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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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異変

 昼休み。


「買ってきてあげたから漢字ドリルやりなさい」

「なんか多い……先生どうして小一から中三まであるんですか!?」

「あなたができなさすぎるからよ」


 里奈のごもっともな回答に紫は二の句が告げなかった。


「うう。ひなみ、手伝って」

「ごめん私用事ある」

「ひなみぃぃぃぃ!!」

「彩乃にでも頼んで」


 バッサリ断られて紫は消沈(しょうちん)しながらあやの所へ向かった。


「あれ、ゆかちゃんじゃん」


 教室に着くと菓子パンに(かじ)りついている一人の女性と目が合った。


「えっと」

「騎馬戦で補欠だったでしょ?」

「あー。あ!」


 体育祭の時にお世話になった先輩だった。髪を下ろしていたのでわからなかった。


「どうしたの?」

「あや。あ、秦先輩はいますか?」

「彩乃? いないねー。あいつ大半は休み時間いないから。よくボブの先輩がどこだーって探しに来るけど」

「あはは。ありがとうございます」


 本当にあの二人は色々ずれる。


(でも喧嘩する程仲がいいとも言うしな)


 とりあえず戻って紫は一人細々とドリルに励むのであった。やり過ぎて手首を痛めるはめになることを彼女はまだ知らない。




 翌日。未だ小一ドリルと格闘している紫を里奈は呆れ目で見た――因みに紫は両利きなので手首を痛めても問題なしである。


「流石あさの木葉を読めなかっただけあるわね」

「褒めてます?」

「全く」


 委員会やら何やらで探偵部員が過半数いなくなる木曜日は二学期から休みにしたのだ。何もない紫は普段ならすぐ帰るが今日は引き止められて里奈と一緒に漢字の勉強をすることになった。

 紫が疲れてふうと溜息を吐くと里奈が長定規で頬をペシペシ叩く。


「どうして他教科は満点なのに国語だけはボロボロなの」

「他は暗記だけですもん」

「漢字も暗記です」


 机の上で紫が猫のようにでろんと伸びていると着信音が不意に鳴った。


「誰?」

「あやです。一人で四階まで来て欲しいらしいです」

「一人? まあ一応行ってきなさい。こちらに来られないくらいだし」

「はい」


 紫は急いで指定された場所へ走る。あやに呼び出されることは珍しくないがその時は大抵全員が揃っているか一人だとしてもあちらから紫のいる教室へ来てくれる。


(何かあったのかな? でもなんで私。あ、他は集会があるからか)


 紫が呼び出されたのは放課後でも特に人気の無い本校舎化学室近くだった。あやは紫に背を向けて伸ばしていた肩までの緋色の髪を無造作に垂れ流しボーッと窓の外を見ていた。


「お待たせしましたあや。どうしたんですか……ってあれ」


 紫の足元にあやのチョーカーが落ちていた。あやは声に反応して振り返った。


「紐が切れてる。気づかなかったんですかあ……や?」


 紫は朝までのあやの姿を必死に思い出した。いや、思い出すまでもない。


「あや。どうして目が黒いんですか」


 いつもの真紅な目はなく、どこまでも深く光の無い黒色の目で紫を見据えていた。


「あ、か、カラコンとか? もう脅かさないでくださいよ。びっくりしたじゃないですか。あさの真似ですか? ねえ。返事、してよ……あや」


 震える手であやを揺するが答えはなく、代わりに紫の首を急にあやは締めつけてきた。


「あ、あや、うっ! やめ、て」


 体を持ち上げられて紫は足を地につけようと必死にもがくがあやの力に勝てない。


「あ……あや!」


 操れるようになった破壊の力であやの肩を外す。力を失って首から解ける手を逃れ、あやから離れる。


(なんで急に。ついさっきまで普通に)


