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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
日常は唐突に
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「さて、どこから話そうか……」


客席に座り、改めて向かい合った茂住さんは難しそうにそう言うと、今回の事の顛末を端的に説明してくれた。


今回、自分達が追いかけていた売上がマイナスになる事件について、茂住さんたちはとある情報筋から知っていたらしい、ということだ。


そして、売上をくすねていた真犯人が店長だという衝撃の事実も教えられた。

どうやら店長は彼女に責任を押し付けるため、巧妙な手口でお金をレジから抜いていたという。彼女がシフトに入る日を確認し、シフトに入っていても入っていなくても自由に店に出入り出来る立場を利用していたとも。

確かにそれは盲点だったと反省せざるを得ないが、茂住さんは協力者の元、犯人の割り出しを行い、店長の処分を決めかねているところで、別の人物が犯人に仕立て上げられそうになっている状況を知り、慌てて動いたのが今日のタイミングだったということだ。

店長は当初、知らぬ存ぜぬを押し通そうとし、予定通り気にくわない彼女を犯人に仕立て上げようとしたものの、自分達が用意していたものより、はっきりと言い逃れのできない証拠を突きつけて罪を認めさせたらしい。

エリアマネージャーの肩書を持ってしても、なかなか自分の罪を認めない頑固さに怒鳴り散らしてしまったと恥ずかしそうにしていたのだが、茂住さんは悪くない。

結局、店長が起こした件については、金銭が関わってくるため会社から訴えを起こす事になったらしいということ。

謹慎処分から事実上解雇の流れになる店長は、社会的にも制裁が加えられることになるらしい。

あの怒鳴り、威張り散らしていた店長があっという間に転げ落ちていくさまを、淡々とした口調で語られたのだが、実感がわくはずもない。自分がそうなのだから、きっと本人もそうなのだろう。

彼の行く末を案じるよりも、今後この店がどうなっていくかという話に流れが変わった時に、衝撃の話を聞かされることになる。


「この店の新しい店長は桐島くんに任せようと思うんだ。彼は視野も広いし店長に向いているだろう。正社員になってもらうつもりでいる」

「……はい」

「それで、だ。片山君。今回功労者である君にも話が出ていてね」

「……? はい?」

「君、本社で働いてみる気ない?」

「えっ!?」


桐島が店長に選ばれた事に少し落胆していた矢先に、店長よりもさらに嬉しいお誘いに思わず前のめりになってしまう。


「今の仕事とはまるで違う内容になってしまうんだけれどね。君のような人材を欲しがっている部署があって。どうかな?」

「是非! やらせてください!」


勢いよく立ち上がって叫ぶように了承すると、茂住さんはあまりの気迫に苦笑を零す。


「いいのかい?内容も給料も何も伝えてないが」

「あっ、えっ……た、確かにそうですがっ。あの……お恥ずかしい事を聞きますが、正社員での採用……という事ですか?」

「もちろんだとも」

「あの、では是非! お話を聞かせていただきたいです!」


まさかの流れに興奮気味に伝えると、茂住さんは笑みを浮かべて頷いて。


「では面接を兼ねて仕事内容の説明をしたいので、近々本社に足を運んでもらってもいいかな?」

「はい! よろしくお願いします!」


今までのうっそうとした気持ちが嘘のように晴れやかな気持ちで返答すると、茂住さんは名刺を差し出してくれて、日時と時間を教えてくれる。

今回の事は他言無用である旨を念押しされ、店の戸締りはまだ話が終わっていないらしい桐島にさせると茂住さんが言ってくれたので、俺は嬉々として何度も頭を下げて店を出たのだが。


「あれ? そういえば、桐島と話してるあの人、結局誰だ?」


今日一日で色々ありすぎたことも含め、新たな就職口が決まりそうだという事に浮かれていたものの、まだ聞き足りなかったことがあったのではないかと冷静さを取り戻していたのだが。


「片山さん」


ふと声をかけられ、振り返った先に居たのは帰ったはずの彼女だった。


「西條?」


思わず名前を呼べば、彼女は相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたまま、俺にズイッと歩み寄るとふくれっ面を向けながら不満を爆発させた。


「意味も分からず呼び出されて、意味も分からず帰れって言われて、困っていたと思っていた片山さんは超笑顔で出てくるし、なんなの!?」


そう言えばそうだった。


自分的には疑問がいくつか残っているが、そこそこ気持ち的に解決はしている。が、彼女にとっては意味の分からないことだらけに休日をつぶされたと怒っても仕方がない。


これは嫌でも自分がフォローすべきかと怒る彼女を落ち着かせ、他言無用と言われた手前、顛末を話せずに困っていたところで彼女が助け舟を出してくれた。


「……なんか、話せない事ばっかりみたいだし。無理にきかないけど……お詫びしてよ片山さん」

「え? 詫び?」


詫びを請求した割には、何をしてほしいか言わない彼女は、モゴモゴと言葉を口の中で転がしている様子だったのだが、やがて観念したように上目使いで俺の裾を引っ張って。


「……しゅ、就職祝い……一緒にご飯行きたい」


なんかもう、色々と申し訳なくなったのは事実なので飯に連れて行く事にした。



 ◇◆◇



「かったやっまさーん♪ うふふふっ」


あの時の不機嫌さはなんだったのか。

そう問いただしたいくらい、今の彼女はご機嫌だ。

本人曰くほろ酔い気分と言っているが、個人的にあの量は泥酔摂取量である。

実は酒豪ということに驚きもあるが、機嫌が戻ったのは何よりだ。

お詫びなので奢らされるかと思ったら、きっかり自分の分を支払うからえらい。男に見栄を張らせろと少しだけ多めに出したものの、全額を奢らせなかったのだがら、ちょっと頑固なのだなというのも新発見だ。

