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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第一幕
7/164

終わり、そしてよろしく

「柊さん!?」

「あ?」


 紫は肥前の目に尻込みしながら里奈の隣に立った。


「何だよお前。新入りか?」


 肥前の言葉には耳を貸さず、紫は先ほど言われた手順を始めた。


『まず胸の前に球体をイメージする』


 紫の目の前に赤黒い珠が現れた。


(げん)……」


『その後爆弾だけに……標的(ターゲット)だけに注目する。そして唱える』


「異能・破壊神(はかいしん)!!」


 珠から光線が放たれ爆弾に当たって砕け散った……はずだった。爆弾は少し動いただけで倒れもしなかった。


「そ、んな……」


 絶句する紫の前で下卑た笑いを肥前は出した。そして爆弾のスイッチを押した。


「まずい!!」


 爆弾を屋上から投げ飛ばして爆発させれば簡単だがこんな都心でそんなことをしたら異能者としてどうなるかは想像がついてしまう。あやは急いで日和を救出した。里奈は必死に爆弾を止めようとしたが後戻りは効かない。


「くそっ! どうしたら……」

「ははは……これで異能者なんていなくなる。俺の勝ちだ。はは……」


 壊れた肥前の横を通り抜け、紫はもう一度異能を使おうとした。


「破壊神……お願い……破壊神!」


 どれだけ唱えても壊れない。


(もう……無理……)

「里奈、投げて!」


 里奈ははっとして後ろに爆弾を投げつけた。


「先生?」

「真由美!」


 紫が振り返った先。扉の前には見かけない女性が一人立っていた。刀を持って。


「異能・阿修羅王(あしゅらおう)!」


 刀は綺麗に弧を描いて爆弾を真っ二つに割った。


「え?」


 残り一秒というところで爆弾は止まり、本来の役割を果たさなくなった。


「……あれ? 爆発……しない?」


 完全に狂った肥前をあさは気絶させ縄で縛り上げた。


「あ、あの先生……今色々起こりすぎて何が何だか……」

「ああごめんね。説明だけだったのに。結論から言うともう爆破は無いから大丈夫。それと彼女は……」

「おかえりから(ねえ)!」


 あやが女に飛びついた。女は笑ってあやの頭を撫でる。


「……彼女の名前は禍乱(からん)真由美。探偵社の古株で私と同じ二十五歳よ」


 真由美はにこりと笑った。


「初めまして。急に異能なんか使って悪かったわね。多分読者さんもついていけてな……」

「メタイこと言わないで真由美」


 里奈がこれまた必死に口を閉ざそうとした。


「あ、あの……柊さん」


 呼ばれて振り返ってみると、先程縛られていた“悟り”……日和がいた。


「さっきは助けようとしてくださってありがとうございます。わたくし本当に嬉しくて……」

 

 日和は感無量と言ったような目で紫を見つめた。


(で、でも私結局何にも……)

「そんなことありませんわ。だってわたくしあなたの勇敢さにあの時どれだけ救われたか……あ、また勝手に心読んじゃった」


 日和は紫が答える前に反論する。呆然とする紫を見て、慌てて日和は謝った。悟りもつくづく困るものだ。


「とりあえずあの男は警察に引き渡してここも元に戻しましょう。あさ、あや、こいつをお願い。日和は警察に連絡。真由美、いい?」


 真由美は小さくウインクをすると“阿修羅王”と呼ばれた刀で紫を遮った。


「ちょっとだけ離れててね」


 紫が返事をする間もなく里奈が灰色の珠を出した。


「源……異能・時雨(じう)()!」


 珠が目も開けられない程の(まばゆ)い光を出した。治まると同時に紫は仰天した。


「あれ? 何も壊れてない。ていうか元通り?」


 乱暴に倒された椅子も、壊されていたガラスの瓶や散乱した書類もすべて元通りになっている。


「これが社長の異能“時を操る”『時雨の化』と呼ばれます。時を止める、進める、戻すことができますが人間は操れません」

「異能……あの日和さん」

「この探偵社には十人の異能者がいますわ」

(心読まれてる……)


