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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
モテる彼女と痩せた俺
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第四章スタートします。

ちょっと盛り込みたいエピソードの順番を変えたり変えたり変えたりしていたため、難産でしたがラブコメの方向に行きます。

転職して早くも五ヶ月が経過した。


彼女との関係はあれ以来、パッタリと――とはいかない。


時々メッセージが来るのに対し、他人行儀で返信をする程度には薄い関係が続いている。


《仕事の調子はどうですか》だったり《今度の土曜日空いてませんか?》というお誘いだったり、あれやこれやと三日に一度くらいは連絡が来る。

デフォルトなのか、それとも立場が逆転したからなのかはわからないけれど、メッセージのやり取りは互いに敬語だ。元々、バイト仲間と準社員として連絡先を交換していたため、自分は元々誰に対しても仕事仲間相手にはメッセージ上は敬語だったのだが。

それに対して《大変ですが順調です》と返したり《空いてません》と断ったり、少し面倒ながらも律儀に返信しているのは後ろめたさがあるからだ。


俺が彼女にした行為は、所詮ヤリ逃げである。


世間一般的に見ても許される行為ではないことだけは明確だ。

彼女は否定してくれたが、酔った勢いとは言えアレはいただけない。


自分自身から連絡することは一切ないが、連絡が来たら返信するくらいの後ろめたさが残っているのだが、あわよくば二人きりで会おうとするメッセージが届くたびに「コイツ、諦めてねぇ……」とガックリ肩を落とす。

決して立場を利用してパワハラをしてくるわけではない、純粋に関係を断ち切らないように必死になっていることがうかがえて、どうしたもんかと頭を抱える。

仕事の話や季節や天気の話がほとんどで、時々趣味の話だったり個人的な話だったりを送ってくる以外、彼女はあれ以来、自分の好意を伝えてこないのできっぱり断るタイミングも逃している。


《少し痩せませんでしたか? お仕事大変ですか? 無理しないでくださいね》


と来たときは、流石にちょっと嬉しくなって返事が弾んでしまったのがいけなかった。


実際、この五ヶ月でかなり痩せた。


というのも、ファミリーレストランで働いていた時は夜勤が多く、賄いもうまかったので不摂生が祟って結構太っていたのが事実だ。

転職してからというもの、朝起きて夜に寝るというごくごく一般的な、人間として当たり前のような生活を送るようになってから体の調子がすこぶるいい。人間、太陽に当たって生活しなければいけないとつくづく思った出来事だ。

慣れない仕事で精神をすり減らし、食欲がガックリ減ったのも手伝って、体重がここ五ヶ月で十キロ減った。デブの食欲が一般男性の平均的な食欲になった程度だが。

おかげで最近は体も少し丸みがある程度まで落ちていたが、あとは通勤を徒歩や自転車に変えて運動も伴い始めてからは筋力と体力がついてきたのも大きい。

転職したことにより体の至る所に出ていた不調が改善されたのは、思わぬ副産物でかなり嬉しい。


ここ最近、久々に元の職場に顔を出したら、顔なじみのパートさんから「あらぁ! 片山さんってワイルド系のイケメンだったのね!」と言われたのだが、彼女たちはイケメンの基準が低すぎる。この前、常連の禿げたオッサンが育毛し始めた時にも同じこと言ってたって桐島から聞いてるんだからな!


その時ばかりは嬉しくていつもはワンターン返すのみで終わらせていたメッセージのやり取りを、ついつい何度かレスポンスをしてしまった事だけは反省している。結果、彼女を喜ばせてしまったのは申し訳ないと思っているのだ。


実際、自分が想像していた通り彼女と仕事が一緒になるということはなく、会社で稀に話すことはあっても挨拶程度だ。


本部長より上の役職はそれぞれ個々の役員室を持っているため、一緒のフロアでもない。


なにより彼女は想像していたより遥かに忙しく、あの年齢で役職についているだけあり優秀らしい。

役員室に籠る時間はほとんどなく、出張やらなにやらと全国――否、世界を飛び回っているというのだから連絡する暇があれば休めばいいのにとさえ思うのだ。


ぶっちゃけ、自分も新しい仕事で手がいっぱいだ。今までやってきた仕事は何だったんだろうというくらいに仕事内容が難しい。

今まで使ってこなかったような専門用語もあれば、何それ、呪文? と言いたくなるようなカタカナの羅列に毎日てんやわんやだ。

流石にグループ本社というだけあって、一般社員であってもステータスがかなり高い。頭の良さというより、回転の速さに舌を巻く。一を伝えれば十二ほど理解して先読みする人達ばかりで、レスポンスの内容も濃厚で納得できる。

何とか必死にくらいついているけれど、周囲からの自分の評価はそれほど悪くないらしい。


そうそう、同じ部署に茂住さんが先輩として俺のOJT担当になってくれた。

どうやら最初から茂住さんが同じ部署に異動することは決まっていたのだが、急遽俺が中途採用されることになったため、関わりはあまりなかったにしろ、俺の事情を知っている人の方がやりやすいだろうと上からの気遣いで実現した。


