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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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復活したら、すぐに依頼

「おと……おっとっと」


 一週間――紫が意識不明になっていたことも考えると二週間、地面に足を付くことを許されなかった紫はギプスを取った足で歩くことに苦労していた。


「何で歩けるの」

「恵子さん。もうそれは聞いちゃいけないやつです」


 里奈が産まれたての子鹿のように震えながら立っている紫を見る。里奈と恵子の身長は然程変わらない為、里奈もそんなに不機嫌ではなさそうだ。というか周りの人が大き過ぎるだけであってひよや紫と比べたら平均的な背である。


「健康調査しても完璧な健康体なので運動も大丈夫です。治癒能力も多分正常ですし」

「凄いわね」

「あなたが言うんですか?」

「ゆかは特殊なので」


 ようやく慣れてきた紫はゆっくりベッドの周りを歩き出した。


「ところで今日って平日ですよね。学校は」

「研修日です」

(……休みなの?)


 気づくと戻ってきた紫を支えて退出の準備を始めた。


「お世話になりました恵子さん。お忙しい中」

「いえ。こちらもご迷惑をおかけしていましたので」


 今はまだお昼時で具合の悪い人も少ないのか静かだ。


「あや達は普通に学校だからいないけど帰ってきたらたくさんおしゃべりすればいいからその間は寝ていなさい」


 体は治っても魔力はまだ戻ってきていないのだから。眠気が取れないのはそれが原因だ。

 まさが例だがあれは寝れば回復するらしい。忙し過ぎて一向に良くならないらしいが文化祭前のあの状態が普通らしい。

 久し振りの電車。久し振りに帰る探偵社。だが以前のように喜びいっぱいには済まされない。


「ゆか?」

「何でもありません。から姉はいるんですか」

「どうかしら。依頼が来ているのであればいないだろうけ……」

「おかえりゆか」


 里奈が言い終わる前に玄関まで真由美が迎えに来て荷物を受け取る。


「……声聞こえたの?」

「阿修羅がずっと見張ってたのよ。ゆかの肩にいるわよ」

「え」


 どれだけ目を()らそうとしても見えないし触れない。


「阿修羅はゆかのことが気に入ったみたいね。一緒にいさせてもらってもいい?」

「私見えないよ?」

「あの子は気にしないから」


 元々真由美とひよにしか見えないのである。今更この人に見えないからと落ち込むことなどない。


「それじゃあ寝てきます」

「ええ。ちゃんと回復するのよ」


 紫は眠気で少しふらつきながら――真由美から見れば阿修羅と一緒に――部屋へ行った。


「なんかゆか大人しくなった?」

「というより子どもらしさが消えたってところかしら」


 本当の理由を彼女達は知らない。


 紫の気持ちを若い内から知っている者には――神の力では無い者が紫を理解することなど不可能なのだ。


「あ、そうだ。里奈が帰ってきたらにしようと思ってたのよ。私情で行きたい所があるの。良い?」

「いいけど……この頃どこに行ってるの?」

「秘密。あ、大丈夫よ。麻薬とかではないから」

大幅(おおはば)に危ないこと言わないで!」


 阿修羅を連れて行かないと言うことは安全な仕事なのだろう。真由美が里奈に隠し事をすることはあまり頻繁(ひんぱん)にはないため気になるのだ。


「もしかしたらあや達の帰りも遅くなるから早めに済ましてね」

「おっけー。あの子達が来る前にゆかとイチャイチャ」

「寝かせてあげて」


 里奈は追い出すように真由美を行かせた。

 その日の夕方、真由美の手の爪に微かに赤いものがこびり付いていたのを里奈は見逃さなかった。




「ゆか、猫じゃらし!」

「……で、どうしろと?」


 ちゃんと洗ったと言われても、目の前で振られても紫は猫では無い。むしろ叩き起されてイラついているくらいだ。


「あれ? 猫好きじゃなかった?」

「好きですけど」

「ほれ!」

「いりません!」


 あやの手を強く叩く。猫好き=猫じゃらし好きだと思っているのだろうか。


「ほらやっぱりじゃらしじゃ無理だって。(まり)とかさ」

「ああごめんゆか。あやもあさも軽くテンパってるんだよ。ちょっとだけ我慢してて」

「てん……何かあったんですか?」


 にしてもテンパって猫ってどういうテンパりようだよ。と紫は思う。


「猫みたいにすばしっこくて人は探せるのに追いつけないんだよ。おかげで解決できなかった。それにその子は持久力が凄いから後少しってところで僕達の体力が尽きちゃうんだ」

「ふーん」


 だからあやとあさは猫を引き寄せる為に紫で実験してみた。酷いテンパりようだ。


「でもそんな急がなくったって」

「それがそうも行かないんだよ」


 この依頼を申したのは魚屋の店主――の娘だった。

 いたずらを仕掛けるその子は毎日嫌という程に魚を奪っては去っていく。辺りには野良猫も多く人情に厚い店主はそれを見て見ぬ振りをしていた。

 だがそれは本当に嫌がらせだったらしい。ある日娘が公園のゴミ箱に腐った魚が捨てられていたのを見た。店主が悲しむため、娘は黙っているが現状維持も納得できないので探偵部に頼ったのだ。


「異能を使っても追いつけないから困ってるんだよ」


 凄まじいスピードという訳だ。というか魚って本当に猫ではないのか。


「よし。社長、銃貸して」

「一般人に使わない」

「じゃあ機関銃?」

「一緒よ。ていうかどっちかっていうと危険度増してるから」

「社長の異能は?」

「社長の力じゃ追いついても捕まえて運んで来る前に逃げられちゃうんだ」


 紫はぼんやりしている頭を駆使(くし)して作戦を考える。


「学校に追い詰めることってできますか?」

「できるよ。その子は遊べればいいらしいから」


 遊ぶ――魚もその内の一つなのだろうか。大切な売り物を遊び道具にするなんて()(しつけ)な子だ。


「じゃあ明日その子と対決したいです」

「え、大丈夫なの? 本当に速いから体力的に」

「平気です」


 何故か眠気が覚めている紫があやに詰め寄る。


「わ、わかったわかった。でも本当に手加減知らずだからね」

「大歓迎です」

「大……え?」


 ひよの隣でその能面顔の口を微かに吊り上げた雛子に里奈は奇異の反応を見せた。

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