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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
日常は唐突に
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来てほしくない日ほど早くやってくる。

人間の感覚とは不思議なものだと自嘲したくなる。

静まりかえった店内で、店長と桐島、そして俺が彼女の到着を待っていた。

いつもは全開になっている窓際のロールカーテンはすべておろされ、店内は自分達が居る場所以外消灯済み。


入口に鍵はかかっていないものの、本日定休日の看板がぶら下がっているため、人の気配はない。

指定した時間が迫りくる中で、俺はやりきれない気持ちを必死におしこめ、罪を認めさせようと意気揚々としていた店長はイライラし始めていたところに、思わぬ訪問客がやってきた。


「お邪魔するよ」

「……え?」


そう声をあげたのはたぶん俺。


「あ、えっ……も、茂住さんっ?」


動揺しながら訪問客の名を呼んだのは店長。

外観から閉まっている事がはっきりとわかる店内へとやってきたのは、エリアマネージャーの茂住さんだ。

今日が定休日だというのは茂住さんにも知らせてあったが、彼女に事実確認をするということは伝わっていないと思っていた。

思わず桐島と顔を見合わせ、それから店長を見るも、彼の動揺っぷりから茂住さんが来るのは想定外だったらしい。

茂住さん以外にも、部下らしきスーツ姿の男性が二人後ろに控えている状況も初めての事で、皆が皆で動揺しているところで、店長が俺達に余計な事を言わせないためかずいっと前にでて茂住さんに尋ねた。


「あの、今日はどういったご用件で?」


明らかに今回の事実を隠していただろう店長が尋ねると、茂住さんはフッと笑ったかと思えば、店長の問いには答えず、自分達の方向に視線を向けて尋ねてきた。


「すみませんが、ちょっと店長をお借りしていいですか?」

「え、あ……」


回答に困っていると、桐島さんが代わりに「どうぞ」と言う。

店長もわけがわからないといった表情を浮かべているものの、俺も右にならえで「どうぞ」と告げる。

すると店長も、彼女がまだ来ていない事もあってか、素直に従うらしく部下を含めた四人で事務所へと消えていく。


「え? 何? なんか聞いてた?」


四人の姿が視界から消えた瞬間、声を潜めて尋ねてきた桐島に、俺はあまりの唐突な出来事に首を横に振る事で答える事しかできない。

このタイミングで一体何なのだと二人で顔を合わせて首をひねっているところに、ようやく本題の彼女がのこのことやってきたのだが。


「こんにちはぁ……あ?」


俺と桐島の様子がおかしかったのを察したのか、間の伸びた挨拶から疑問へと変わる彼女の口調に、桐島が先ほどエリアマネージャーが突然来たので少し待ってほしいと告げ、自分達も現状が理解できていないことを説明すると、彼女は納得したようにうなづいて。

次の瞬間、事務所から酷い怒声が響き渡ったものだから、全員がビクリと体を揺らしたのは仕方がない事だ。

ギョッとしたまま音のした事務所を目視、顔を見合わせ、それからまた事務所を見る――と忙しく視線を動かすが、聞こえてくる怒声はヒートアップし、現状に置いてけぼりの三人はビビるしかない。


「え? 何? 怒鳴ってるのって店長じゃなくて茂住さん?」


怒鳴っている内容までは理解できないものの、怒鳴り声は店長のものではなく温厚で有名な茂住さんの声で間違いなさそうだ。

いつしか怒鳴り声の間にすすり泣くような声まで聞こえてくる。

あまりの置いてけぼりな状況に桐島と二人で顔を見合わせ、仕切りなおすか思案し始めたところに新たなお客がやってきた。


「お。怒鳴ってる怒鳴ってる」


やってきたのは、やけに容姿が整った三十代後半くらいの男性だった。

イケメンと言うには年齢が高めではあるが、落ち着いた雰囲気でスーツ姿がやけに洗礼されている。

見るからに高価な腕時計を付け、整えられた髪を後ろに流し、きつめの目つきで見つめていたのは彼女の事で。


「……なんでいるの?」


不機嫌そうな彼女の声に、思わずのけぞった。

自分を嫌う相手に対してもヘラヘラとしている彼女とは思えないほど、ぶっきらぼうで不機嫌丸出しの声色に、桐島も驚いている様子だ。

どうやら知り合いらしい突然現れた男性は、そんな不機嫌そうな彼女の頭をポンポンと叩きながらカラカラと笑った。


「おーおー、不機嫌そうにしちゃってまぁ。ウチんとこのお嬢様がまたオイタ(・・・)してるっていうから、尻拭いに来たんだよ」

「あっクンには関係ないのに……」

「いやいや、一番の関係者だろ」


そう言って不機嫌そうな彼女の頭から手を離すことなく撫でまわしながら、現状を把握しきれいない俺と桐島に向かい合った男性は。


「悪いね君達。巻き込んじゃったらしくて」

「あっクン!」


何に巻き込まれたかまでは分からなかったが、そう言った彼の手を自分の頭から払い退けながら抗議するように叫ぶ。

それから彼の体を事務所の方に反転させると、彼女はぐいぐいと男性の背中を押して追いやった。


「茂住――さん、のとこに来たならさっさと行ってよ!」

「おま、機嫌悪すぎね?」

「いいからっ!」


そう叫んで追いやろうとする彼女を止めるべきか否かと悩んでいると、いつの間にか怒鳴り声が落ち着いたらしい事務所から、茂住さんの部下らしき人がやってきて男性に頭を下げた。

それから二、三言ほど言葉を交わすと、出てきた部下の代わりに男性が事務所へ入っていく。


「知り合い?」


男性が彼女のなんなのかと桐島が確認したところ、彼女は視線を事務所に向けたまま不服そうにして。


「……身内」


それ以上は聞いてくれるなという雰囲気の中、何となく会話も途切れ、とりあえず落ち着こうと三人で席に座り、事情が説明されるのを待つしかない。

それからやく三十分ほどしてようやく事態が収拾したのか、部下らしき人達に囲まれて店長が出てきたのだが。

自分達に見向きもせず、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにし、憔悴した様子で店を出ていく店長を唖然と見送るしかない。そこから茂住さんが次に事務所に呼んだのは桐島で。

けれど、どうやら彼に話があるのは先ほど彼女の身内らしき男性の方らしく、茂住さんは自分のもとにやってきて、あの怒鳴り声が嘘のようにニコニコとした菩薩のような笑みを浮かべて。


「いやいや、お待たせ。何も説明なくごめんね片山くん」

「い、いえ。大丈夫です。あの……?」


そう言いながら、どうしたらいいかと思案しながら隣に並ぶ彼女を見下ろすと、先ほどの不機嫌がまだ直っていないのか、無表情のまま茂住さんを見つめている。

茂住さんはそんな彼女を見てにっこりとほほ笑むと、静かに彼女に告げた。


「今日はお帰りくださって結構ですよ」


何一つ彼女に話をしていないにもかかわらず、無断で帰されそうになった事に慌てたものの、茂住さんは「片山くんには、ちゃんと説明させてもらいますので……」と、無理に納得するような口調で言われ、しぶしぶと彼女に向き直ると


「ごめん、よくわからないけれど、今日はそういう事みたい……」

「……わかった」

「ホントごめんね」

「ううん。片山さんのせいではないから……」


そう言って彼女はあろうことか茂住さんを睨むと、そのまま店内を後にしたのだが。


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