これは正直ありがたい。


人間関係を一から構築するより、0.5ほどでも関係のあった人の方がやりやすいに決まっている。

指導を受けつつ、部署立ち上げの研修やミーティングがいくつも重なるため、本当に忙しくて目が回る。

決して残業が多いわけではないが、頭の処理能力が違うらしくついていくのがやっとで不甲斐なさが浮き彫りだ。

それでも周囲の同僚達は皆、優しく接してくれるし茂住さんもかなりフォローしてくれているおかげで人間関係に悩むことはない。


「片山さん」

「ん? ああ、今田さん、どうかしましたか?」

「お昼、ご一緒しませんか?」


そう、俺に声をかけてくれたのは、超絶美人な今田さんである。


美人と表現しているが、彼は正真正銘の男性だ。


長身で細身、どんなスーツでもすらりと着こなしそうな体系は羨ましいけしからん。

頭のてっぺんからつま先まで、おおよそ染み一つなくパーフェクトボディな彼は基本、無表情無感情。


今年新卒で入社したばかりで、俺と同じ部署に配属が決まった彼は言わば同期に近い同僚である。

どうやら彼は、彼女と同じ“感覚”を持つ人らしく、優秀な人材を見つけるのが得意だという。


黒澤本部長は宝石に見えるらしいが、彼は違う風に見えるというので尋ねると。


「かぼちゃの中に花が咲いてます」


と無感情なまま言われたので思わず爆笑した。


想像しただけで面白い。果たして彼の目に映る花がどんなものなのかはわからないが、一応聞いてみたところ「さぁ? 花は詳しくないんで」と言われたのでまた笑える。

花が分からない人の目に花のように映るというのは奇怪で個人的にはツボだ。


花が咲くだけではなく、周囲の人がかぼちゃになるのがいいなと零せば、珍しく今田さんの表情が崩れ「確かに必要ないですね」と困ったものになったから、また笑えた。


そんな彼はなぜか俺に懐いている。


ハンカチに包まれた弁当を両手で胸の前で持ち、無表情なまま尋ねてきた彼に、俺は書類を片付けながら笑みがこぼれる。


「俺、弁当じゃないから社食でいいかな?」

「はい、構いません」


まだ数ヶ月の付き合いだが、今田さんの声色やちょっとした仕草から、彼が無表情ではあるものの無感情ではないことはわかってきた。

今だって無表情ながらも結構浮かれている声色だったので、お昼が嬉しいのか楽しそうだ。


「お弁当楽しみなんですか?」

「……いいえ、片山さんとご一緒できるのが嬉しいです」


嬉しいことを言ってくれる。

男性相手ながら赤面しそうになってしまったのは、やはり彼の外見が恐ろしいほど整っているからだ。


「あ、今田君だぁ~」


社食に到着し、弁当を持って先に座っていた今田さんの所に、女性社員があっという間に群がっている。

超絶イケメンを通り越した美人がそこにいるならば、ハイエナのように女性社員が寄ってくるのはどの会社でも変わりないようで。

定食を乗せた盆を持ちながら、どうしたもんかと思いつつ今田さんに近づくと、彼を取り巻く女子社員たちがキャッキャッと黄色い声を上げながら何とか彼の気を引こうと必死だ。


「やだぁ、今田君、弁当なの? もしかして自作?」

「えー、すごーい! 料理できる男性って素敵だよねぇ!」

「今度、私も今田君の手料理食べた~い!」

「じゃあ皆でバーベキューとかしなぁい?」

「いいねぇ!」


今田さんの返事を待たずして周囲が勝手に盛り上がる。

普段そんな話し方はしないくせに、なぜ女性はイケメンを前にすると間延びした鼻にかかった声で話すのだろうか。俺、された事ねぇや。

そんな周囲の反応に全く意を介さず、今田さんは弁当を食べながら静かに告げる。


「自作ではありません。母の手作りです。俺、マザコンなので」


彼の一言は周囲を凍らすのに充分だったらしい。

一瞬時が止まったのを横目に見ながら、俺は机を挟んで彼の向かいに座る。どう頑張っても彼の隣はあかないようなので。

今田さんを囲う女性たちが、チラリと俺の方を見て「空気読めよ」と視線で訴えたが無視をする。

以前、同じ状況で仕方なく別の場所で食べ始めたら、今田さんがわざわざこちらにやってきて不機嫌そうに「お昼、ご一緒してくれるって言ったじゃないですか」とクレームを受けたことがあるので仕方がない。


彼の爆弾発言で一瞬凍った空気を必死に溶かそうと、女性の一人が頬をヒクヒクさせながらも必死に笑顔を作っている。


「お、お母さん思いなんだね!」


なるほど、そういう風に持っていったかと感心しながら、いただきますと両手を合わせて定食を食べ始めると、今田さんは全く空気を読まずに続けて爆薬を投下する。


「ええ、毎日、母と一緒に寝るか父と競う程度には」


今度こそ空気が完璧に固まった。

ざわついていた社食全体がシーンと静まり返っている気がする。

なんだかんだと皆、聞き耳を立てていたのかと思いつつ、俺は気になることを口にした。


「それって、勝率どれくらいですか?」

「え?」


ふと顔を上げて俺の質問の意図が分からなかったらしい今田さんが聞き返してきたので、もう一度同じことを尋ねた。


「毎日競ってるんですよね? どれくらい勝てます?」


彼の隣にいた女性が「は? なにコイツ?」と呟いたのが聞こえてきた。化けの皮はがれてますよと教えるには、俺は不細工すぎるので黙っておく。

一方、今田さんは珍しくキョトンとした表情を浮かべていたものの、俺の質問を理解した途端、ふんわりと笑みを浮かべて。


「五分五分ですかね」


と答えてくれたのだが、美人の笑顔の破壊力たるや。

キャーというよりひぇぇぇぇっという声が周囲から漏れだしたもんだから、思わず爆笑した。

だって、女性の声だけじゃなくて男性の声も確実に混じってたし、あれほどお近づきになりたがっていた女性たちが後ずさりしていつの間にか離れていくのだ。


彼が無表情でい続ける理由がなんとなく理解できた出来事だ。


「いいねぇ、仲良しだ」


俺がそういうと、彼は嬉しそうに「はい」と笑ったのは、さすがに俺も見惚れてしまったけれど。


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