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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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あいを愛する狂った少女

「異能・()(ちょう)風月(ふうげつ)


 花の吹雪で弾が振り落とされる。


「く……っ」


 次いで大風が紫を社の柱に打ち付けた。


「さあ行こうか旻。お前に光は似合わぬ」


 梅香が旻の動きを封じて手を伸ばす。


「破壊神!!」


 紫が大鎌を振りかざして二人を引き離した。


「旻ちゃん異能! 煙幕!!」


 旻ははっとして本に煙幕と書いて、梅香の方に向けて発動させた。辺りに白い煙が立ち込める。紫と旻は煙に巻き込まれないように走り抜けた。


「ゆか」

「何?」

「梅香は強い。逃げられない。私が捕まればゆかは逃げられる。だから」

「少し目を離した隙に殺人鬼が情を湧かせるとは」


 煙が全て風に吹かれ、視界が晴れた。


「旻。妾の異能を忘れた訳ではあるまいな?」

「っ」

「花鳥風月。花、鳥、風、月。妾が操れるのはこの四つ全てじゃ」

「全て?」


 梅香は見せつけるように飛んでいた鳥を異能で引き寄せた。


「妾の傘に花が生まれ、妾の指に鳥が止まり、妾の召す物で風を起こし、妾の身は月を呼ぶ。月は多大な魔力を使わねばならぬからあまり使わないがの」


 指に止まっていた鳥を手放して梅香は二人を見据える。


「成程。こんな所に少女二人で何をしているかと思えば」


 旻の体に(つた)が絡まり梅香の元へ投げ出された。


「うっ!」

容易(たやす)い」


 旻を腕の中に閉じ込めながら大鎌を振る紫に焦点を当てる。


「これがこんなに早く役立つとはのう」


 梅香が袖の中に手を入れて何かを取り出す。


「花よ」


 花の渦に紫の腕が切り刻まれる。


「旻ちゃんを返せ!」

「……返せ?」


 梅香の目が据わり、紫の体が蔦に捕らわれた。


「旻は妾のものじゃ。お主に返せと言われる筋合いなど無い」


 蔦の檻を作り、旻を閉じ込めた梅香は紫の前に何かを差し出した。


「ネックレス?」


 どこかで見たことのあるような赤黒い――ガーネットのネックレス。


「何故これを持っておるか。神殺しには神の血が必要不可欠。だが神憑きはもう数えられるくらいしかいない。異能者が減ってきておるからじゃがの。そこで妾らは神を引き寄せる(すべ)を調べた。主も聞いたじゃろ。桜川高校にあるガーネットのネックレスは」


 魔を呼び寄せる。


「……」

「主らも予測したじゃろう。魔は異能。だがそれどころでは無かった為放置しておった。良かったのう紫。仲間に本来の姿を見られず」

「どういう意味」


 紫の脳は急に思考を停止させた。梅香のことも旻のことも考えられずネックレスだけに釘付けになった。


「?」

「お目覚めかの。破壊神は起きるのが早いこと」


 ネックレス。ガーネット。狂気。魔――――


「返して」


 蔦に絡まれた腕を伸ばそうとする。奪われた――遠い昔に奪われ封印された。


「私の魔力……返して。返せ……返せ返セカエセ!」


 奇怪な音をさせながら蔦が引きちぎられ、紫は梅香からガーネットを奪った。ガーネットは少しずつ溶けていくように紫の体に染み込んでいく。


「あが、あ。や、やだ」


 紫は中に入って来る力に拒絶しようとするが。


 ――ダマレ


 破壊神に脳の思考を奪われ、人形のように力なく体を止めた。


「さあ旻。狂気に(おか)される前に帰ろう」


 旻を気絶させて梅香は再度しゃがむ紫を見た。


「紫。破壊神に負けてしまえ。殺人鬼となれ」


 一瞬にして二人の姿は消えた。大人しくなった紫の正気を破壊神は返す。しかし紫は抗うことなくその場に倒れ込む。


「痛い。痛イ。助、ケテ。ア、あいチャン」


 吐き気を堪えることもできず涎を流しながら助けを求め紫は泣く。既にガーネットは欠片となっている。


「アい……あ、ア……ちゃ」

「呼んだ紫?」


 頭を上げられてぼやけた目に映るのは同い年くらいの少女。


「あい、ちゃ」

「辛いね紫。大丈夫だよ。私が楽にしてあげる」


 同じくらいの身長だと言うのに《あい》は紫を軽々と抱え上げて森の奥の方へ連れていく。


「痛い」

「紫。力を抜いて。何も考えないの」


 力を抜きたいのは山々だが、微かに残っている理性が駄目だと否定している。


「探偵社、帰らなきゃ」

「探偵? 何それ」


 木に紫を寄り掛からせて《あい》は額を合わせる。


「あやも、社長も」

「その人達の本名は?」

「本名?」


 あやの本名。社長の本名……あれ?


「あやの髪って何色だっけ?」


 黒ではない。人と違う色――でも何色だっけ?


「紫」


 《あい》が戻す。


「ゆかり?」

「あら。もう名前もどうでもいいわね。ねえ破壊神(ゆかり)?」


 全てを忘れれば楽になれる。あなたは私の言う事だけ聞けばいいの。


「こっちにおいで。可愛い可愛い私の紫」


 紫は《あい》の胸の中で眠りに落ちた。




『あいちゃーん! どこー?」


 ゆかりは家の中をパタパタと走り回る。


『あいちゃーん!』

『なぁに紫』


 ゆかりは小さな体をあいに抱っこしてもらった。


『今日はやけに甘えん坊さんね。どうしたの?』

『あのね。ゆかりね。こわいおばけさんをみたの。おばけさんね。あいちゃんをつれてっちゃうの』


 ゆかりは離れまいとしがみつく。あいは小さく笑った。


『紫。私はどこにも行かないわ。だって』

『だって?』

『私は紫だけのお姉ちゃんだもの』


 十六で生涯を閉じた紫の姉・(あい)

 事実を知っている紫は、しかし藍によって増幅(ぞうふく)された狂気に勝てず、破壊神に体を譲り、静かに闇へ沈んでいった。

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