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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
そして二人の関係は
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ようやく記憶の隅に引っかかっていた部分がほどけたところで、顔を上げると、社長は優雅な流れでコーヒーに口を付けている。

それを見て自分もゆっくりとコーヒーを頂くと、先ほどはしっかりと味わえなかった酸味とほろ苦さが口の中に広がる。


今更ながら面接にコーヒーを出されるなんて初めてだ。

それを口にするのが正しいのか、それとも口にしないべきなのかはわからないが。


「まぁ、それを踏まえた上でと言えばいいか、君にやってほしい仕事に繋がるのだけれどね」


不意に告げられた言葉に思わず背筋が伸びる。

色々と説明を受けたのはあの事件の当事者だったからというのもあるが、本来の目的は面接だ。


姿勢が改まったところで社長は簡単に説明をしてくれた。


今回、新設部署を立ち上げる事になったとは言っていたが、簡単に言うとヘッドハンティングを主とした部署だという。

今まで外部の企業に委託していたが、彼女の能力を活かす場所として内製化することにしたという。

若干、彼女ありきで頼りすぎているのではないかと思うが、自分が危惧していたことを察したように社長は告げた。


「縁――失礼、身内として名前で呼ぶが、彼女は何も店長を見張りに行っただけじゃないんだ。彼女自身がヘッドハンティングに適した人材を探していたと言えばいいか」


すなわち、ヘッドハンティングする人をヘッドハンティングしに来たという事らしい。言葉遊びのようだなと脳内で笑いがこぼれる。

が、末端のファミリーレストランに来たところで、会社が欲しがる人材が手に入るとは到底思えなのだが。

仕事が出来る人間というのは、何も本社勤めでデスクワークする者を探しているわけではない、と社長は言う。

そこでふと思い立ったことをポロリと口にした。


「新規フランチャイズカフェ……?」

「ご明察。頭の回転が速いのはいいことだ」


嬉しそうに笑う社長を横目にようやく納得がいった。


確かに彼女とその話題をしたことがある。新しいチェーン店を展開するにあたりオーナー募集をするより先に、本社直営店をいくつか出して様子見をするのだろう。

フランチャイズの仕組みがどのようなものなのか詳細はわからないが、自分であれば自分達で経営を行い、改善点などを洗い出し、更に教育する立場側を育成していく。

そして彼女や新設部署が行うのはその『教育する立場』を担う人材だ。

経営者と現場は近しいようで別であり、店を回す側の人を探したいのだろう。更に傘下のファミリーレストランから人材を見つけるというのは理にかなっている。

ファミリーレストランとカフェという違いはあれど、実践と経験を積んでるというのは強みだ。

彼女が話題にした時に言っていたヘッドハンティング“する側”になるとは思ってもいなかったが。


「縁や茂住から君の話は度々聞いていた。バイトやパートをまとめ、ホールも調理場もそつなく回せるし、優しさと厳しさ両方兼ねそろえている。そして何より人を適材適所に置くことがうまい」

「えっと……正直、その実感はないです」


自信がない、と言ったらいいのだろうか。


実際にあのパワハラ店長に屈してバイトを怒鳴った事だってあるのだから、決していい従業員だったとは言い難い。横領事件が発覚した時だってバイトに怒鳴られるかと思ったと言われたくらいなのだから、きっとそれが周囲からの評価だろう。けれど社長はハハッと笑って。


「いや、意外と人の評価というのは当てになるんだよ。縁や茂住曰く、どのバイトやパートに聞いても君の事を悪く言う人はいなかったそうだよ」

「え?」


曰く、怒られて怖かったという人もいたらしいが、ちゃんとその後にフォローを入れてくれたと評価してくれたバイトがいたとか。

曰く、ぶっきらぼうだけれど人を素直に褒めてくれるからやる気が出ると言ってくれたパートさんがいたとか。

聞いていてむず痒くなるような、嬉しくなるような事ばかりで耳まで赤くなる。


「あとは誰もが口を揃えて言ってたのは、君はよく人の話を聞いてくれると」


意外とそれができる人はいないんだ、と社長は評価してくれた。


誰もが自分の意見を持ち、主張するために口にするが、それを静かに聞いてくれる人というのは稀らしい。話を聞いている途中で同調したつもりで話題を強奪する人もいれば、すぐさま否定する人もいる。否定する最たるが店長であったが、ある程度人間関係を構築するにあたり自己主張というものは自然と出てしまう。

