14
「片山さん、コーヒーは飲めますか?」
「え、あ、はい」
女性からの唐突な質問に、少し戸惑いながらも返事をすると、女性は頷いて小さくお辞儀をするとそのまま退室する。
置いてけぼりを喰らった俺は、一瞬どうするべきかと社長らしき人物に視線を戻せば、彼は手に持っていた書類をデスクに置いて背伸びをしながら立ち上がった。仕事に集中していたのか、ワイシャツにノーネクタイというラフな格好だ。
「あー、そこ座って」
軽い口調で、来客用のソファがある場所を指定され、俺は静々とそこに移動する。同時に社長らしき相手もローテーブルを挟んだ向かい側に立つと、胸ポケットから名刺を取り出して。
「あの時は話せなかったね。改めて――取締役社長を務めている、黒澤蝶だ」
人懐っこさのある笑みを浮かべながら、改めて自己紹介してくれた彼は、店長が処分された時にやってきて彼女に身内と称されていた来訪者だった。
名刺を受取りながら、自分も名乗り返せば、社長は思ったよりも気さくに笑いかけてくれ、座るように促す。
最低限の礼儀を抑えながらソファに座ると、さすが社長室のソファは沈み具合が違った。
「色々とうちの身内が振り回して済まないね」
さっと出てきた言葉は誰のことなのか。
彼女のことなのか、それとも直営店が故にやってきた店長の不祥事についてなのかは定かではないが、小さく首を振って否定をすると、社長は小さく苦笑いを浮かべて。
「困惑するだろうね。たぶん、何もかもが説明不足だったと思うし、茂住に至っては口止めされていた部分もあるだろうから私から色々と説明させてもらいたい。この前、桐島君には直接説明することができたけれど、君はまだだったから。今日は面接というより身内の尻拭いも兼ねて、ね」
確かに色々と考えることが多すぎてわけがわからなくなっている。あのまま彼女に仕事説明されても身に入らなかったし、考えていなかったはずのお断りも若干視野に入り始めていたのは否めない。
桐島がどこまで説明を受けていたかは知らないけれど、彼女の正体を知っているのだろうかという思考に引っ張られるのは仕方がないことで。
「はい」
まぁ、それも含めて社長が自ら説明してくれるならなおの事。
説明されなければされないでもいいと思う。すべてを明らかにしなければならないほど正義感はない。
彼女の話は別に置いておくとして。
真摯な態度で挑めば、社長はフッと笑みをこぼして「いいね。肝が据わっている」という評価をぽつりとつぶやいて。
そのタイミングで先ほど出て行った女性が自分と社長の分のコーヒーを淹れてきてくれたらしく、慣れた動作でローテーブルに置くと何も言わないまますぐに立ち去って。
それを見送った社長は、改めて姿勢を正しながら「さて」と大きく息を吐いた。
「君は西條――黒澤縁をどのくらい知っている?」
唐突に投げかけられた質問に、心臓が跳ね上がったのも無理はない。
ぶっちゃけ体の隅々まで知っていますと身内には言い難いし、そもそもこの質問の意図がわからない。何か試されているのだろうかと思ったが、そういえば面接なのだから試されて当然か。が、正直何と答えていいのかわからない。
なので。
「……あの、正直何とお答えしたらよいのかわかりません」
わからないことはわからないと言うのは模範解答だ。
知ったかぶりは後々露見するし、正直であれというのは自分のモットーである。その答えに満足そうに社長は笑って。
「色々と言い出せなかったのはそのせいだろう。君が混乱するのも無理はない」
そう言うと社長は、これまで謎だった部分を一つ一つ丁寧にひも解き始めた。
「そもそも事の発端は、高校生だった縁が、君達が店長と呼んでいた男を見出したのが始まりだ」
「え?」
「君は縁の《宝石さがし》が何かわかるかい?」
社長の問いに真っ先に浮かんだのは、彼女と駅構内に行ったアレ。
何度だって繰り返すがアレは、比喩表現だ。
誰かが輝くような、水に溺れるような感覚は気持ちの問題であり、実際に誰かが光ることも自分が水に浸かるような事も一切ない。
ただただ気持ちが高揚し、今まで見ていた世界が一変したような不思議な感覚は筆舌に尽くしがたいものがある。
文字通りなんと表現していいのかわからない、言うなれば浦島太郎が竜宮城を訪れた際に“絵にも描けない美しさ”と表現した気持ちがよくわかるとだけ。
「その様子だと君はあの子に試されたね。そして、感覚がわかる人だったわけか」
確かによくわからないものではあったが、あれは誰にでも試しているものではないらしい。
果たして彼女が何を基準にその試す相手を選んでいるのかはわからないけれど。そしてあの感覚を理解できるのも。
「稀にあの感覚とやらを共有できる者がいるらしいが、君はソレだ。私にはわからないが、あれは天賦の才と言っていい」
「天賦の才……?」
オウム返しに尋ねれば、社長はゆっくりと頷いて。
「あの子の目には能力の高い人材が宝石のように輝くらしい」
自分としては比喩であることを強く推していたが、彼女の見る世界は本当にアレなのかもしれないと考え直す。そして彼女が見出す人材の能力は千差万別ではあるものの、必ず大きな成果を上げるらしい。
