銭を投入し始めたところで、彼はどう判断したのかわからないが、小声で彼女に告げた。
「俺、待ってますから」
「いや、困るんだけど。すごい迷惑だからやめて」
そこは察してやれよ、と思わず心の中でツッコミを入れる。
ドきっぱり断る彼女の言葉を聞いてなかったのか、彼はふっと笑って彼女の頭をポンポンとするものの、勢いよく払いのけられていて笑いそうになったのを我慢する。
どの言動を取っても超イケメンな事されているのに、全く靡かないあたりが流石である。残念ながら彼女の持っているステータスが高すぎる故に、営業部のエースだろうがイケメンだろうが、霞んでいるらしい。
たぶん、すごい自信あるんだろうなと思いながら自販機のボタンを押したところで間違えた。
「げっ」
ガコンッと落ちてきた缶を手に取るためかがんでいると、背後で男性が去っていくのを何となく察する。
足音が遠ざかっていったところで、今度は彼女が俺に寄ってきて。
「あの」
「ん?」
「ご、誤解だからね? 彼とは何ともないから」
焦りながら言い訳する彼女を、俺は立ち上がりながら見下ろす。先ほどの男性に見せていた態度は何だったのかと思うくらいオドオドして視線がさまよっているあたり、彼女は彼に抱きしめられたことより、俺に目撃された事の方が気になったらしい。
そしてよくよく考えると、こうやって二人きりになるのは彼女を振った以来だなと思いまじまじと見つめると、彼女はさまよわせていた視線を俺に向け、それから沈黙に耐えられなくなってきたのか頬を紅潮させ始めて。
「黒澤本部長、甘いの好きですか?」
「え?」
突拍子もない俺の質問に、彼女は動揺しながらも遠慮がちに小さく頷く。
さっきの彼に向けていた態度のように堂々としていたらいいのに、俺の前ではかなり無防備になる。それがまた可愛いと思ってしまうあたり、俺はクソだ。
うん、もう認めよう、彼女は可愛い。
いつも堂々と凛々しくしている黒澤本部長の仮面を被った彼女はいつだって美しい。
けれどこうやって時折、俺の前だけで見せる無防備なほにゃほにゃっとした空気を醸し出す彼女は可愛らしく、俗にいうギャップ萌えである。
ふぅ、とため息交じりに息を吐きながら、俺は手に持っていた缶を彼女に差し出す。彼女も咄嗟に受け取ってくれたが、渡されたものを見てもう一度俺を見て。
「缶コーヒー買うつもりが、おしるこ押しました。差し上げます」
俺もなんだかんだとあの状況に気が動転していたのか、おしるこを間違って購入してしまった。
両手で渡されたおしるこを持った彼女は、じっとその缶を見つめて。
「……おしるこ?」
「おしるこ」
彼女があまりに唖然としながらつぶやくから、俺が繰り返して呟くと、何がツボだったのかはわからないが彼女は急に弾けたように笑いだして。
「あっはははははははっ!」
おしるこがそんなツボだったのか、と俺が驚いていると、彼女は目じりに浮かんだ涙を指先で拭いながらくくくっと笑って。
「やっぱ片山さんだぁ。ふふっ、ありがとねぇ」
そういって大事そうにおしるこ缶を胸に抱えたのを見て、たかが間違って購入したものをあげただけなのに、えらい大げさだなと思うにとどめて。
二人きりで会話できると思っていなかったし、上司と部下になれば何か変わるかと恐怖していた事があっさり覆され、何も変わらない彼女の態度にホッとしていたところで、彼女がおずおずと俺を上目遣いで見上げて。
「あの、片山さん」
「はい」
「……あの、ですね……そのっ……今週の土曜日って空いてますか?」
「ああ、空けてますよ」
「あ、やっぱり駄…………えっ? ――えっ?」
俺の返事に一瞬がっかりしたものの、思っていた返事と違ったらしく彼女は目を白黒させて俺を見る。
「空けてますよ」
空いてるんじゃない、貴方の為に予定は入れずに空けていたんだよ、と強調するようにそう言えば。
口をパクパクさせたかと思うと、見る見るうちに顔が真っ赤に染まっていく彼女は見物だった。
「あっ、あっ、うぁっ……」
「俺、“言葉を失う”って状況初めて見ました」
そう揶揄すると。
「か、かっ、片山さんのせいでしょぉおおおっ!!」
ずるいずるいっ! と真っ赤になったまま胸をポカポカ叩いてくるもんだから、可愛すぎて爆笑した。




