依頼来ました
「ゆーかーり。生きてる?」
「ギリギリ。昨日二時間でテスト勉強したから脳がパンク中」
昼休み。紫は古文と英単語、さらに苦手な漢字テストと、とにかく勉強詰めで学食に行かずに机で死んでいた。
「ひなみ。何か買ってきて」
「いちごとバナナと餡。どのメロンパンが良い?」
「いちご……え、何そのメロンパン!? メロンどこ行っちゃったの? 後なんで選択肢そんだけなの?」
「私が好きだからに決まってんじゃん。行ってきます」
再度机に突っ伏した紫はパンク中の脳を休めた。
(ああこの体勢楽。何か段々眠く……)
「紫! 起きてよ!」
「ふぁ!?」
目を開けると先程購買に行ったばかりのひなみが揺さぶり起こしてきていた。
「あれ早くない? まだ五分も……」
「もう二十分経ってます。私はもう食べたから残りどうぞ」
紫が食べる筈のいちごメロンパンとひなみが買ったであろう餡入りメロンパンが半分ずつ残っていた。
「最初から食べる気だったの」
「いらないならもらうけど」
紫だってお腹は空いている。半分残った二つを時間をかけずに平らげてしまった。
「美味しいんだけどさ」
「うん?」
「結局これってメロンパンって言うのかな?」
「さあ。それより次体育だから急ごうよ」
促されて紫は体育着に着替え、ゴミを捨ててから校庭へ向かった。
「うん。まあメロンパンっちゃメロンパンだけど」
「大分負けてますね」
紫は残っていたメロンパンを買い5-1へ持ってきた。くだらないこととは思っているがそれでもメロンパンが本来の味を強調していないのにメロンパンと言うのか気になってしまう。
「品質表示とか見れば良いんじゃないか……メロンが入ってるかどうかはご想像におまかせします……だってさ」
「だめだろ。アレルギーとかどうすんだよ。この会社訴えられ……」
発言したやまを含め、紫以外の五人は何やらピンと来たようだった。
「使えるかもね」
「いややっぱダメだよ。発作起こしたら可哀想だし何より食べてくれないだろう」
「……スピードなら勝てるよ……zz」
(また寝てる)
話しながら寝るのは至難の業だと思うのだが。
「さっきから誰のことを言ってるんですか?」
「当ててみ」
恒例のあさの無茶ぶりがやってきた。
(まあまずこの五人は無いでしょ。社長がアレルギーだったら後で痛い目見るし。から姉かひよちゃん……あれ? そういえば今しんとまさが……)
『何より食べてくれないだろう』
『スピードなら勝てるよ』
しんは何故断定した? 真由美なら少しくらいなら食べてくれるかもしれない――いや、いけないことだけど――剣を振る真由美にスピードで勝てるか? 否、つまりアレルギーを持った者は
「ひよちゃん」
「ビンゴ~。まあ簡単っちゃ簡単よね」
わざとらしくパチパチと拍手をしてからあやはパンの残りをバッグに入れた。
「これでひよちゃんが症状出したらメロン入ってたってことになるよね。よーしじゃあ早速帰りますか」
「部活は?」
「今日はおしまい!」
探偵社に帰るとマスクをして更にそれを手で押さえているひよがいた。
「ひよちゃん? 何でそんなにガードしてるの? 」
「何でって貴方がたがわたくしに危物を含ませようとするからですわ」
(危物? ひよちゃんの危物って)
アレルギーだ。
「ひよちゃん地獄耳とか持ってるの?」
「違う。これがひよの異能だよ。ああ忘れてた」
あさが決まり悪そうに空を仰いだ。
「悟り? 心を読めるんですよね?」
「それだけじゃありませんわ。依頼人がおられますので実際にお見せ致しましょう」
別室へ移動すると二十代らしき女性が一人座っていた。
「お待たせしました」
「あ、いえ……こんな遅い時間にすいません」
遠慮がちな方なのだろう。
「お名前、職業、ご用件を教えてくださいませんでしょうか」
「あ、はい。私は登坂奈緒。専業主婦です。えっと、その……浮気調査……なんですが」
「浮気。物騒でごさいますね。旦那様のでしょうか」
「は、はい。この頃主人の帰りが遅かったり、休日もどこかへ行ってしまったり、挙句一日中帰らなかったり……とにかく様子がおかしいのです」
「それ故にここへおいでになったのですね。お若い方は他の御方に目配りしてしまうもの。心の読めるわたくしには辛く悲しきことですわ。けれどご安心くださいませ奈緒様。この和田家令嬢の日和が必ず責任を持って幸せを取り戻してきますわ!」
ひよは目をランランとさせて断言した。
「あ、ありがとうございます。それにしても和田さん言葉遣い綺麗ですね」
「え? あ、ああこれは厳しい家で育った名残ですわ。さ、さてそれでは調査は明日からと言うことで」
「はい。どうかお願いします」
奈緒はペコリと会釈してから足早に帰って行った。
「ふう~彼女の旦那様も大変ですわね」
疲れたように溜息を吐くひよに紫は首を傾げた。
「旦那さんの方が大変なの? 浮気をしている疑惑をかけられたから?」
「違いますわ。奈緒さんは帰りが遅いなんて仰っておりましたが心の中を……過去を読み取ってみますとね。最低でも二十四時。しっかりと帰ってきております。残業で帰れない時なども連絡は欠かしておりませんわ」
「じゃあ浮気は」
「全くですわ。問題があるのは奈緒さん。依存し過ぎなのです。依頼人の手前引き受けはしましたけれど」
心を読み取りすぎて疲れてしまったのか瞼を押さえて苦しそうにしていた。
「ひよがこんなに愚痴るのは大晦日の襲撃以来だね」
「へえ……大晦日!?」
そんな時まで来るなんてもうどうにかしている。
「あの時は異能で呪ってやろうかとも考えていましたわ。折角のお休みだと言いますのに」
事務所でしかひよを見たことはないが相変わらず物騒な物言いをしている。
「そういえばゆか。わたくしまだ異能は見せておりませんわね」
「え、あ……」
言われてみれば先程ひよは本来の異能を見せてくれると言っていた。
「見せてあげます」
「いいの? あれ大分魔力消費すんじゃん。一日二回はきつくない?」
「大丈夫ですよあさ。ちょっと手伝ってくださいね」
促されて紫は机やら椅子やらを端に寄せた。あさが片手で大理石の机を持ち上げてるのを見るのはまだ慣れない。
「ひよちゃん。何この円……魔法陣?」
「異能の暴走をある程度吸収してくれるものですわ。普段は見られないように隠しておりますけれどもこれ使わないとわたくしの脳がパンクしてしまいますから。百聞は一見にしかずです」
紫の異能である破壊神で消されないようにあやがなるべく端に寄せた。
「悟りの能力って聞いたんですが」
「悟りは異能の一部だよ。他にも……面倒だし見ろ」
「おい先輩」
やまに軽く突っ込まれたあやは何やら気付いて紫の方を向いた。
「そうそうゆか。これからちょっとキモイことが起こるから覚悟してね」
「キモ?」
紫が首を傾げていると陣の中央に立ったひよが始めた。
「源……」
水色の珠が現れる。水晶のように光に反射している。
(綺麗)
「異能・大悟徹底」
大悟徹底→すっかり悟ってなんの疑問も無くなること(人の心情を読めますからなんの疑問もありませんよねbyひよ)