サヤの思惑
サヤがその場で一人待っていると氷河が縛られた人間を百人程連れてきた。
「こいつらを全員異能で殺せ」
サヤは記憶操作を使って殺そうとし、急に立ち止まった。
「サヤ、何をしている」
自分の掌を見つめて硬直するサヤ。その手の中には白と黒の珠があった。
「……」
試しにその黒い珠を持ってみる。
「……黒炎の魂」
無意識にサヤがそう唱えると珠から巨大な黒炎を纏った竜が標的目がけて暴れた。断末魔の叫びが上がる暇も無く全て塵と化し、竜は珠に戻っていった。
「サヤ、今のはなんだ」
「……」
サヤは氷河に見えるように白と黒の珠を持っていった。
「いつからだ」
「今」
はいやいいえで答えられない質問だと認識したサヤは声を出した。
「神の血を飲んで異能が形成したのか」
頭のいいサヤにも前例が無いので区別が難しかった。
「その神憑きを調べるか。サヤ、お前は研究に戻れ」
氷河は一室にサヤを残したまま消えてしまった。サヤの思惑も知らずに。
その後もサヤは人殺しを犯す手を緩めずに寧ろ炎の影響でヒートアップさせていた。だが以前と違っていることも。
「何をしているのじゃサヤ。早う不良品を片づけてしまえ」
梅香に言われてサヤはやっと炎で人を殺す。まるで殺人を悪いことだと理解しているような。
「どうしたのじゃサヤ。具合でも悪いのか」
「……」
サヤは肯定も否定もせずにまた研究に没頭してしまった。
「よう梅香。サヤは?」
「雷。お主は近頃のサヤをどう思う?」
「おかしいの一言だな。殺人を躊躇うようになったり研究に没頭するようになったりこの前なんか独り言を言ってたな。あのサヤがだぞ」
「ふむ。サヤには悪いがやはり何かの予兆がして堪らん。おかげで妾の気が散ってしまう。おや、これは妾の自業自得かね? ふふ」
「どっちでもいいさ。あいつの場合研究には何の差し支えもしていないから口出しする理由がなくて困る」
「そうじゃのう。天才には天才の考えがあるのじゃろう。そっとしておこう」
二人がサヤの頭脳に完膚なきまでに打ちのめされるのはまだ先の話である。
そして月日は流れ、サヤが十三の時。初めて飛行船から降りることを許されたサヤは任務を遂行する為だけに道を歩いていた。
その道中、同い年くらいの女性とぶつかったがその時のことだけが全く記憶に残っていない。どれ程か会話したような気がしたのに。仕事を終え、船へ戻ろうとしたサヤは不意にある建物の前で止まった。
「……」
サヤはそのまま振り返らずに進んだ。その顔に狂ったような笑みと爛々としている瞳を称えて。
帰ってきたサヤは自分の研究室に籠り、仕事もせずにその日中ブツブツと何かを唱えながら研究をし続けた。翌日、梅香が船の出発をサヤに伝えようとすると部屋は真っ暗でコンピューターもついておらず、サヤの姿もなかった。あったのは一枚の用紙だけ。
『さようなら』と書かれた用紙だけだった。
里奈は魔道具で拘束されたまま爆音がした方に目を向けた。
(今のは? 研究のことも考えるとここが引き起こしたわけではないでしょうし)
冷静に分析していると魔道具が溶けて床に落ちた。
「溶ける? 魔道具はつけた本人がいない限り外れないのに」
普通の異能者であれば不可能。地獄にいるような灼熱。そして今の叫び。
「暴走、したの?」
何故だ。山梨の件以来操ることは可能だったはずなのに。
「破壊神を食い止めることは不可能だと言うの?」
里奈は外を見ようとした。
「い、行かせない」
どもりながら着物姿の少女が里奈の目の前にはだかる。
「旻。私はあなたと戦いたくないの。あなただってそうでしょ」
「ち、違う。私は梅香、様と」
研究で忙しい梅香の代わりに旻が里奈を神殺しにする役を請け負ったのだ。しかし、恩人である一人の里奈に刃を向けられず足止めくらいしかしていない。
「お願い。私は探偵社の人達を救いたいの」
「む、無理。み、みんなの魔力を吸ってるの。誰も生きて帰れない」
「ひよも?」
「っ!」
経った三日しか共に過ごしていなくても、ひよと旻は同い年ということもあり友達になるのも早かった。
「ひ、卑怯」
「そう。旻はまだ私達のことを仲間だと思ってるのね」
「っち、ちが」
「ならその注射器を貸して。皆が死んでしまうなら私も私を捨てるわ」
「そ、それは」
旻は出口を塞ぎながらも里奈から逃げるように後ずさる。
「旻」
「いや」
「旻!」
里奈に責められても旻はその手を前に出そうとはせず、震えながら首を振る。
「何がしたいの旻。あなた達は私を神殺しにしたいんでしょ。それなのにどうして渡してくれないの。家族を失って生き続ける辛さはあなたにだってわかるでしょう?」
旻の姉が殺されたことを里奈は知らない。それなのにまるで異能者はそういう運命なんだと言っているような目を向けられる。
「旻。甘えも情けも通用しないわ。選びなさい」
旻は思い悩んだ。生かそうが殺そうがこの飛行船からは逃げられない。だがいくら里奈が強いからと言って神の血に耐えられるかどうかは旻にもわからない。里奈が暴走して旻を殺しに来たら――梅香が姉を殺したように旻も里奈を殺さなければならない。
(やだよ。里奈さんが、お姉ちゃんみたいになるなんて。でも)
このまま放置をしていれば彼女を自分と同じ目に遭わせることになる。
「無理。無理だよお姉ちゃん」
独り言のように旻は呟く。いつも守ってくれた姉の変貌は旻をトラウマにいざなった。そんな旻を見て、里奈は紫を思い出す。
(この子をこのままにしておけばまたゆかのような存在が生まれる。愛に飢えた少女が悲劇を生む)
「旻」
ビクリと旻は体を震わせる。
「あなたをゆかみたいにはさせない。闇に深入りさせないから」
旻が言葉の意味を理解している間に里奈は異能を使って時を止めた。弱いものもあるがまだ全員の気を感じている。
(誰も死なせはしない。私の家族は私が守る)
 