幼少期からだ、と社長は付け加えるように言う。
「幼いころから変わった子で、人を見てはキラキラしているとか、綺麗な宝石だとか言っていて。それがなにを差しているのか当初こそ理解できなかったのだが」
彼女の言っている意味を初めて理解したのは、あの店長がきっかけだったそうだ。
「高校生だったあの子が、この会社に届け物をしてくれた際に見かけたのがアイツだった。中途採用だったが、俺に対して『あの人を徹底的に育てろ』と進言してきた」
それでこそ、高校生の分際で何をと思ったらしい。
が、彼女が何度も「あの宝石は磨けば化ける」と必死に食らいついてきたために、社長はしぶしぶと店長――今は元が付くが、の、能力を確認したらしい。
彼女が進言した通り、あの人は原石だったそうだ。
営業トップを常にキープ。中途採用としては異例の出世街道まっしぐらだったそうで。
しかし、陰りが見えたのは彼女がこの会社にやってきた時、改めて元店長を見て酷く嘆いたのだ。
ああ、もうあの宝石はどこにもいない――ただ真っ黒の石になっている、と。
「異例の出世を続けていたアイツは、いつの間にか傲慢になっていて、パワハラ上司として嫌われていた」
新入社員が何人も辞めていた。元店長が居た部署はだんだんと業績を悪化させていった。
手柄は自分のモノ、責任は部下へ――気にくわなければ暴言を吐きちらし、中にはうつ病を患い、退社していったもいたという。
巧妙な手口で上にわからないように隠ぺいしていたが、ある日彼の下についていた部下が苦労して入手した証拠をもって上へ掛け合ったことで露見したのだ。
「あの子は楽しみにしてたんだ。あいつに会うのを。けれど裏切られた」
そして彼女は――自分を責めた。自分があの人を見出してしまったせいで、何人もの社員が苦しんだ事実を知り。現状を打破するため、周囲に協力を求めて彼のパワハラを訴え、けれど彼の才能を見出した身として、最後の最後まで信じる気持ちがどこかにあった彼女は、解雇ではなく左遷という形を望んだ。
なにも彼女が訴えたから左遷になったわけではない。入社したての彼女にそこまでの権限はなかった。けれど、彼女が語る温情も理解できたために、自分がその判断を下したのだ――と社長はつぶやいて。
結局のところ、身内可愛さに未熟な判断になってしまって申し訳なかったと頭を下げられた。
そんな経緯を聞かされて、元店長とずっと職場で付き合ってきた自分としては、複雑な気分になる。社長や彼女の詰めの甘さは確かにあったと思う。そのせいで、今度は自分達が苦しい思いをしたのだから。
自分たちではなく、職を追われた人達だっていたというのだから、その気持ちは計り知れない。
許す、許さないで言うなれば、まだ許せる気持ちにはなれない。
社長の謝罪を素直に受け止めきれないままでいたものの、静かに続きを促して。
「結局のところ、君も知っている通りアイツは変わらなかった。場所が変わってもあの傲慢さは変わらず、上がってくる報告に頭を抱えていたのも事実だ」
だから――彼女が自ら動いたという。
最初は誰もが止めた。そんな事をする必要性もなければ、早々にクビを宣告したらいいだけの事だと。
既に人の上に立つ存在となっていた彼女が動くべきではないと何度も忠告したが、彼女の意思は変わらなかったらしい。
「――実際、あの子とアイツに接点はなかった。アイツはあの子に見出されたという事も知らないままで」
そこでようやく自分の中でつながった。
誰も知らないうちに彼女がファミレスで働き始められたのは、彼女の部下である茂住さんの手引きだ。
彼女は妙な責任感から、自ら間近で元店長を監視し、そして彼が自分のシフトのタイミングを見ながら、レジのお金を抜き取っている事にもいち早く気が付いた。
元店長はシフトに入っていなくとも店に出入りする唯一の人だ。
誰にも不審に思われず、なおかつ彼女を犯人に仕立てようとすることも可能だ。元店長の企みに気付き、彼女もまた、そうなるように行動しながら調査していたのだろう。
茂住さんが言っていたとある情報筋は彼女の事で。
茂住さんたちが定休日にやってきた理由も理解できた。
タイミングが良すぎたのは彼女が主導していたからだ。
そして――。
「あとはお察しの通りだよ」
そう呟いた社長の言葉に、俺は静かに目を伏せる。
思い返すとつじつまがあってくるるのだが、それよりも彼女はどんな気持ちで元店長と対峙していたのだろうか。
あれだけ罵られても馬鹿にされても立ち向かったのは、彼女の責任感からなのか――ああ、でも。
「たぶん……一緒に働きたかったんだろうなぁ」
彼女が宝石の名を愛しそうに呼んでいたことを思い出すと。
きっと彼女にとって、あんなふうになってしまった元店長でさえタカラモノだったのだ。
彼女にとって、ずっと宝箱にしまっておきたかったであろう宝石だったから――。
無意識のうちに呟いた言葉に、社長が一瞬息を呑み、それから納得したように微笑んだのには気づけなかったけれど。




