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現代ものオフィスラブ系恋愛小説求む!ということで見切り発車の自給自足!
ご都合主義展開満載ですので、ねぇよ!って思う事が多々出てきます。
西條縁という女は、誰から見ても不思議な女だ。
空気が読めず場違いな発言を繰り出し、人を不愉快にさせるのも上手ければ、ホンワカとした雰囲気で人を和ませるのも得意である。
相反する状況を繰り出すことができるため、彼女に対する周囲の評価は綺麗に二分する。
あんな空気も読めない、人を平気で傷つけるような女は嫌いだと声を大にして言う者と、一緒にいるとなんだか不思議と気持ちが優しくなれるから好きだと恥ずかしげもなく告げる者である。
かく言う俺は前者の人間であり、彼女の空気の読めなさに対する一番の被害者だといっていい。
有名なフランチャイズチェーンのファミリーレストランで準社員として働いている俺――片山葉にとって、西條縁は働くレストランの後輩であり部下でもある。まぁ、準社員の俺とただのバイトである彼女にはそこそこ大きな溝があるはずなのだが、彼女はそれをモノともしない。
三十歳の俺と二十八歳の彼女は一番年が近い。他のバイトは明らかに大学生や高校生ばかりで、パートに至っては、そこそこ子育てが落ち着いたであろうご婦人方が多い。バイトとしては彼女がとびぬけて年齢が高いものの、かといってバイトを始めたのは二か月ほど前のため、働いている中では一番後輩である。
が、彼女は如何せん、空気が読めないのは言わずもがなだ。
準社員でバイトとパートを束ねるリーダーを任されている自分に、初対面からタメ口で接してきた時は驚いた。
少なくとも彼女の年齢であれば社会経験が多少あってもいいはずなのだが、今まで注意された事がほとんどないという。周りの人たちは何をやっていたんだと思うと同時に、甘やかされてきたのかと憤る。
初対面から彼女を叱ったのも仕方がないにしても、一応反省してみせ、敬語を出来るだけ使うよう心掛けているようではあるが、気を抜くと時々敬語が取れて対等な扱いをされるのが気にくわない。
多感な学生達が同じ態度を取られてイラつく者もいれば、自分よりはるかに年上の後輩にどういう態度で接したらよいのかと考えるのも仕方がない。
結局その隙のないコミュニケーション方法が功をそうした場合もあれば、大失敗した場合もあり、それが彼女の評価を両極端に分けてしまうきっかけになった。
そして何より彼女を嫌う理由の最たるが、店長との対立にある。
フランチャイズチェーン店とはいえ、俺が働いている店は本店直営である。店長は本社社員で、表向きはこの店に出向しているという事になっているが、噂によれば左遷されてこの店にやってきた、という経緯があるらしい。
前店長が居た時は和気藹々とした、穏やかで協調性のある店だったのだが、前店長が結婚を機に田舎へ引っ越すことになり、その代わりで今の店長に就任してからは店の雰囲気がガラリと変わってしまった。
左遷の理由は不明だが、店長の態度はその理由をしっかりと物語ってくれているほど最悪だ。
昨日指示していた事が今日になって様変わりしていることなど序の口で、店長の気分によって毎日対応が変わる。自分より上の立場になるエリアマネージャーが様子を見に来たときは、大猫を被って媚びへつらうものの、自分達が少しでも店長の態度に苦言を零せば、エリアマネージャーが帰った後で烈火のごとく怒り狂う。店の備品を投げつけて脅すなんてことも徐々に増えてきた。
そのたびに買い直さなければいけないのに、自分が壊したものの経費を出し渋る。
忙しい時間帯にふらりとやってきては、客に出す料理に手を付け、作り直さなければいけない羽目になるなんて事も一度や二度ではない。
せめて食事したいのであれば、まかない飯は福利厚生の範疇だ。客の料理とは別に頼めば、ちゃんとまかないが出てくるのに、なぜかその手順を面倒臭がる。
そしてなにより自分が一番正しく、一番偉いという態度をあからさまに押し出してくる。
