雛のままで
雷は目当ての隔離部屋へたどり着いた。
「やあ雛子。それともひなみの方がいい?」
「どっちも嫌。あんたみたいな奴に名前なんか呼ばれたくない」
雛子は魔力を散々抜かれているにも関わらず、相変わらずの能面顔で胡座をかいている。
「マフィアの時から思ってたんだけどさ。どうして君は脇役なんてしてるの。小さな探偵社や実家の寺の雛として飼われるより君が主役となってこの世界を陣取ればいいのに」
「大袈裟」
「大袈裟じゃない。今だって魔道具を内側から壊せるくらい力を持ってるんだろ?」
「そう思っててさっきからどうして野放しにするの」
「君が雛のまま成長する気がないってことを知ってるから」
雛子は異常な程異能者として恵まれていた。幼少期には大人一人分の魔力を蓄えており、毎日堂の掃除や滝修行、普通の人なら拷問とさえ思えてしまうようなことを雛子は六歳という若すぎる年でやってのけた。
「雛のまま成長しない? 私はそれでも構わないよ」
「どうして」
「どうしてって言われてもね。私の異能は攻撃を得意としないから戦争で一対何百になっても勝てっこないし何より面倒。それに探偵社は楽しいわよ。人助けだってちゃんと……ああ、あなたはそういうの嫌いなんだっけ。ごめんごめん」
雛子は笑う。彼女が笑う時にはひなみとして演じている時、紫がいる時――情緒不安定な紫は相手の表情を見て話そうと努力している為雛子が無表情でいるとどんどん不安な顔になっていくからだ――そしてもう一つ。
人を完璧に馬鹿にしている時だ。
「何がおかしい」
「いいや。ただあんた達がおかしいなって思って」
雛子は首輪が擦れて痒いのか手をそちらへ持っていく。
「神が憎いのに神と同等の力を得て自分が神になろうとしてるんでしょ? 矛盾してない?」
「っ!」
思いがけない告白に雷はしばし絶句する。
「違う! 俺をあんな奴らと」
「じゃあ神の異能者が絶滅したら? 同じ力を持ってるあんたがいたらそういう奴に神は乗り移ってくんじゃない? まあ紫を殺させはしないし魔姫が簡単に死ぬとは思えないけど」
「ゆかり?」
「あんたがおびき寄せてる破壊神様よ。何か勘違いしているようだけど紫は強いわ。あんたが勝てないくらい」
雷が座ったままの雛子の腹を蹴る。そのまま首輪をはずして両手で首を絞めつける。
「っあ、あらどうしたの? 私、達はまだ、殺さないんじゃなかったっけ……うぐ!」
雛子は笑みを作って挑発するが雷にはもう聞こえていない。
「殺す。お前も破壊神も全員殺してやる」
雷の手の中にバチバチと鳴る雷の刃が現れた。それを雛子目掛けて振り下ろす。
(紫!!)
雛子がぎゅ! と目を閉じたと同時に下から爆撃音が響いた。
「っ!?」
「なんだ今の!?」
鼓膜を破るような重く低い大音。それに加えてとてつもなく暑い。
「魔道具が、溶けてる?」
頑丈だった分厚い首輪が今ではドロドロの液体と化していた。
呆然としている雷の隙をついて雛子は影となり仲間の気配がある方へ向かった。
(日和には真由美がついてる。後は)
「正一」
「ひな!? あ、影か」
突然の雛子の登場にまさは少々驚いた。
「こころは」
「魔力がごっそり抜かれてる。首輪が外れたおかげでギリギリ」
「外見張ってて。こころ、今魔力あげるから」
呻いているあさの額に雛子は手を当て魔力を貸した。あくまで貸すだけの為、鎖が浮かび上がることは無い。
「ひな。他の皆は」
「見てないけど日和には真由美がついてるから魔力を供給してると思う。真一も俊も少なくないし」
「社長は?」
「……わかんない」
雛子は里奈だけ近くにいないことを察知していた。生死の状態もわからない。
「こころ。これくらいで動ける?」
「けほっ。え、ええ。ありがとうひな」
あさは万全とは言えないが人の助けがあれば立てるくらいにはなった。
「イヤホンがあれば連絡できるのに。とりあえず俊達の所へ」
雛子が再度影になろうとすると吹き抜けの地下からマグマのような炎が噴出し、機体が大きく傾いた。よろけていると誰かが肩を掴んでくる。
「やっと、見つけた」
「だ……アイラ?」
気絶した時や対抗した時に全員いくらかは傷を負っていたがアイラは更に酷く、火傷を何とか異能で庇っているようだった。
「何その体」
「そこじゃないよひな! これもアイラの仕業で」
「勝手に濡れ衣着せんじゃないわよ。どっちかって言うと今はあんた達の……ああもう! ひなみ、あんた紫の旧友とかそういう奴なんでしょ。あれ何とかしなさいよ!」
「何とかって。どういう意味よ。あれって紫のせいなの?」
「だからそう言ってんじゃない。私が敵と戦ってたら急に暴走し始めたのよ。ま、その敵がどうなったかは聞かない方がいいでしょうけどね」
暴走――山梨の一件で落ち着いたと思っていたのに破壊神は収まる気がないのだろうか。とにかくアイラに戦う意思がないことはわかったので事情を聞かなければならない。
「ちょっとアイラ。ゆかはどこにいんのよ」
まさに肩を貸してもらったあさはアイラを睨みつけながら言う。
「逃げても追いつかれるから地下室に魂の膜を張って閉じ込めたわよ。でもこの強さだとそろそろ限界……」
直後、更に熱気が押し寄せて全員吹き飛ばされた。
「ちっ。やっぱりか」
「は?」
アイラの言葉で膜が破られたのはわかった。
だが雛子の目に映ったのは――。




