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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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別れと本当の決意

「紫」


 里奈は突然その血だらけの腕を紫に回して抱きしめた。


「あなたは優しくて何でも受け入れてくれた。私はそれに甘えていたわ」

「っ。あなたに何がわかる」


 引き離そうと紫が里奈の背中に爪を食い込ませる。


「フェリスの死から狂い始めてたのね。こちら側へ来させないようにしたけれどその時から……いいえ、藍が死んだ時からあなたの気持ちを理解してくれる人なんていなかったのね」


 紫はどんな過去でも、どんな運命でも受け入れようと努力をしてくれていた。だが破壊神である紫を化け物以外で認めてくれた者はいなかった。

 探偵社の人間からも――異能者からも畏怖(いふ)の対象として見られてきた紫の心は無意識の内に少しずつ壊れていった。


「あなたの名前は紫。異能探偵社の柊紫。あなたが忘れてしまうのなら何度だって言うわ。紫、帰っておいで」


 紫。


「……」


 里奈の肩越しに藍の姿が映る。


(ああ駄目だ。私が殺さなきゃ。あいちゃんを守らなきゃ)

「紫。もういいよ」


 藍の手が紫の額に触れる。


「戻って。その人や今の家族にいっぱい愛してもらいなさい」


 その一言で藍の姿は消え去っていった。


(帰りたい)

「帰れない」

「あらどうして?」


 里奈が紫と視線を合わす。頭を撫でてくれる手が優しくて紫は涙を流す。


「泣いてるだけじゃわからないわよ」


 親指の腹で里奈は涙を拭う。


「私だけ無傷でのこのこ帰るなんて許されるわけない。皆折角助けに来てくれたのに」

「ゆか」


 里奈は腕を戻して片手を上げて――。


「うぐっ!」


 紫の頭に拳骨が降ってきた。


「解決しそうな矢先からネガティブ発言しないの。探偵社の人間がそんなに心狭いわけないでしょ」


 里奈は立ち上がり山を降りようとした。


「私達異能者は傷つけあって共存しているようなものなの。探偵社の人間だって例外ではないわ。というか」


 里奈はイヤホンのスイッチを押す。


「これで死ぬようなやわな子達じゃないから」

『ほっときゃ死ぬけどね』


 即答してきた。今のは真由美だろうか。降りるよ、と里奈が手を引く。


『ところで目の前に目があるんだけど』

『ダジャレ?』

『違う』

『百目ですかね。潰してください』

『腕折れてるから無理』

『足』

『ああ』


 一旦会話が途切れて木で何かを潰す音がした。


『あ、社長。俊のイヤホン壊れました』

『エンストしてるな』

『ひなのは?』

『影で守った』

『……』


 守るものが違うが一応置いておこう。それが雛子の性格だ。


『体力もあまり持たないしもうすぐ夜も明けるし村人さんの記憶消して家も元に戻しましょうよ』

『あ、忘れてた。村人何人?』

『ざっと百人でしょうか』

『うぅわ』


 今の呻き声は骨を折った痛みか記憶操作が嫌なのか。まあ後者だろう。


 山を下り、階段を全て降りた頃には夜明けの時を知らせる太陽が現れた。


「まさかこんな所で日の出を見られるなんてね」

「社長」

「ん?」


 紫は陽を見ずにまた(うつむ)いた。


「旻ちゃんが」


 守れずに連れ去られてしまった。里奈は紫の背中をポンポンと叩く。


「大丈夫。あなたを救ったように旻も救うわ。見殺しなんかさせない」

「はい」

(どうかこれ以上私のせいで誰かが苦しみ死にませんように)


 山の向こうにある神の社に紫はそう願い、探偵社に帰るのだった。




 その日の朝は全員徹夜で働いたこともあり、臨時休業として静養させた。応急処置をして翌日に恵子の所へ行こうとしているのだ。

 里奈も眠りにつこうとした時にドアが叩かれる音が鳴った。


「はーい」

「……社長」

「あらゆか。どこか痛い?」


 紫は首を横に振って里奈に枕を見せた。


「い、一緒に、寝ても、いい、ですか」


 恥ずかしいのか最後の方は殆ど聞き取れなかった。里奈は可笑しそうに、愛おしそうに笑った。


「いいわよ。おいで紫」


 嬉しそうに里奈に部屋に入れてもらい紫は里奈に続いてベッドに入った。傷を触らないように抱きしめる。


「あらあら。甘えん坊さんが二人になったのかしら」


 娘が出来たように里奈は優しく頭を撫でてやり、一緒に眠りについた。


(大丈夫よ藍。あなたの大切な妹は私が守るから)


 そんなことを思いながら。

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