まずしいふるさと、すべてのはじまり??
ビュオオオオ!
ガンッガンッ!!
一番昔の記憶は、ビュービュー家の中に
吹き付ける風。ボロボロ窓を板で塞ぎ
釘をガシガシ打ち付ける、父の後ろ姿。
……そう、ウチは貧しかった。
……てか、ムラが貧しかった。
何十年も 停戦の王国と連邦に挟まれた、緩衝地。
山谷の険しい地形、どちらにも忘れ去られた土地。
当然 畑を耕す平地はなく、
生計は狩りと採取で立てる。
といっても、
「「「フぁ~~」」」
魔術も使えずいつもお腹を空かせた村人たちが
普通の魔物を安定して狩れるはずはなく。
時々罠にかかる砂モグラが主食だった。
いくら煮ても砂が抜け切ることはなく、
食べると必ずジャリジャリしたから、
おいしいと感じたことはなかった。
……あとはどこでも育つバカカブ。
バカでも育てられるから、って
昔の賢者が広めたものらしい。
ギャンギャン冬は
とっても痛い――。
頼みの砂モグラは冬眠に入ってしまい、
寒さと飢えで、必ず村で何人か死んだ。
フルルッ!
「ごめんな、
ごめんなっ?」
父はもう動かなくなった幼い兄をギュと抱き
かかえて、オウオウ謝り続けた。
母はシヨと涙を浮かべ、脇で
一心に内職を続けていた。
麻の織物と、手編みの
カゴ、そして呪材。
これが村の
特産品だ。
もうすぐ流れの旅商人が来るので、
それまでに必ず仕上げて
おかないといけないのだ。
……でないと、わたしたちが
冬を越えることは出来ない。
ギリギリのところなのだ。
凍って地面が固まっていて 土葬できないので、
谷に投げ捨てて 蠢くモノたちへの魔葬か、
峰に置いて 禿鷹への鳥葬かを選べる。
★★★★★★★★
やったね!!
★★★★★★★★
……あれ? 目から汗が流れてきたよ?
寒いハズなのに おかしいね~~??
「マチルダ、すまないけど……」
「マチルダ、ごめんな……?」
父も母も、何日も徹夜している。
なかなか必要な数に届かないでいる。
だから、動ける人が動くのは当然だった。
―――弟は簡単に背負えるほど軽かった。
3人兄と姉が居たはずなのに、いつの間にか
私が一番のお姉さんになってしまった。
だから、しっかりしないといけない。
手が必要なので、
妹を一人連れてく。
確か数えで5つに なったはずだ。
わたしが9才の時に、生まれた。
……この子は、おとなしい。
【 闇の谷で蠢くモノ 】だと、
ジメジメうごうご暗くて、決して
死んだ後も幸せになれなそうな感じが
してたので、
―――寒空の下でのアッサリ
じるじる鳥葬を選ぶ!
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ホギャッギャッ!
「とりさん……」
「いっぱいだねーぇ」
村の外れの丘の、ドド大きな石の上に
置いたら、ぐ禿鷹は集まってきた。
皮膚をツツき、内蔵を貪る。
―――この鳥達 お腹が空いてたのだろうか。
―――妹は初めて見たから、泣きじゃくる。
……隠しても仕方ない。結局
私たちは こうして死ぬんだから。
ぽんぽん。
「ひぃん゛…!!」
それが早いか遅いか、
こうして見送ってくれる人が
居るかどうかだけの違いなんだから。
鳥葬は きらいだ。
だいきらいだ。
鳥になって、私達 人間が逃れられない
あの山の向こうに、自由に行けると
……信じさせてしまうから。
ふっ。
「はは…っ」
だから、だいすきだ。
(乾いた笑いが、思わず出てしまう)
―――そのあと 悲しくなって、後ろから妹を
ヒシ抱きしめ、いっしょにワンワン泣いた。
ゾゾ。
「じゅるっ」
泣きながら激しい空腹を覚え、この抱いた
この子のお肉は おいしいのだろうか?? と、
ボーボー焼いた時と グツグツ煮た味を想像して、
グサグサ罪悪感と ゾックシ背徳感に、
ガタガタ震え慄く。
ふいっ!
「……おねえちゃん??」
そろろ振り返る、しゃあしゃ
無邪気な妹の視線。
ツツッ。
「んっ??」
ツト罪の意識を感じたのを、
クト押し殺して 聞こうとする。
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きょとん!
