神殺しの戦い
目を開けると暗く嫌に湿った天井がやまの目に映った。目が熱く、擦ると濡れていた。
「泣いてたのか」
「それは独り言?」
女性の声が檻の外から聞こえて慌てて飛び起きた。
「あ、アイ」
「こんにちは秀の弟さん。名前は確か……シュンだっけ? 私と同じ神殺し」
「っ。あんたと同じにするな」
「何で? シュンと似てるじゃない。異能で人を殺して人を玩具にして」
「違う! 俺はただ」
「愛されたかった。やっぱ一緒じゃない」
ネクロクリアと唱え、アイラは鍵も使わずに檻の中に入ってきた。
「何驚いてんの? 神殺しなら異能を変形して自分の思うがままに繰り出せるのよ」
やまの異能は悪虐非道であって隔世の感を操ることはできない。
アイラはそうせせら笑う。
「何しに来たんだよ。ここに来たってことはゆかへの拷問をやめて俺と戦うってことか?」
「拷問? 何言ってんの。私は玩具でお人形遊びをしてるだけ。まあ気絶させちゃったからアヤノって女を定めようかと思ったけどあっちはあっちで秀と話すって言うし仕方なくここに来たのよ」
「……人形遊び?」
やまは溢れ出る怒りを抑えきれずに声を震わせた。
「ゆかが人形だと? お前みたいなクズに構う程度の価値しかねえのかよ」
「人の宝物を壊して殺されないだけマシじゃない。むしろ感謝して欲しいわよ。玩具として愛でてやってんだから」
アイラとの戦いを終えた紫を思い出す。
二、三日は本当に生死をさまよってあんなに小さな体に狂気を抱えながらも笑って――フェリスのこともたけし達のこともマフィアのことも
『ゆかを独りにはさせないから。私達のようにはさせないから』
先の戦いであやが紫に放った言葉だ。『私達のように』とはあの時『光から切り離された』自分達のことを言っていたのであろう。
まだ化け物では無いとそう言いたかったのだろう。それなのに――。
「……ははっ」
「?」
アイラが急に笑い出すやまを訝しむ。
「何よ。別に狂えなんて言った覚えないんだけど」
「いや。俺は俺自身をおかしくした。言う通り、神殺しの心は歪さ」
アイラが反応するより早くやまが押し倒して両手できつく首を絞める。
「なっ!」
「俺はどこへ行こうと最終的には地獄行きなんだ。ならその前に少しでも探偵社の人間としてお前も秀も殺す。そうすりゃ探偵社は……ゆかは救われる」
アイラは踠く手を止めた。その隙にやまは更に強く絞めあげようとした。
「……か」
「あ?」
「またゆか。魔姫様もゆか。フェリスもゆか。ひなみも茜も……同じ神殺しのあんたもゆか。ゆかゆかゆか!! あいつの何がいいって言うのよ!!」
魂の威力に負けてやまは背中を壁に押しつけられる。
「あんな奴がいなければフェリスは死なず、私だって紫を恨まなくてすんだ。探偵社だってそうでしょうよ。マフィアとは休戦体制だったのにあいつが現れたせいで胸の傷を抉られなくちゃいけなくなった!」
アイラの異能が暴走してやまの体に刺さっていく。
「ゆ、ゆかは望んで異能者になったわけじゃ」
「煩い煩い煩い!! 私の前であいつの名前を呼ぶな! あんな化け物の名前を呼ぶな!」
魂が大きな光線となってやまに襲いかかった。
「ったく。とんだ我が儘さんね」
やまに直撃するギリギリのところで異能が消え去り、檻になっていた鉄の柱が一本へし折られた。
「でも短気なのは似てるけど」
「一緒にしないでよ」
焦点がぐらつく目では見えなかったが声で十分だった。
「あさ……しん?」
「お待たせやま。さてアイラ・ナール。やーっとあんたをボコボコにできるわ」
あさは文化祭の時の屈辱を忘れてはいなかったらしい。いつもあやと喧嘩する時の何倍も殺気を漂わせていた。
「……どうやって入った」
「うちには人間探知器がいますから」
「普通にひよって言ってあげなよ」
真由美が阿修羅を使って百目を起こし、力を使ってもらったのだ。
「御託はいいのよ。しん、私がやるからやまを避難させてよ」
「こっちに破片とか」
「飛ばす」
「わかってた」
へし折った柱を持ってあさはそれをアイラに投げた。見計らってしんがやまを肩に背負って出口を目指す。
「しん……俺は」
「喋るな。傷が広がる」
「でも」
「俺に異能を使わせたいのか」
「……」
しんの寿命は縮めたくない。大人しくなったやまの頭をしんは軽く叩いて先に進む。
「神殺しは逃がさない」
「余所見? 舐められたもんね」
あさがリミッターを外したままアイラの腹を蹴って最奥まで吹っ飛ばす。
「あさ!」
「ちっ。わかってるわよ!」
あさは引き返してしん達の元へ走っていった。