 紫は自らの手を見る。


「チョーカー?」


 これが外れたからなんだと言うのだ。


「花よ」


 紫は我に返り、自分に襲いかかってくる『花の渦』を炎で燃やす。


「これって」

「生きておったか。まさか自我を保ってるとは思っていなかった」

「梅香さん!?」


 遊女のような格好で紫を優雅に見据え、破壊神の引き金となった者がそこにいた。紫が臨戦態勢をとると前のように穏やかに笑う。


「早いのう。前みたいに妾と話してくれないのかえ」

「な、何を言ってるんですか。あなたは敵」

「敵ではない。味方でもないがの」


 底の高い下駄を鳴らして梅香はこちらへ歩いてくる。紫はそれに合わせて後退する。


「前に言ったであろう。妾はマフィアの人間ではないと。なんと言えばわかるかの」


 梅香は紫が目の前で異能を繰り出そうとしているにも関わらず呑気に考えている。


「説明を待っておれ紫。まだ時間はあるんじゃ」

(もっと。もっと油断させた方がいい)


 そう考えた紫は大鎌と珠を消した。


「ふふ。素直な子は大好きじゃ。ああすっかり忘れておった。すまんのサヤ」


 梅香は紫をすり抜けてあやの方へ向かう。


「おや腕が。ほう、上達したのじゃな紫。サヤが殺せない訳じゃ」

「……サヤ?」


 紫は辺りを見るがこれ以上に人はいない。


「サヤならここにおるぞ紫」


 梅香が撫でるのはあやの頭。


「え? だってその人はあやで」

「あや?」


 梅香もまた疑問の目を向ける。


「は、秦彩乃のどこにサヤなんて」


 ああそういうことか。と梅香は一人合点が行ったようだ。


「あやの、か。良い名前を貰ったのぉサヤ」

「ちょ、ちょっと!」

「ん? ああすまんの。妾はどうしても一つのことにしか集中できぬ癖があるらしい」


 梅香はあやに手を回したまま紫を近寄らせた。


「恐らく主らの長。城ヶ崎殿と言ったかな? その者があやのという名を与えたのだ。妾らがこの娘をサヤと名づけたように」


 紫はあさのことを思い出して納得した。


「サヤ。ご、ご両親がつけて」

「いや、親はサヤが産まれた直後に死んだ。違うの、妾らが殺した」

「は?」


 紫は状況を忘れて呆気にとられた。今の言葉を反芻(はんすう)してみる。


(あやが産まれてすぐに梅香さん達が両親を殺した?)

「ど、して?」

「どうしてって娘を暗殺者に喜んでする親などいないと思ったからかの?」

「あ、ん?」


 紫の脳ならすぐに理解できたが――理解したくなかった。その後が怖かったから。


「言ったはずじゃぞ。旻も妾も、研究所の人間は暗殺者となる異能者の(つど)いだと」


 パズルのピースが全て揃ってしまう。どれだけ抵抗してももう歯止めは効かないのだ。

 あやは――秦彩乃は紫の恐れとなる存在だったのだと。


「う、嘘だ」


 研究所の人間は全て神を殺す為の道具だといつか梅香は教えてくれた。今のサヤとなってしまったあやはもう紫を獲物以外として見ていない。自然と涙が溢れてくる。


「守るって言ったのに。約束してくれたのに」


 そんな紫の姿を見て梅香が哀れんだ目を向けた。


「そうじゃのう。探偵社でのサヤはお主にとっては姉替わりか。藍と共に二人の姉を……いや、一つの家族を失ってしまうのじゃな」

「家族?」


 嫌な予感がする。思えば先程から里奈から連絡すら来ない。梅香が異能を使って大音も上がったというのに。


「まさかっ!」

「紫が妾に気を取られたままで良かったのう。まあもう少し足止めしておけば研究所に着いていたがのう」

「――っ!」


 急いで教室に戻ろうとするがあやが出口を塞ぐ。挟み撃ちの格好となってしまった。


「サヤ、殺してはならんよ」

「源」


 赤くも白くも無い黒い珠。


「異能・黒炎(こくえん)(たま)


(三つ目!? いや、そんなことより)

「どいて! 社長達の所に行くの!」


 持ち前の運動神経を駆使(くし)してあやを抜ける。その時に風であやの(うなじ)(あら)わになった。


(五つ葉のクローバー?)


 (あざ)の形が気になりながらも全速力で教室に戻る。


「……」

「お待ちサヤ」


 紫を追いかけようとするあやを梅香が止める。


「お主と戦って生きておった者はおらんのに紫は逃亡もできたのじゃ。一対一で戦えど勝ちが必ずとは限らぬ」


 それに。と梅香は口端をあげた。


「あやつは我らの元に来る。仲間を返して欲しいのなら」


 二人は静かに姿を消した。

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