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「あのさ、桐島」
「ん?」
呼び捨てにしたところで、これが公私の“私”の方だとは分かったらしい。少し遠慮がちながらも声を小さくして。
「もし、なんだけど。自分が嫌いだなって思っていた相手に告白されたら、お前どうする?」
ここでお約束の『これ友達の話なんだけどな』という枕詞は使わない。使ったところできっと自分の事だとバレるのだから。
で、俺の質問を聞いた桐島は一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、「あー」と納得したように声を上げてニヤついて。
「西條さんに告白されたんだ?」
「ぐぶっおっ!!」
飲み込もうとしたドリアの米を飛ばすところだった。
咳き込みながら慌てて紙ナプキンを口に当てるも、未だに動揺は隠しきれない。
自分の話として隠すつもりはなかったが「誰から」なんて話すつもりは全くなかったのに。
「なんっ、な!? なん?!」
目に見える俺の動揺に桐島は爆笑する。
ちらほらいるお客さんは「なんだ?」と怪訝な表情を浮かべているし、桐島の声と分かった従業員たちも調理場から顔をのぞかせる。
注目を浴びてしまったのは前店長に怒鳴られて以来だと思いながらも口の中にあったものを必死に飲み込むと、桐島は涙を浮かべてまだ喉の奥でクククッと笑っている。
「やー、おっかしぃ。知らぬは本人のみって」
「あ、え? はぁ?」
間抜けた返事をすると、桐島は笑いながら教えてくれた。
「西條さんが片山のこと好きって結構、周知の事実だぞ?」
「えっ、ええええ??」
驚く、というより再び動揺である。理解しきれない俺に桐島はさも当然のように教えてくれた。
「西條さんがここに入って結構すぐだったかな。そういう話出てたの。本人隠す気なかったし、高校生のバイトの子達によく相談してたらしいから」
何やってんだよ二十八歳。高校生に恋愛相談とか何してくれちゃってんの?
「俺にも聞かれたよ。片山の好きな女性のタイプ」
積極が過ぎるっ! 本人に来ないくせに何やってんだ!
「ちなみに、西條さんみたいな人って言ったら『桐島さんに聞いた私が馬鹿だった』って言われた」
嫌われていた自覚あったって言ってたからな。あと桐島、適当に答えるんじゃない。
「あと、聞かれてたんだったけど答えられなくて……『胸派? 尻派?』」
「マジでアイツ何聞いちゃってくれてんの?」
とうとう口に出してしまった。
「で? どっち?」
「足!」
俺の逆ギレ混じりの回答に、桐島は「そっちかぁ!」と自分の額を掌で打つ。
なんだこれなんだこれ。
なんかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
恋愛相談というまでもなかったのに、結果そうなっている感じが否めない。
次々知らされる新事実に半分まで食べていた料理も、喉を通らなくなってきた。
「で? なんの話だっけ?」
「俺、この話続ける自信ない……」
「相談したのそっちだろ」
「キャンセルで」
「キャンセルできませーん。ああ、嫌いな人に告白されたらどうするか、か」
相談内容、思い出されたっ!
「ちなみに片山は今どっち寄り?」
それは好きか、嫌いかという質問だろう。
桐島は薄々気が付いていると思う。最近はそこまで彼女の事を嫌っていないという事を。
横領事件にしろ容疑者として彼女が上がった時、最後まで俺は彼女が犯人である可能性を否定していた。
多分嫌いなままだったら、店長と同じくアイツに決まっていると免罪をかけていたかもしれない。
「隠し事がなければなぁ」
思わず肘をついてため息を漏らすと、桐島は怪訝な表情を浮かべる。
ソレを見て、やっと気が付いた。
「アレって、アレでしょ? 西條さんが本社の人間だったってやつ?」
「……あー、いや」
なるほど、彼は本社の人間であるという事は知ったものの、彼女がどういう立場の人間だったのかは聞いていないらしい。
多分、あの若さで本部長なんて肩書を持っているなんて知ったら、この話題を出した時点でもっと桐島に動揺が見られてもいいはずだ。
今までの会話の中で、彼女の事をずっと西條と呼んでいたからその考えは正しいだろう。
本社の人間だったから恋愛の対象外になります、というのは多分桐島の中では理由にならないのだろう。
俺だって決して年下の上司が嫌なわけではない。きっとどの会社に行っても起こりうる事態だ。
彼女の事をどこまで伝えていいものかもわらないため言葉を濁すと、桐島はそれ以上追及はしてこない。
大人の対応に感謝しながら、相手の事も知っている桐島に対し、俺はため息交じりに素直な気持ちを吐露した。
「正直、社会人になってから女性とお付き合いなんて全然してこなかったから、嬉しい気持ちは凄いあるんだ。こんな自分を、っていうのも含めて告白してくれる稀有な存在を逃しちゃいけないとも――ただなぁ……この年になってくると、次に付き合う人とはどうしても結婚まで考える」
「まぁ、それは確かにあるわな。相手もそれなりに適齢期だろうし」
そうなった場合、個人のお付き合いだけでは済まない。
学生ならまだよかったのかもしれないけれど、結婚と恋愛はやはり別物だ。どんなに互いが嫌がっても、双方の家族が関わってくるのは目に見えている。
だからって結婚を考えずにお付き合いできるほど軽い相手でもないのだから、その匙加減が難しい。
ある程度は付き合うと決めた段階で覚悟するものだ。自分は何とでもなるのだが、うちの事情に彼女をつき合わせるのは果たしていかがなものかと思案する。
残っていた料理を口にかきこみ、水をあおるように飲んでから「うん」と一呼吸おいて。
「悪い、相談してたけど話しているうちに決断できたわ」
「ふん? じゃあよかった。結果は教えてもらえるもんなの?」
「気が向いたら」
「気長にここで店長しながら待ってるわ」
絶対報告しろとも、報告はいらないとも言わない、ただただ俺の意思に任せてくれる桐島だからこそ相談できたのかもしれない。
自分のスマートフォンがバイブレーションで震えたのを感じ取り手に取ると、タイムリーな相手から連絡が入っていて。
《今日、お会いできませんか?》
なんて、普段使えない敬語は文章なら使えるのかと苦笑しながら、了解を示すスタンプを返すことにした。




