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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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一人ぼっちの狂った姫

「なんで。なんで」


 校舎に異能者は誰もおらず大慌てで探偵社に戻ったがひよや真由美さえいなかった。事務所内で争ったのか書類が辺り一面に散らばっている。


「うそ、だ。だって、み、みんな……強いのに」


 確かに探偵社の人間は強いが神殺しに勝てる程ではない。だがそれを紫に教えてあげられる者はどこにもいない。


「あ、ああ」


 静かで寂しい社内に一人の少女の泣き声だけが響いた。

 どれ程経ったのか、目が腫れて視力がはっきりしない紫にはわからないが不意に肩を掴まれて反射的に後ろへ飛んだ。


「ふん」

「れ、錬?」


 最後に――というより最初も同じ日だったが――見たのは夏休みだったか。本当に神出鬼没だ。だが何だか雰囲気が違うような。


「神がこんなにひ弱とは。梅香もマフィアも何故こんな奴が欲しいんだ」

「!?」


 梅香の名が出た途端紫の体は震え上がった。その姿に錬は馬鹿にしたように笑う。


「殺す気も失せてくるな。神のくせにビクビク震えて誰かが助けに来るのを待ってる奴のために自らの手を汚すなんてたかが知れてる」

「あ、あの」

「ついてこい」


 呆けている紫の腕を強引に引っ張って錬は屋上に行く。着いて早々錬は紫を殴り飛ばした。


「あゔっ!!」


 頬の裏側を思い切り噛んでしまった紫は咳き込みながら血を地面に落とす。そのまま治癒が発動するのを待っていると歩み寄ってきた錬が腹を蹴ってフェンスの方に背中を叩きつけられる。


「うぐ。げほ! げほ!」

「破壊神の力はそんなものなのか」

「うあぁ!」


 手を踏みつけられて紫は痛みに叫ぶ。


「ど、して……う!」

「どうして? それは自分がよくわかってるんじゃないか? お前がいなければ神殺しが探偵社に襲いかかることもなかった」

「っそれは」


 紫は何も言えなかった。全て事実だから。梅香と関わらなければ――探偵部での出来事を興味本位だけで聞きに行かなければ良かったのだ。そうしていればきっと誰も不幸にならなかったかもしれない。


「ゆるして。なんでも、するから。探偵社の人達を……みんなをかえして」


 先程あれだけ泣いたというのにまだ涙が出てくる。錬が何も言わないのをいいことに紫はまた言葉を続ける。


「どれいでもいいから。あ、アイラに一生人形にされても……ひっ、一生苦しんでももう何も言わないから……皆を殺さないで。これ以上家族を失いたくないのぉ!!」


 わあわあと土下座しながら紫は泣き喚く。


「……一つ、昔話をしてやろう」

「?」

「昔、親のいない兄妹が貧乏ながらも幸せに暮らしていた」


 紫がキョトンとしているのも構わずに錬は話を進める。




 兄は学校へも行かずに毎日仕事をして生活費を稼ぎ、妹はそんな兄を支えるために寝る暇も惜しんで必死に勉強した。そのおかげか妹は高校に進学することもできた。勿論兄は喜んで妹を高校に行かせてやった。

 人がいい妹はすぐに友達もできて貧乏だと伝えると生活の手助けもしてくれる子までいた。兄妹は本当に毎日が幸せで貧しかろうが苦しかろうが気にしなかった。

 そんなある日。妹の元に一人の同い年くらいの女の子が転校してきた。席も近く、気があった二人はすぐに友達――いや、親友と呼んでいい程の仲になった。彼女も孤児で今までは孤児院で暮らしていたが一人暮らしを始めて生活も苦しいらしい。


『だったらうちに来て! うちも貧しいけど一人じゃないから寂しくないわ』


 女の子は申し訳なく思いながらも甘えることにして、来週行かせてと約束した。兄は了承したがその日は遅くまで仕事だから気をつけるよう言った。

 当日、出掛けるでもなく二人は何時間もお喋りを楽しんだ。

 夕方近くになって女の子はポツリと言葉を漏らした。


『今日はお兄さんは?』

『お兄ちゃん? 今日は夜遅くまでお仕事だよ。それがどうかして』

『それは好都合』


 女の子は口を歪めて笑った。

 日付が変わる頃に兄は帰ってきた。もう二人は寝たのかと思い、静かにドアを開けたが辺り中が鉄臭く吐き気がした。足元が見えない為電気を点けると兄の足に赤い液体が流れる。