話す、話し合うという行為も重要だが、聞くという行為をできる者は意外と少ない。


――片山さんって、すっごい聞き上手なんだよね。だからかな、何でも話しちゃうし聞いてもらいたくなっちゃう。


誰もが同じように言ってくれたことが、何よりも嬉しくて。


多分、顔が真っ赤になっていたと思う。嬉しさとそれに勝る羞恥が顔面に熱をかき集める。

さらにそれが本社トップの社長からもたらされた言葉だと思うとますますありがたみが増す。


と同時に胸に沸き起こった不安に向き合い、それを素直に口にした。


「褒めて頂けるのはとても光栄です。ただ……」

「ん?」

「今回の面接というのは、その西じ……じゃない、黒澤本部長の判断なのでしょうか?」


正直、そう思いたくなくともこの流れからするとかなり確信に近いものがある。

きっと社長は彼女と自分との関係はファミリーレストランの同僚程度にしか思っていないだろが、実際はもっと近しい関係になってしまっている。

それを伝えるつもりはないが、何となく彼女の身内贔屓のようなものが感じ取れてしまうのだ。


「縁と感覚を共有できるという事は、彼女と同様に人を見る目があるということだ。あの子の判断ではあるが、実際のところは茂住の推薦が大きい」

「茂住さん、ですか?」


意外な名前を出されて正直に驚くと、社長は納得させるようにうん、と頷いて。


「茂住はあの店長のお目付け役も担っていたんだが、店長(アレ)の代わりにうまく人間関係を構築してくれていた君を高く評価していた。店長(アレ)のせいで店の経営が苦しくなっていたが、新しいバイトが根付くことは難しかったにしろ、そこそこ古株のバイトやパートが残っていたのは、君が気配りしていたからだし、店長(アレ)の盾になっていてくれたからだと言っていたな」


正直、茂住さんとはそれほど会話した覚えはない。

いつだって余計なことを言わせまいと店長が邪魔をして一対一で話すような状況などなかったにも関わらず、ちゃんと見ていてくれていて更に評価してくれていたのはかなり嬉しい。

茂住さんが店長のあの性格を知っていた、ということを知らなかった手前、使えない人だと思っていた部分もあったが仕事ができる人だった。


認識を改めよう。ごめん、茂住さん。


多分、今回は運が良かった。


店長が左遷されてやってきた事もそうだが、彼女が自ら乗り込んで様子を見に来ていたことも、それに伴い茂住さんが店長以外の従業員に視線を向けてくれたことも偶然と運が重なった結果だ。

ブラック化した店で働いた苦労がこんな形で報われるとは思っていなかったが、たとえ今回の面接がダメだったとしても今まで教えてもらえた自分への評価は自信につながる。


「ありがとうございます。不甲斐無いと思っていた時期もありましたが、皆さんにそう評価していただける事が凄く嬉しいです。今回このような機会を設けて頂けた甲斐がありました」


素直にそう言いながら改めて頭を下げると、頭上から少し驚いたような戸惑った社長の声が聞こえて。


「いやいや、待て待て。何で面接終わる流れになってるの?」

「え?」


思わず顔を上げた俺に対し、社長も思わず「え?」と返してきたからマジマジと顔を見合わせる羽目になったのだが。


「……あの、てっきりあの話の詳細を教えていただく為に今回呼ばれたのかと」

「何言ってるんだ。面接だと言ったじゃないか。まあ、あまり意味を成さない面接ではあるが」

「じゃあ……」


やっぱり、と言いかけたところで社長は大げさに手を顔の前で振って。


「大いに勘違いしているようだが、採用前提の面接だよ? あ、面談と言って呼んだ方が良かったのか?」

「は、え……ええぇ?」


戸惑いの声をあげてしまったのも無理はない。


だって考えてもみてほしい。


面接場所と相手をたらいまわしにされた挙句、今の今まで自己アピールをさせてもらうどころか、履歴書さえ鞄から出す機会がなかったのだ。

しどろもどろになりながらもその事実を伝えると、じゃあさっさと出せと半ば脅すように言われ、びくびくと履歴書を差し出した。

社長はそれに一通り目を通すと、かなり抵当な軽い感じで「ご趣味は」と聞いてきたもんだから、面接じゃなくて見合いかよと内心突っ込んだが。

結局のところ履歴書の内容は可もなく不可もなくだったらしく、本当に聞いても聞かなくてもいいような事をニ、三質問されて終わってしまった。


「じゃ、そういう事で採用ね」


え、ここ一流企業だよね? 俺、間違った会社に来た? 早まった? っていうくらい社長の採用のノリが軽い。

戸惑いを隠しきれないままでいると、社長はいつの間にかここまで案内してくれた女性を呼び出し、自分を玄関ロビーまで案内するように伝えている。

よくわからないが、一応受かったのか? と動揺していると、退室する間際に社長が俺の履歴書をひらひらさせながら思い出したように付け加えた。


「あ、採用通知即日発送するから受け取ってねー」


俺が必死になりたかった正社員の採用通知が軽すぎる。

けれどここで気軽に突っ込めるほどの相手ではないと理解しているため、退室の礼を口にするだけに留める。

女性に来た道を案内されながらも、不可解な表情を浮かべていたらしい自分に対し、「本当、すみません」と社長の代わりに謝られてしまったので、そりゃあ気まずかった。

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