気に食わない相手には唾を飛ばして怒鳴る。とにかく怒鳴る。フロアに客が居ようが、居まいが怒鳴りまくる。それを聞いた客からクレームが来た事もあったのだが、頭を下げるのはバイトや自分達であって、怒鳴る店長ではない。
店長を出せと言われたら、なぜか俺が店長の名札を付け替えさせられ、表に出させられる。
客に頭を下げ続け、土下座をしたことだってあるくらいだ。
とにかく客にとって、俺が部下を怒鳴りちらす店長という認識が少しならずかあり、徐々に売り上げにも影響し始めている。
客足が遠のけば、お前たちがここで金を払って飯を食えと、さも当然のように店長が命令する。
まかないがあるのに、なぜ金を払って自分達が補てんしなければいけないのか、当たり前のように抗議するが、抗議を上回る頭ごなしの怒鳴り声で、気の弱いバイト何人かは言いなりになってしまう事さえあった。
店は殺伐と、ピリピリとした空気をただよわせるようになってしまった。
前店長時代から居る俺は当初こそ、現店長のやり方に抗議し、バイトに対して頭ごなしに怒鳴るのをやめるよう苦言したが、店長はそれを鼻で笑って一蹴する。
「準社員なんてな。いつだってクビを切れるって、わかってないのかよお前」
その言葉に何も言えなくなったのは、自分の立場の弱さを理解していたからだ。
就職難の末にやっとかじりついた営業職は、不景気の波に煽られた会社倒産と言う言葉によっていとも簡単に取り上げられた。
なんの資格も持たない自分が次に就職するまでのつなぎとして飛び込んだバイト先。前店長に気に入られて、本社に掛け合ってもらってようやくつかんだ準社員という立場。
この職は天職だと思っていたし、苦労もあるが自分を慕うバイトは可愛い。長い間、この店に尽力を注いできたと言っても過言ではないのだが、そのたった一言で自分の立場がこれほどまでに脆いものだと再確認させられた。
傲慢な店長に頭を垂れて、謝罪しなければならない悔しさで、掌に爪の痕が残る。口を噤み、バイト達にも同じ忍耐を強いる事を謝罪し、けれどバイト達に投げかけられた視線は酷く冷たく落胆したもので。
いつの間にか自分は保身に走りだした。
お前たちにとっては小遣い稼ぎかもしれないが、俺にとっては生活がかかっている。
そんな言い訳を頭の中で繰り返し、店長の横暴な態度を見て見ぬふりをするようになってしまった。
店長の態度に怯え、しびれを切らせて辞めていくバイトやパートが何人もいた。
ひたすらすりたくもないごまをすり、店長のご機嫌を伺い、バイトの機嫌を伺い、自分もいつしか怒鳴るようになっていた事にも気づかない。怒鳴り声が怒鳴り声を呼び、殺伐とした空気がますます凍てつく中、あれだけ楽しいと思っていた仕事が辛いと思えるまで時間がかからなかった。
準社員と言っても所詮は時給だ。仕事をしなければお金はもらえない。しかし、行きたくないという気持ちも徐々に膨らんでくる。
昔の自分が観たら、きっと泣くだろうと思う現状も、今の自分にとっては当たり前になって麻痺している。
そんな時だ、彼女がバイトに入ってきたのは。
「西條縁でーす。よろしくー」
年齢が近いとは思えない、なんて間の伸びた話し方をする人だと、眉を潜めたのも無理はない。
店長のおかげで年中無休で人手不足だったため、入ってきてくれたのは感謝できるが、もう少し人は選べなかったのかと思う。
店長が勝手に面接して勝手に採用したらしい彼女は、そこそこ見た目がいい。
うっとりとした眠たそうなタレ目に、女性としては引き締まった体。胸はさほど大きくもなければ小さくもない、体格に適したサイズだと思う。
身長は平均的はあるが、周囲の女性よりすこしだけとびぬけて見える。
黒いストレートの髪は少し痛んでいるようで、面倒なのか適当に後ろで一つに束ねているだけだ。化粧っ気も微妙ですっぴんに近いらしく、女子高生のバイトが尋ねたところ「ファンデと眉毛、時々リップ」という答えが返ってきたそうだ。
