船の中へ
二人が降り立ったのは薄暗い機関室だった。
「ここは?」
「この船の動力源だ。魔力を吸い取って飛ばしている」
「ちっ。そんなことしたら玩具が減るじゃない。で、探偵社共はどこにいんの?」
少しでも紫に協力したくないアイラはイラつきながら錬に聞いた。
「静かに。神殺しは五感も秀でている。下手すれば社長達より早く死ぬぞ。ついて来い」
戸惑っている紫と憤慨しているアイラの有無も聞かずに錬はさっさと先へ進んでしまう。仕方ないので黙ってついていく。
「ね、ねえアイラ」
「何」
好意など欠片もない目を向けられて紫は軽く竦み上がる。
「四つ葉のクローバーの意味って知ってる?」
「喧嘩売ってんの?」
アイラの怒りもそろそろ限界が来ているらしい。
「お、お願い」
「……幸せでしょ?」
「じ、じゃあ五つ葉は?」
「はあ? あんた頭でもおかしくなってんの?」
確かに犬猿の仲と言っても足りないくらい憎んでいる敵に聞きたくは無いが今はアイラ以外聞ける者がいないのだ。
するといい加減今は紫がおかしいことを認めたのか諦める素振りを見せてそれ以上文句を言わなくなった。
「不幸っていう意味よ」
「四つ葉が幸せなのに?」
「知らないわよ。そっちの言葉にダソクとかあんでしょ。幸せも多く求めれば不幸になるってね」
それ以上面倒なことに巻き込まれないようにアイラは早足で離れていってしまった。
(不幸。多く求めれば幸せは失われる)
あやの首筋にあった痣を思い出しながら紫は先へ進んだ。
敵に気づかれないように進まなければならないことに加えて何故か建物が揺れるため慎重に動かなければ落ちてしまいそうだった。
「船ってこんなに揺れるもの?」
「飛んでいる」
「船が?」
錬が自身のスマホを紫に見せる。
「これがこの船の外見だ」
「飛行船? でも普通とは違うし鯨っぽい?」
全長十キロメートルはありそうな鯨の形をした飛行船の写真が映っていた。
「これも異能だ」
「え!?」
驚いてはみたもののこんな異能があってもおかしくないのが神殺しである。構造がわかったとしても慎重に進むことに変わりはない。
それにしても先程から嫌という程機関室を歩いているのに一向に景色が変わらない。錬は神殺しは五感が冴えていると言っていたが敵の姿は全く見えない。
(アイラは気づいているのかな)
聞いてみたいがこれ以上こちらから声をかければアイラが本気で殺しに来そうだ。
「ねえレン」
紫がそう考えているとアイラが初めて自分から錬に口を開いた。
「なんだ」
「知ってる? 私も神殺しの力を持ってるの」
錬は知らなかったようで一度立ち止まりアイラの方を向いた。
「あんたの境遇もウメカとか言う女の気持ちもわからなくはないけどそんな心持ちで喧嘩を売られるとは思ってなかったわ。まさかこんな程度で私と破壊神を殺せると思ったわけ?」
何を言っているかわからなかった紫は次の瞬間全てを理解できた。上から何十もの死体が落ちてきたのである。それらは銃や毒ガスなどの武器を持っていたらしい。
「触んない方がいいわよ。そいつらの中に入れた魂が襲いかかってくるから」
「死んでるの?」
当たり前とばかりにアイラが一つ溜息を吐いた。
「前から思ってたけど甘すぎんのよあんた。ここは戦場よ。破壊の力を本気で使えばこんな建物一発で壊せんのに」
「……」
やはりアイラと紫では命の価値観が違い過ぎる。
「いつ気づいた」
「今さっきと言えば気休めになるかしら? 紫に盗聴器つけたのバレバレ」
衝撃なことを聞いた紫は盗聴器を探し始めた。するとアイラが紫の髪を強く引っ張って盗聴器を見せるとすぐに握り潰した。
(いつ!?)
「レンは空間を操る異能なのよ。簡単に言うと瞬間移動でしょ」
「瞬間移動」
紫と話していた時につけたと言うことは錬は端から協力する気などなかったのだ。言われてみれば紫が説得したら急に協力的になったのだ。自分の過去を話していたのも暴力的だったのも機会を待っていたということだろう。
「し、社長達を助けるというのも嘘だったんですか」
「いいや。それは嘘ではない。神の力を借りれば魔力の供給は早まるから苦しまずに死ねる」
「は?」
錬が言っていたのは紫の命の代わりに彼らを生きて帰すことではなかった。
(なんで? だってこの人だって探偵社の一人で)
「研究の為だからって?」
「異能者が人間を救うなんて馬鹿げている」
「ふふ。私も同意見だけどあんたとは一緒にいられないわ」
困惑している紫を余所にアイラと錬は戦闘準備を始めてしまう。
「……で」
(なんでなんでなんで。社長達は何も悪くないのにどうして。異能者だから死ななきゃいけないの? ただ孤独と戦ってきて。もう辛い程不幸を味わってるじゃない)
――ソレガ運命ダヨ
どこかで破壊神が囁いてくる。
(運命? これが神様が与えたもの?)
「……ならいい」
紫の目の前には二つの分岐点があった。光と闇に分かれている二つの道。
(こんなのが運命なら……私が)
涙が止まる。紫の目から光が消え深紅に染まっていく。
――ソウダヨ紫。我ハコンナ運命ハ作ッテイナイ。コンナ運命……ドウしたイ?
「コワシタイ」
機関室が爆発音に覆われた。