ご機嫌な彼女は俺の腕に絡みつくように抱き付いて、何度引きはがしても無駄であることを理解しているのでそのままだ。

自分も少し気分がいいのは、何も新しい就職口が見つかったからだけではない。

単純に、彼女が犯人ではなかったという事実にホッとしているし、同時に疑った自分を恥じたのもある。

結局は彼女を疑った事も信じようとしたことも、何一つ彼女は知らないのだから、その葛藤をわざわざ言う必要はない。

お互い、新しい職場に行けばこれ以上の接点はなくなるのだから、今日くらいという気持ちになったのがいけなかったのかもしれない。

家に送り届ける道中、隣であれほどはしゃいでいた彼女が静かになった事に気が付いたのは、彼女のアパートまで目と鼻の先まで来た時だった。


「……ん? 西條?」


自分の腕をギュっと掴んだまま歩いているから、意識があるのは間違いない。けれど突然静かになった彼女に不安を感じて顔を覗き込めば。

彼女は酷く不安げな表情を浮かべて俺をゆっくりと見上げて。


「あの……片山さん」

「どうした?」

「……あの、ね……」


何か言いたげに口を開くも、すぐに閉じるを繰り返す。

何か伝えたいことがあるらしいが言葉にしにくいことなのか。

不安げに視線を泳がせては俺の顔を見上げ。


「……話したい、ことが……あるんだけれど……その……うち、寄って行かない?」


今すぐに告げるのは無理だと判断したのか、彼女がそう提案する。

一瞬思案した後に、今日が最後かもしれないという言葉を頭の中でリフレインさせた俺は、軽い気持ちでOKする。

すると、あれだけ不安に揺れていた瞳が酷く安堵した表情を見せたものだから、心臓が一瞬高鳴ったのは気のせいじゃない。

彼女に導かれるままアパートの玄関に入ったところで、はたと彼女の交際相手の存在を思い出した。


「……あー……えっと、俺、本当にあがっていい?」

「え? な、ななななんで!?」


先に部屋に上がっていた彼女が動揺して聞き返してくるも、いたって冷静を装って。


「お前の彼氏に悪いかなぁと……ほら、お前が風邪のとき来てた」


だよな? と確認の意味も含めて尋ねると彼女は呆けた表情から一瞬にして顔を赤く染めて反論した。


「違う! アレ! 弟!」

「え? マジで!?」

「ホントに弟! 心配して見に来てくれてたのっ!」


必死に弁明する彼女の顔があまりにも可愛くて、まぁ本当の事なんだろうなと安堵する自分が居る。

じゃぁ、とお邪魔した彼女の部屋は相変わらずシンプルで。

彼女に勧められるがままにベッドサイドのラグの上に座ったところで、彼女は相変わらずなぜか俺の横にピタリと座って。


「……普通向かい合って座るもんじゃねぇの?」


軽い抗議は無視されたらしく、彼女は俺の隣に座ったまま無言を貫く。

話があると聞かされてやってきたのに、彼女はいっこうに口を開こうとしないので何か話題をと思考を張り巡らせていた時だった。


「片山さん」

「ん? どうした」


ようやく何か語る決心がついたのかと隣に座る彼女を見ると、彼女は俺に向けて手のひらを上に両手を向けて、何かを乞うような仕草を見せ。


「私のてのひら、ちょっと冷たいかも」

「ん?」


唐突な事を言い出す彼女の言葉に意味が分からないままでいると、彼女はその手で俺の頬を包み込む。

確かに冷たいなと頬に添えられた手に意識を取られていた時だった。


一瞬にして彼女との距離がゼロになったかと思えば、唇に掛かる吐息と温もりは間違いなく彼女のモノ。

震える唇が静かに重なり、恐る恐る離れていく。

それを拒んだのは無意識に起こした自分の行動。

逃がすまいと彼女の後頭部を抱え込み、自分の唇を押し付ける。

荒れた唇はどちらのものか。

がさりとした感触が、角度を変えるたびに次第に潤いを帯びていく。

閉じた目も、高揚した感情も、全てを呑み込むほどの急接近。

苦し紛れにこぼれた吐息すら惜しく、舌をねじりこませたのも自分から。

酒の臭いはとっくに彼女の甘い吐息にかき消され、いつの間にかラグの上に押し倒した彼女の首筋に唇を這わせる。

鼻から抜ける聞いたことのない甘い声。

ようやく理性をかき集めゆっくりと顔を上げれば、濡れた瞳で自分を見上げ、ラグの上に髪を淫らにまき散らした彼女の艶美な姿に生唾を呑み込む。

サルのようにがっつく年齢じゃない。

けれど目の前に差し出されたごちそうは、涎が出るほど欲しい。

自分に覆いかぶさったまま動きを止めた俺に対し、彼女はゆっくりと両手を広げて。


「お願い……片山さん……」


――抱いて。


そう乞われて耐えられるほど、理性は残っていなかった。

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