「わたしも あんなふうに
たべられちゃう のかなー?」
ひとしきり泣き止んで、
妹は ふたた、未来を予感する。
「……そうかも しれないし、
そうじゃない かも、しれない」
わかんない。わかりたく、ない。
―――私の年までも生きれる
かも分かんない妹は、
「わたし、鳥さんに食べられるよりかは
おねーちゃんに食べられたいなっ??」
ビシシ走った衝撃。
そう言って、痩せた頬でかわいく笑う。
ズバリ妄想を言い当てられ、心底驚く。
「……なんで?」
何でもない風を装って、
聞き返すのがやっとだった。
「だって、おねーちゃんに たべら
れたら、おねーちゃんと ひとつに なれて、
いっしょに いきていける じゃない……??」
「そーしたら、生きていけなかった
分も生きていけるから、すてき☆」
……そんなことを言っている。
―――子供らしい無邪気さ。
でも、決してわたしが食べることを
約束させてくるワケじゃなかった。
……無理強いしたら私が悲しむ。
そんなことさえ気遣って
くれる、優しい子。
「わたしがあなたより生き残る
かは、分かんないんだよ…?」
―――次に誰が死ぬかなんて、
神さまだけが知っている。
「ううん、絶対に お姉ちゃん
は、生きてこの村を出る!」
なんでか、妹はキツと断言してきた。
遠くの山達を ようようと眺め。
なんでか、この約束だけは絶対に
守らないとイケナイ予感を覚えた。
「いつか あの山の向こうに
一緒に行こーね??」
「―――いいよ??」
しっかり指切り約束した。
「うそついたらー、
スモ千個のーます!」
(※スモ⇒スナ モグラ)
「はい! しつもんです!」
「なんだい? 姉生徒よ!」
「砂モグラ千個の間に、
間食は許されますか!?」
「罰ゲームだからね、苦しみは多いほうが いいのだよ?
当然、砂モグラの間食は砂モグラに決まっておろー!」
昔は、砂モグラしか食べられない罰というのが、本当に あった
らしい。毎年来る旅の商人さんが話を聞かせてくれた!
(なんでも豊かだった時代は、お金さえあれば新鮮な野菜
とかお肉を好きなだけムシャムシャ食べれたとか)
「……それって、今の生活
と変わんないじゃん!」
「あはは! ばれたかー!!」
いもうと、にこにこ
嬉しそうに笑ってた。
……あ、訂正。意外と
賢しい子だっ!!
「にへへっ??☆」
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ドサッ。
翌年の冬は、妹が死んでしまった。
おもうと、予感してたんだろう。
もう涙は枯れて、心も枯れて
気持ちも よく動かない。
変えたくない、変わらなくていい。
そんな私たちの願いは、
けっして届かなかった。
「マチルダ、すまないけど……」
「―――ごめんな??」
父も母も、何日も徹夜している。
なかなか必要な数に届かないでいる。
だから、動ける人が動くのは当然だった。
フワッ!
妹は簡単に背負えるほど軽かった。
手が必要なので……、ケドもう誰も
連れていける人手は居なかった。
5人、兄と姉と妹が居たはずなのに、いつの
間にか、私が一人っ子になってしまった。
―――また、生き残ってしまった。
……もう、し っかり し
な くて もい い 。
峰に やっと辿り着く。
―――もちろん鳥葬
するつもりだ。
シシ!
「…ウソ」
岩場にペタ置きして、食べれる分だけ妹ザク切り。
ジュージュー焼いて炙って、
ジリジリぱくぱく食べた。
めっちゃおいしかった。
久しぶりのお肉は、体の隅まで行き通る。
いもうとは、体の隅まで行き通る。
はしゃいでいる いもうと。
……泣きながら、ずっと
ずっと食べ続けた。
ちゅ。
「……えいえんに、
いっしょだよ?」
血まみれた唇で愛情を込め、妹の閉じた
まぶたにチク 口付ける。……ドク
まぶたがドクドク赤まみれ。
―――なにを してもいい―――
妹のカラダに
劣情を感じる。
――子を産めなくなった
子宮が、ボウと火照る。
妹と口付けは、シャララ
鉄の血の味しかしなかった。
バササ!
「ギャアワア!!」
ハゲタカ達がギーギー上空を飛び回っている。
ロマンチックな雰囲気は……サッパリ無い。
―――しっぱい……っ!
ぜったい妹いたら、隣で
笑い転げてるしっ……!
……ちょっと恥ずかしかった。
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食べ切れない残りは、鳥さんにあげた。
半日、鳥さんが妹を食べ続けるのを、見つめ続けた。
何年も前に拾って ずっと大事にしている石を握りしめ続けた。
……流れの旅商人が、今年も
峰を伝ってやってくる。
―――代わりのない毎年。
―――失われていく毎年。
そうして働ける人が減って、どしどしジリ貧になって
いく村、私の家。……もう守るべきものはない。
妹が、背中を押してくれている気がした。
―――そばに居てくれてるよーな??
妹が ズタズタ原型を留めなくなった
辺りで、なんか腹が決まった。
たたた!
「……いーよ、いもうと」
あなたの約束に乗ってあげる♪
あんたの願い、叶えてあげる。
―――いつか あの山の向こうに
一緒に行こーね??―――
私は家を出て、村を出た。
私は流れの人間となった。
―――こうして私の旅は、
ヒッソリ静かに始まった。