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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
そして二人の関係は
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「あれ? 片山? 今日面接とか言ってなかった?」


そう声をかけたのは桐島だ。ネームプレートはすでに店長の肩書がついていて、もともと優男と称される彼の表情はあの店長から解放されたおかげか、あるいは正社員になれたおかげか、以前よりも余裕のある笑顔を浮かべている。

面接後にアイドルタイムを狙って自分が働くファミリーレストランへとスーツのまま足を運んだ。

緊張して飯を食えてなかったので食事をしに来たといえば、フロアを担当していた桐島が笑いながら席に案内してくれる。


「俺も今から昼飯だから一緒していい?」

「いいよ」

「ありがとう。制服脱いでくるわ」


そう言って立ち去った桐島と入れ替わり、パートの女性がメニューを持ってやってくる。


「あれ、片山君、今日はスーツなんだねぇ」


かっこいいねぇ、とお世辞を言ってくれるパートさんに俺は苦笑しながらも感謝を述べる。

メニューを見ながら待っていると、制服を脱いだ私服の桐島がやってきて俺の向かいに座った。


「再来週から季節限定の新メニュー入るからメニューの差し替えしなきゃだなぁ」


思わず俺がメニューを見ながらつぶやくと、桐島は思わずと言った様子で笑う。


「片山さん、再来週はもう来ないじゃないですか」


桐島の言葉にふと顔をあげると、彼はでしょ? と同意を求めてきて再び俺は苦笑した。

彼は普段、同僚の俺に敬語を使わない。けれど仕事の話になると急に切り替えるもんだから上手だなと思う。

公私を分けるといったほどではないが、彼の切り替えの基準は結構明確だ。同僚でもあり年齢も近く、ここに入ったタイミングも近いから敬語はいらないと言ったところ、俺に対してだけこんな形になってしまった。

なので自分も桐島に対しては同じように接することにしている。


「本社から連絡来ました?」

「茂住さんから連絡来て聞きましたよ。片山さん、めっちゃ即戦力だから早く来てほしいって」

「大げさだなぁ」

「ありがたいことじゃないですか。お互い、形は違えどやっと正社員になれるんですから」


それはそうなんだけれど、と俺が頭をかいたところでパートさんがアイドルタイムの暇を持て余し、わざわざ注文を聞きに来てくれたのでメニューを返しながら注文する。

桐島に至ってはもともと何を食べたいか決めていたらしく、メニューも見ずに頼んだところで改めて俺に向き合って。


「支援制度使うって聞きました。ちょっと面倒ですけどそれが一番いいです。片山さんが抜けた穴埋めは本社側から派遣してもらわないと」


彼の言うことは最もだと思う。


面接後、社長に呼ばれた秘書らしき女性に歩きながら説明されたことがある。


今回、新設部署は新設の前に(仮)(かっこ仮)が付くらしく、カフェで働く従業員のヘッドハンティングを試しに行い、それがうまくいけば正式に会社社員等をヘッドハンティングする部署を立ち上げることになっているらしい。

その新設部署に中途採用で入るのは自分だけで、他はすでに社員である人達が何人か選ばれて通知されているという。出来ればその社員と同じタイミングで研修を受けてもらうため、採用通知は即日発送するので一週間後から出社してほしいというかなりハードスケジュールな内容を説明された。


が、自分は残念ながらまだファミリーレストランの準社員として籍を置いたままである。


バイトやパートであればまだ融通は利くかもしれない、が、自分は準社員であるし引き継ぎ等で一週間後は難しいと伝えたのだがそれならば支援制度を使うと提案されたのだ。


支援制度は主に新店舗が開店した時に行われるものであるが、本社社員が従業員に代わって代替えでシフトに入ってもらうことができる。開店したばかりの場合、従業員が育っていないだとか人数が足りないだとかいう状況が多くあり、それをフォローするために現場の知識と経験を叩き込んである、いわばスペシャリストが本社社員にいるのだ。

主に従業員育成の立場にいる人達であり、エリアマネージャーになる人は必ずこの経験をしている。

俺が務めていたのが直営店でもあるがゆえ、支援制度は使いやすい。


簡単に言えば、俺の穴埋めで本社社員がシフトに入るということだ。


知識や経験は俺以上のものを持っている人達だし、本社との連携も取りやすいため正しい使い方だろう。

たかが中途採用される俺の為だけに派遣されるのもどうかと思うが、そういう使い方を本来はすべきだと言われてしまえば、有難がる以外どうにもできない。


その話が店長に就任したばかりの桐島にもう話が通っているのだから、茂住さんはやっぱり仕事が早い。

桐島が納得しているのであれば自分がとやかく言えることではない。

結構長いこと勤めていたのに急にやめることになったのはもの悲しさがあるが、桐島の言う通り正社員として求められるのであればそれは喜ばしいことだ。


小さな沈黙が走ったが、たぶんお互いの脳裏に浮かんだのは前店長のことだろう。

あの人ことを話せばきっと悪口大会になり気分もよくはない。社会的にも制裁を受けるはずだし、何よりやっと解放されたのだから、もう話題にするのはやめようと別の話題を探していると、桐島も同じ気持ちだったのかフフッと笑って。


「さみしくなるねぇ」


急に敬語を外したのだから、これは桐島の本心だろう。

水の入ったコップを手に取り、一口飲みながら「俺も」と軽く同意して。


「またこうやってたまに遊びに来てよ。本社社員になるなら社割使えるんでしょ?」

「どうだろ? そこまで聞いてない。あれって現場の特権じゃない?」

「じゃあ普通に金払って食いに来い」

「おう、じゃんじゃん稼いで金落としに来るわ」

「やだっ、本社勤めになると急に太っ腹!」

「誰が太い腹だっ! 俺か!」


この流れは結構お約束だ。デブだからできる話題に、二人で爆笑する。

こんな気軽な会話さえ頻繁に出来なくなるなと思っていると、注文した料理が運ばれてきてどちらともなく食べ始める。


どうでもいい小さい会話を繰り返しながら、半分ほど食べ終えたところで俺は少し悩みながらも、桐島が適任かと意を決して相談を持ち掛けることにした。


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