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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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藍も紫も

 大鎌には血が流れ、足取りは悪いのに殺気だけで人を殺せてしまいそうな雰囲気を持った紫がこちらへ歩いてくる。


「殺さなきゃ。あいちゃん」


 紫が大鎌を振り下ろす。だが一歩手前で当たらなかった。


「?」

「皆が気絶してしまってどうしようと焦ってしまったわ」


 鈍い音を立てて紫の背に短剣が刺さった。


「うっ!」

「真由美やあやよりかは弱いしあまり役に立たない異能だけれど初心者に負ける程やわじゃないわ」


 片手に時計。片手に短剣を持ち、里奈は燃え盛る森の中へ走っていく。


「私はまだ彼らを死なせられないの。だから命懸けでも守る。さあ。悪夢から戻ってきなさい」

「……」


 紫は大鎌を構え直す。


「藍に連れ去られるな。自分の意思を見せろ!」


 紫の振り下ろした鎌の炎が燃え移り、大木が里奈の方へ倒れてくる。


「遅いわ」


 紫の目からは――他の者から見ても――里奈が瞬間移動して木から逃れたように見えただろう。


「殺さなきゃ」

「藍がそう命令したの?」


 里奈は紫の家庭事情を全て知らないわけではないのだ。預かっている身として調べることもある。


「今でもはっきり覚えてるわ。珍しい名前だったし悲惨な事件だったもの」


 十二年前。帰る途中だった学生――藍が行方不明になる事件が起きた。三日後に遺体として警察の前に投げ捨てられていたのだ。人々は殺人と考えた。しかしその殺され方がおかしかったのである。


「制服もそのまま汚れもないブレザーで四肢にも傷一つなく首を絞められた形跡も無し。外見からすれば眠っている健康な少女」


 外見からすれば(・・・・・・・)

 死体解剖をした時に人間の要が――心臓だけが取り除かれていた。縫合の跡も無し。本当に(はさみ)で中身だけを丁寧に切り離したようにそこだけぽっかりと穴が空いていた。


「当然警察も医者も戸惑ったわ。それでも遺族には真実を話さなければならない。それをマスコミが藍はゾンビだったの手品だの面白おかしく取り上げた。あなたにとって見れば迷惑な話よね。藍」


 紫の作り出した幻を里奈は幻とは見なかった。心臓がないのだ。魂が成仏していない可能性もある。思念体(しねんたい)と言われる魂の分身が紫に憑いたと捉えることもできる。


「時雨の化」


 全ての時が止まる。倒れそうになっている木が不自然に空中で止まっていたり、火から上がった煙が天に上がることも無くその場で固まっている。音も里奈が枝や葉を踏む音以外ない。神憑きも発動されてしまえば対処できない異能の一つだ。


「ゆかは藍の為に私達を殺そうとしたのよね。藍がこの世を恨んでいると思ったから」


 動かない――動けないようにした紫の近くに来て、その頬を両手で包んだ。


「私の異能はね。触れた相手の五感を戻すことができるの。時は止まってるから動けないけれど。ねえ、一つ聞いていい?」


 紫の体はピクリとも動かないが声は聞こえているだろう。


「さっき私の目の前であやと真由美を傷つけた。それで気になったの。どうして殺さなかったの?」


 答えられなくても聞く。


「彼らは勿論放っておけば死ぬわ。でも最終的に言えばあなたは殺したいだけ。だから試してみましょう。私が手を離したら時を動かすわ。あなたに覚悟があるなら」


 私の首を切りなさい。


 里奈は目を閉じて時を戻した。空気を切る音がして冷たい刃先が里奈の首について血が滴り落ちる。


「あいちゃん、たすけてくれたの」


 視界を閉ざしている里奈の耳に紫の声が響く。


「辛いねって。楽になれるって。全部忘れようと思った。それなのに突然聞こえた。あいちゃんの恨みが。誰も守ってくれなかった。私がいなければ良かったっていう声が」

「……」

「あいちゃんに嫌われたらやだって思った。だからあいちゃんを守る。人間は全員殺す。あいちゃんの為。なのに私、誰も殺せない」


 紫の声に震えが入る。


「知らないのに。誰も覚えてないのに。自分の名前もわからないのに殺したくない」


 ゆっくりと目を開けると紫の目からは涙が(こぼ)れていた。


「教えてよ。あなたは誰なの? 私は? どうしてあいちゃんのことを守れないの? やだよ。一人ぼっちはやだよ!」


 紫の魔力が暴走して狂気の波動が幾重にも空気を揺るがした。


「人を殺せばいいのに。あいちゃんだけが幸せになればいいのに。殺せない……殺したくない!」


 泣き叫ぶ度に周りが壊れていく。地面にひびが入る。近くにいる里奈の体も皮膚が焼かれ、肉が裂かれ、血が吹き出る。


「……」


 里奈は意を決して紫を抱きしめた。

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