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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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遠出で初めての仕事

 日付けが変わって少し経った頃、やまは不意に頭痛がして起きた。恵子曰く偏頭痛らしいのでその時は薬を飲めばいいらしい。やまが医務室に向かおうとするとゆかの部屋の扉が開いた。


「ゆか?」

「……」


 暗くて表情は見えないが口元が何やら小さく動いている気がする。


「どうしたんだ? どこか具合が悪い所でも」

「……ん」


 覚束(おぼつか)無い足取りでやまの方へ寄っていき、やまが声を出す暇もなくその胸に突進して押し倒そうとした。やまは間一髪で倒れずに済む。


「ゆか?」

「行かないで」


 最初はただの冗談かと思った。あやもよく出会った頃はこんなからかい方をしていた――勿論大半の場合空回りだった。だが紫はそんなことしない。そもそも明らかにおかしいとわかる程悲痛な声でやまは何も言えない。


「行かないで。一人はいや。誰も気づいてくれないの。ねえ」


 あいちゃん。


「え?」

「スー……スー」

「寝た?」


 軽く背を叩いてみるが紫は応答せずに寝ていた。


「あいちゃん?」


 やまは首を傾げながらも紫をベッドに寝かせた。




 旻が探偵社に来て三日が経った。十月だと言うのにまだちょっとした暑さが残る東京にて紫は里奈に呼ばれた。


「仕事?」

「そう。ゆかも異能が使えるようになって来たし、旻っていう後輩もできたしね。そろそろ先輩が行かなくても大丈夫じゃないかなと思って。あ、まあ旻は一緒なんだけど」


 確かにアイラの一件以来、鎌を操って攻撃はできているが。


「でもまだ完璧には使いこなせてませんよ? そんな状態で行っても」

「必ずしも異能を使わなきゃいけないわけじゃないわ。ここにいる人は全員体験してるものだから」

「それなら。で、場所は?」

「山梨」

「山……え?」


 今信じられないような言葉が聞こえたような。


「山梨。あ、でも静岡寄りの山に凄く隣接してるところだけど」

「そこを聞いてるんじゃありません!」


 柊紫。プチ旅行に行ってきます。




『大丈夫よ。もしかしたら日帰りで帰れるから』


 と里奈には言われたが正直その可能性は無いんじゃないかと思っているのが紫の心情だった。幸い三連休だから急がなくてもいいわけだが。


(簡単ってもう行く所から簡単じゃないよ社長)


 山梨は中学の頃、合宿で何回か行ったことはあるが、今日行く所は少し違うらしい。


(迷わないで行けるかな? 旻ちゃんもわからないだろうし)

「はあ」


 思わず溜息が出てしまう。そこに旻が何かを投げ入れた。


「むぐ。チョコ?」

「ひよがくれた」


 急いで()(づく)りをしていた時にひよがあれこれ菓子を入れたらしい。遠足ではない。


「ゆか疲れてる」


 心配してくれたのだろうか。無表情でわかりにくいが。


「ありがと旻ちゃん」


 そうだ。紫にとっては心配ものだが旻にとっては初めての旅行かもしれない。


「旻ちゃん見て見て。富士山」

「うん」


 ぶっきらぼうに聞こえるが、それが彼女の話し方なのである。


(いっそのこと私も楽しんじゃお。折角ここまで来たんだし)


 紫と旻は新幹線の中で楽しい一時を過ごした。




「は、初めまして。城探偵事務所の柊紫と申します。こっちは」

「李旻……です」


 依頼主は山の側に住む高齢なおばあさんだった。こんな所にいたら土砂崩れに巻き込まれてしまうのではないだろうか。


「わざわざこんな所までありがとうございます」

「い、いえ。それでご依頼は」

「神様への()(もつ)を運んで欲しいのです」


 家の向かいにある山の奥にはこの土地に古くから奉られている神の社がある。毎年その神への感謝を供物で納めてきた。しかしこの付近は過疎化が急激に侵攻(しんこう)してしまい若者は無く、足腰が弱く遠出のできない老人ばかりが残った。


「ボランティアの人達が山の()(そう)をしてくれたおかげで社まで階段を作ってくれたのだけれど」


 案内されたその階段は終わりが見えない程の長さだった。


「千段以上」

「そ、そうだね」


 紫の体力は尋常ではないが、それでも持つだろうか。まあできないわけではないので食べ物が詰まった袋を持って二人は階段を登り始めた。

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