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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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無干渉という孤独さ

やまの過去編

 秀が四つの時に俊は産まれた。大山家は数少ない異能研究所の一つであり、改良(かいりょう)によって二人の子を異能者として母は産んだのである。

 両親は非異能者であった為、自身では研究することが叶わなかった。だから二人も異能者ができたのは研究者として何よりも幸運なことだった――研究者として。


「かあさん、とうさん」


 何よりも優秀だった秀と異能を使いこなせない俊。両親は俊をいないものとすることが多くなった。

 成長もままならず小学三年生――八歳になっても平均身長の十センチも下回る背丈と骨が浮き出てしまう程痩せ細った身体。担任は両親に抗議してみたが聞く耳を持つことはなく、それが自分達の方針だと言われてしまった。

 そんな親を持っているのだから当然のことなのだが俊は冷蔵庫の野菜を(かじ)り、調味料を飲み物代わりにしていたせいで箸の持ち方すら知らなかった。

 痺れを切らした担任が朝昼放課後と俊を構っていなければ俊は成長不十分で社会に出ていけなかっただろう――どれだけ遅く帰しても両親は見向きもしなかったので担任は飯も食わせた。

 担任はよく俊に本も読ませていた。


「俊。お前読むスピードが早いな。これで何冊目だ」

「知らない。けど、楽しい、本、読むの」

「そうかそうか。でも今は勉強する時間だぞ」


 取り上げられて俊は()ねたが大人しく鉛筆を持ち漢字の書き取りを始めた。


「……池内」

「先生をつけろ。なんだ」

「母さん達。いつ、俺と、話す?」

「……さあ。でも親に愛されるまで俺がいるからな、俊」


 池内の大きな手が俊の頭に乗る。


「池内、好き」

「ありがとよ。だが」


 圧力を軽くかけられる。


「先生をつけろ」




 二年後。ある事件が起きた。暴力事件が起きたのだ。


「俊!」

「池内……」


 保健室には殴られたらしく頬を怪我した俊がいた。


「お前はなんで、こんなことを」


 成長したとしてもまだ小さな体を持った俊は同級生から女扱いされてからかわれていた。そして俊は一度殴るだけに留まらず相手三人の骨を折り、重症を負わせた。

 被害者の親は怒りで俊の両親を怒鳴りつけたが――。


『私達はあれ(・・)を育てているわけではありませんから。そういう教育をした担任を責めたらどうですか?』


 子を『あれ』呼ばわりしたこともそうだが、教育の無責任さに被害者の方は絶句してしまった。


「暴力、目立つ」

「目立つ?」

「目立てば、母さん達……見てくれる」

「――っ」


 池内は何も言えなかった。俊はただ親に振り向いて欲しかっただけなのだ。それだけしか方法が見つからなかったのだ。


「俊。暴力は駄目だ。そんなことしてもご両親は見てくれない……」

「池内はわからない」


 差し伸ばされた手を俊は振り払う。


「しゅ……」

「親に愛されない。辛いこと、池内はわからない」


 池内が引き止める前に俊は走っていってしまった。


「俊……」


 その後、どれだけ諭しても監視していても暴力を止めることは無かった。




 お前は誰にも愛されない。

 光に手を伸ばすだけ無駄だ。

 お前は生きながら死んでいるんだよ。




「俊」

「……なんだよ秀」


 十二になった俊はつっかえずに話せるようになり、会話できるようにまでなった。


「お前また同級生を殴ったそうだな。どうせ母さん達は振り向かないってのに恩師を困らせて何がしてえんだよ」

「……俺は池内に離れろと言った。それなのにあいつが(あきら)めないだけだ」

「そう簡単に教師が生徒を手放すもんか。お前みたいな()(たん)()なら尚更」

「うるせえよ。大体お前がいるから」

「誰も自分を見てくれない? はっ。俺がいなくても無能を見てくれる奴なんていないだろ」


 俊はカッとして秀に殴りかかろうとした。


隔世(かくせい)の感」


 秀が一度腹を蹴ると俊は立ち上がれない程の激痛に襲われた。


「あが……あ」

「異能を使えれば俺だけじゃなくて気に入らない奴ら全員服従させることもできるのにな。両親が干渉しないことをいいことに他人にストレス発散と称して暴れてるんだろ?」


 小学校で飼っていた兎が全羽酷い殺され方をした。

 盲導犬が何度もナイフで刺され、盲目の人共に交通事故に遭った。

 老人を階段から突き落とした。


 これで異能を使えていたら被害が拡大した――いや、それなら両親が見てくれるだろう。俊はどうしたら親が振り向いてくれるのかもうわからないのだ。


「でもお前が(うらや)ましいよ。何しても文句を言われねえんだから」


 俊が口を開く前に秀が彼の体を引きずる。


「見ろ」

「?」


 ガラスで仕切られた研究者の中で両親とベッドに寝ている数人の大人の男女が何やら()めていた。


「何、を?」

「あいつらは皆異能者だよ。と言っても実践(じっせん)にも使えないギリギリって奴らだけど」


 両親は他の研究員を呼び出し、一人の女を取り押さえて何かを首に打った。


「来るぞ」

『がぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 女はベッドから落ちて(うめ)き続けて数秒後には()(じん)も動かなくなった。


「あれも失敗か」

「な、何だったんだよ今の」

「女の首に刺さったものの中に入ってたのは神憑きの血だ」

「神?」


 神憑き――純粋な神を持っている異能者の血を体内に取り込めば同等かそれ以上の力を得ることが可能となる。場合によっては新たな神を創造することも。


「そういう人間を神殺しとあいつらは呼んでいた。だが今のところ成功は無しだ。神の力を体に入れることがどれだけのことかこれでわかるさ」

「……」

「良かったな俊。もし俺のように異能も使えない、あいつらみたいな状態だったらお前も今頃ああなってたぞ」


 ガラスの向こうでは未だ残虐(ざんぎゃく)な実験がされている。

 俊と一瞬だけ目が合った母は次はお前だと言わんばかりに微笑んでいた。

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