『――っ!』


 居間に急いで向かうと両腕足と首を胴体から切り離されて息絶えている妹が光のない目でこちらを見ていた。


『妹さんは素質が無かったみたい』


 どこから現れたのか妹の返り血を全身に浴びて狂気的に笑っている女の子の姿があった。


『い、妹に何を』

『魔力を吸い取って役に立たなくなったから捨てただけ。非異能者の魔力なんて腹を満たしもしないけど』


 女の子は謎の言葉を口にするが、そんなことは我に返り頭に血が上った兄にとってはもうどうでもいいことだった。大声を上げて兄は女の子に殴り掛かる。


『私を拳だけで負かせると思ってんの?』


 何かわからない力で吹っ飛ばされる。


『お兄さんは異能者なんだ。なら殺さないであげるから神殺しにでもなって妹の復讐にでも来なよ。待っててあげるから。私は――』


「風神。彼女はそう言って姿を消した」


 これで終わりだと錬は言う。


「そ、その兄って」

「それはどうでもいい。私が言いたいのは神など誰も平等に扱ってくれないものということだ」


 神は人間に等しく命を与え、自由を与え、愛を与えるはず。それが兄の目の前で愛する妹を殺し、嘲笑った。


「私がただ理由もなく……梅香が無差別に神殺しを育てていると思ったか」

「……」

「我らは皆神を信じ裏切られた者だ。そんな者に手を貸すわけがない」

「私だって。神は嫌いです」


 ふらふらよろめきながら紫は立ち上がる。


「あいちゃんを亡くしてからずっと次は誰がいなくなっちゃうんだろうってそればっかり考えるようになって、誰も本当の愛なんてくれないんだって思ってたら私が神の代わりって馬鹿みたいだと思った。しかも破壊の神。狂気の姫。忌み嫌われる存在で……もういい加減狂ってもいいかなって。なんで私ばっかりってずっと思ってた」


 錬は静かに待つ。


「でも違かった。皆私以上に苦しんで傷ついて歯を食いしばりながら生きてきた。私の苦しみなんて異能者の不幸に比べたらちっぽけだって思い始めた。異能者が不幸になる理由って。その先の幸せな未来を掴み取るためなんじゃないでしょうか」


 紫の頬を涙が一筋伝う。


「私の今の言葉は綺麗事ですか?」

「……」

「綺麗事よ」


 錬が黙りこくっていると三人目の声が耳に入った。


「アイラ?」

「異能者は不幸にするって神が決めたのよ。幸せな未来? そんなのあんたみたいな能天気しか考えてないのよ」


 いつからいたのか。そもそも何故ここにいるのか。疲労が溜まっている紫にはそんなことどうでも良かった。


「アイラ」

「何よ」

「私。あんたの奴隷でもいい」

「は?」


 紫が土下座をしたところは見ていなかったのか。


「私だけじゃ全員を救えない。だから力を貸して。奴隷でも人形でも玩具でもいいから。助けてアイラ」


 家族のことしか頭に入っていない紫はアイラの腕を掴んで懇願(こんがん)する。


「お願いよ! アイラお願い」

「うるさい!!」


 魂が紫を突き飛ばす。


「何なのあんた気持ち悪い! 自分から奴隷って何考えてんの!?」

「何でもいいの! もう目の前で……フェリスみたいな目に遭わせたくないの!」

「……フェリス」


 アイラの動きが止まった。


「おい」


 はっと我に返って二人は声の元を向く。


「このままじゃ(らち)が明かない。柊紫、一人で研究所に乗り込んだら死ぬぞ」

「じゃあこのまま全員見殺しですか? 何がなんでも行きます」

「だそうだアイラ」

「なんでこっちを」

「この女が死んだらいい玩具はあるのか」


 アイラが固まり紫の方を見た。しばらくしてギリギリと悔しそうに歯軋りをして紫の手首を鷲づかんだ。


「いい? 私はあんたがいなくなると困るから協力するの。これが終わったら敵。あんたも探偵社の異能者全員も殺してやる。こんな胸糞悪い仕事、あんたがいい玩具じゃなかったらやらないわよ! 感謝しなさい」

「……どうも」

「ちっ!」


 アイラの了承で一瞬正気に戻った紫がアイラに貸しを作ったことを後悔しているのは秘密だ。


「錬は、いいんですか」

「アイラと一緒だ。社長達を殺そうとまでは思っていない。死ぬのはお前だけで十分だ破壊神」


 紫以外の探偵社全員を信じている錬の気持ちは本当らしい。


「それじゃあ行くぞ。手を繋げ」

「「……」」


 渋々二人は繋ぐ。


「異能・()(ふん)慷漑(こうがい)

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