二十八歳でそれもどうだろうと思うのだが、不潔ではないため不問とする。
仕事はといえば、物覚えが良いが、しゃべり方同様、かなりのんびりとしている。
慌ただしい昼食時や土日なんかでも、間延びしたしゃべり方をするものだから、周囲がイライラしてしまう。
そんな彼女を見ていれば、店長が顔で選んで入れたのだろうとパートのご婦人方に揶揄されていたのだが。
店長のお気に入り枠で入ってきたと考えていた彼女は、なぜか店長と対立することを選んだらしい。
とある時、とあるバイトがミスをした。ミスと言うより、調味料を補充し忘れていたという比較的優先度の低い仕事に対し、店長が怒鳴り散らしたのだ。たったそれだけの事で怒鳴り散らされたバイトはたまったものではない。
しかし、ミスをしたと決めつけられ、店長という上の立場の人間に怒鳴られれば、誰だって萎縮する。
言い返さない事をいいことに、セクハラまがいの発言まで織り交ぜて怒鳴り散らす店長に対し、バイトが涙目になり始めた時だった。
「やだテンチョー。唾飛んでるー。汚ぁい。ってかこわっ」
語尾に(笑)が付きそうな馬鹿にした話し方に、周囲も言われた本人である店長も一瞬ポカンと呆けた顔をしてしまったのも無理はない。
「て言うかぁ。彼女も後でやるつもりだったって言ってるし、そこまで責めなくてもよくない?」
「なっ……! なにをっ?!」
「叫んでる暇あるならテンチョーやればいいじゃん」
ね? と周囲に同意を求めるような彼女の視線に、誰もが動揺して視線をそらすも、店長はようやく我に返り彼女を怒鳴りつけた。
「なんで俺がそんなことやらなきゃいけないんだ! 大体お前はバイトだろう!」
「バイトだよ? え? 何、テンチョーって私の雇用形態も忘れちゃったの?」
「なにっ! おまっ、クビにッ!」
「え。理不尽すぎる。クビ? 私そんなことでクビ? テンチョー心せまっ」
「お、おまえっ――!」
「あ、でもテンチョー、調味料補充やっぱしなくていいや。唾入りそうだし。私もやってくるー。いこ!」
そう言ってフシューフシューを息荒く顔を赤く染め上げる店長を後目に、彼女は怒鳴られていたバイトを連れてその場を去っていく。残された他のメンバは視線を漂わせ、未だに怒りをどこにぶつけるべきかと苛立つ店長の餌食になるまいと、足早にその場を去ったのだが。
「片山!!」
「っはい!」
「お前! あのバイト一人躾けられないのか!!」
「す、すみませっ! ちゃんと言ってきかせますんでっ!」
「大体お前はっ――!」
逃げ遅れて掴まってしまった俺は、ここから一時間ほど店長の苛立ちを抑えるために、帰宅時間が大幅に遅れる事となる。
――たぶん、これがきっかけだったのだ。
この出来事がきっかけで、怒鳴る店長を彼女がのんびりとしながらも馬鹿にしたような態度で接し、さらに店長の怒りが暴発したところで矛先が俺に向く、という流れが当たり前のようにできてしまった。いくらシフトをはずそうとも、被る時は必ずあるし、彼女を言い負かそうと店長が嫌味を言うのだが結局のところ、言いくるめられて返り討ちにあっている。
そんなことを繰り返しているのだから、俺が彼女を嫌わないわけがないということを、少し理解してほしい。
当然、俺も彼女に対して店長に対する口のきき方を指導したことがあるのだが、なぜだめなのかと理詰めで説明を求められた事がある。
答えられなかった俺も俺だが、あれほど気を使っている相手にこうもたやすく喧嘩を売られるのは本当に困っているのだ。
あれだけ店長を怒らせておいて、店にいられるのだから神経が図太い。
俺のように気を遣う立場の人間は、そういう意味で彼女を嫌っているし、彼女を好きな人間は彼女に庇われた立場の人間だ。そのエピソード以外にも彼女の空気を読まないネタは腐るほどあるものの、語り始めると愚痴と暴言が止まらなくなりそうなので割愛させてもらう。
――さて、ここでどうして彼女を嫌っている俺が彼女のエピソードを語っているのか、ようやく本題に入るわけなのだが。
2021/3/29 西條縁の話し方を一部変更しました