 思っていることを話されるのは軽く恥ずかしい。無意識のようだから仕方ないのだが。


「申し訳ございません。それで確か皆の能力が知りたいとのことですが……」

「あ、はい」


 日和は説明を始めた。


「まず十人のうち八人は知っていますね? わたくしにあや、あさ、社長、から姉、やま、しん、まさ、と思うのですが」


 紫は肯定を示す。


「わたくしと社長、から姉の異能は置いといて……あさの異能ですね」


 肥前を見張っているあさの方を見た。


「あさはあらゆる物を壊せたり持ち上げられたり……言わばリミッターと言う脳の制限を解除出来る能力です。さっき机を片手で振り回していたでしょう?」

「……ああ。じゃあ秦先輩は?」


 紫が訪ねると日和は固まった。


「……すいません。わからないんです」

「わからない?」


 あやに聞こえないようにするためなのか特に小さい声で話し始めた。


「異能は普通一人一つなのです。けれどあやは今二つの異能を体内に宿しています」

「炎と記憶操作……ですか?」


 こくりと日和は頷いた。


「なので彼女の本来の異能が何かは誰にもわかりません」




 警察が肥前を連れていき一段落ついた頃。


「さて柊さん。急にこんな事態に巻き込んでしまってごめんなさい。危険な目に会わせてしまうなんて……」


 申し訳なさそうに頭を下げた里奈に紫は慌てた。


「そ、そんなことないです。私こそ異能を操れなくてごめんなさい」


 紫はそれが一番気がかりだった。たとえ一昨日知らされてパニックを起こしていたとしても少しくらい使えると思っていた。それなのに──。


「どうして私は使えなかったのかな?」


 独り言のようにつぶやいた紫に安心させるように里奈は背中をポンポンと叩いた。


「流石に一日二日で習得なんて無理に決まっているわよ。私達だってもとからできてたわけじゃないし」

「それにこれからはここで特訓すれば良いしね」


 真由美が自分の腕を紫のものに絡めた。


「……何言ってるのよ真由美」


 訝しげに里奈は言った。


「何ってゆかちゃんもここに入るんでしょ? それならいつか異能だってコントロールできるよ」

「え?」


 これには紫も驚いた。


(私が……探偵社に?)

「な、何言ってるのよ真由美! 柊さんは単に事情を聞きに来ただけ。彼女は赤の他人」

「探偵社の人間なんて最初は赤の他人でしょ」

「そうじゃなくて……!」


 二人の言い合いの間で紫は奇妙さを感じていた。


(胸のしこりが……和らいでる?)


 あの時里奈に関係ないと言われてから感じていた胸騒ぎがいつの間にか消えている。それどころかほんの少しだが喜びも気づけば浮かんでいる。


(いやいやいや気のせいでしょ。こんな物騒なことに突っ込みたくも無いし昨日の今日でそんな……)


 だが心はキリキリと締め付けられているのだ。


(どうしたらいいのよ!)

「試しにここにいてみたら?」


 それまで黙っていたあさが口を開いた。


「試し?」

「そう。部活だって仮入部とか体験とかあるでしょうよ。あんただってまだ学生なんだしそれくらい許されるでしょう。ね、社長?」


 納得している真由美の隣で里奈は渋い顔をしていた。話の流れからして大事な教え子を探偵社に入れたくないのだろう。


「仮か~。たまにはいいこと言うじゃんあさ」

「た・ま・にぃぃぃ?」

「あーほら喧嘩したら里奈に怒られるよ二人とも」


 あやとあさの恒例となっている喧嘩を止めている真由美の横で紫と里奈は向かい合った。


「……先生」


 震えを堪えて紫は真っ直ぐに里奈を見つめた。


「一週間。私に時間をください。ここで働くかどうかを決めたいんです。どうかよろしくお願いします!」


 紫は思い切り頭を下げた。

 困惑した里奈は真由美に助けを求めてみるが知らん顔されている。


「……わかったわ。あなたのことはあなた自身で決めなさい」

「ありがとうございます先生!」

「ゆかちゃん。ここでは『先生』じゃなくて『社長』ね。それと私はから姉。敬語は構わないけどそこはなんでだか徹底してるから……なんでだか」

「はい! から姉、社長!!」


 満面の笑顔を向ける教え子に里奈は苦笑した。


「私達もあさ、あやって呼んでねゆか!」

「ていうか覚えてんの? 私達の名前」

「はい。あ、後日和さんは確か……」

「ひよですわ。わたくしは十二なので敬語は必要ありません」

(十二!? 年下だとは思ってたけどそこまで!?)

「あなたもまだ十五でしょう? それにわたくし立派な中学生ですわ!」

(心読まれてた……)


 少し……いやかなり変な場所だがそれでも暖かい場所だ。紫はこれから一週間世話になるここによろしくと心で呟いたのだった。めでたしめでたし。


「いやめでたしめでたしじゃないわよ」


 あさがツッコミを入れた。


「今からやんなきゃいけないこともあるしのんびりはできないでしょ。特に寮のこととか」

(寮?)


 確かに三、四階は住宅のようになっていたがそこに住むのか?


「ああ。探偵社にいる奴は全員寮に移り住むことになってんだよ。

 てことは親御さんに連絡しないとね」


 あやがテキパキと話を進めてしまっている。


「え、え? あれ?」


 また一波乱来そうな予感が紫の脳を横切った。

阿修羅王→インド神話の悪神。又は日本の仏像に同じ。真由美は憑依者のためこの力は取り憑いている鬼のもの


時雨の化→草木が時雨を得て芽生えるように君主・市の恩沢が広く及ぶこと

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