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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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日常となった幸せな日々

「……けいこさん」


 パソコンでリストを作っていた恵子はビクっと体を震わせた。起きる気配の無かった紫にいきなり声をかけられて驚いたのだろう。


「お、おはよう柊さん。体調はどう?」

「たいちょう……」


 やはりまだ脳への障害が残ってしまっているせいで返答が難しいらしい。そんな様子を見ていた恵子はしばし口に手を当てて考える。


「そうね……声は聞こえてるのよね。今から質問するからはいなら一回、いいえなら二回手を握ってね」


 わかった? と言われて手を握られたため、こちらも握り返す。


「じゃあまずは……気持ち悪い?」


 二回握る。


「どこか痛いところはある?」


 二回。


「眠い?」


 一回。


 そんな調子で同じやり取りをしている間、空いている片手では恵子が何かを打っていた。


「?」

「あなたの体調をメモしてるの。うん、でも人より回復は早いわ。頑張れば一ヶ月後には退院できるかも」

「……たいいん」


 勉強をしておかなければならないと紫は密かに思う。それと同時に意識も大分戻ってきたが下の方に何か違和感がある。


「どうしたの?」

「あし……」


 左足の膝から下が思うように動かない。何かに吊るされているような――いや、吊るされていた。

 ギプスと包帯によって本来の足の二倍の太さになっている左足が布に吊ってあった。


「……」

「あなたの足ね。所々骨が見えるくらい肉が()ぎ落とされていたの。それでどうして痛みに耐えられたのか聞くのは野暮(やぼ)よね」


 恵子は一週間前のことを思いだしたのか苦笑する。


「探偵社の方達は夕方頃来るらしいからね。それまでは安静にしていてね」

「たんていしゃ……」

「そうそう」


 ベッドに押し付けられて布団を被せられても眠気は襲って来ず、ひたすら白い天井を見続けていた。


(ああそうだ。アイラと戦ってフェリスは死んで……ひなみが来て)

「ひなみ……?」


 ひなみはマフィアじゃないの?

 どうして助けに来たの?

 どうして社長はひなみのことを――


 『雛子』


(ひなこって……誰?)




「ただいま母さん」


 夜も近い夕刻。

 結局眠れずにいた紫に心配した恵子が簡単な本を持ってきてくれた。それを読んでいた紫は恵子より早くしんの存在に気づいた。


「おかえり。お疲れ様」

「……おかえりなさい」


 幾分(いくぶん)正気を(たも)っていた紫が小さく声を出す。

 しんは少し驚いていたがすぐに側へ行って包帯を崩さないように優しく紫の頭を撫でた。


「ただいまゆか。体は平気?」

「……うん」


 小さく紫は(うなず)く。


「しんだけ?」

「一応仕事があるからから姉とひよは探偵社にいるよ。社長はこの頃忙しいらしい。それ以外はいるにはいるんだけど」

「?」


 気まずそうに目を逸らした後、しんは恵子の元へ行き耳うつ。恵子はたっぷりと溜息を吐いて内線ボタンを押し命令した。


「??」

「心配いらないわ柊さん。若者が早いうちからはっちゃけているだけだから」

「はっちゃけ?」

「それにあさがちょっかい出されてブチ切れてあや達が止めてる」


 あさとちょっかいと言ったら選択肢は一つしか考えられない。

 どうしてこうも悪い具合に逆鱗(げきりん)に触れるのだろうか。いや、普通初対面でそんなこと言わない。


「よっぱらい」

「「そう」」


 まあ容赦(ようしゃ)なしだろう。そこら辺にあるガードレールやら標識やら振り回しているに違いない。現在進行形で。


「しんー。やっとあさ落ち着いて」

「やま」


 恐らくしんを呼びに来たのだろうやまが病室に入ってきた。


「ようゆか。元気か?」

「うん……」


 肯定を示しつつあまり元気の無い返事にやまは心配した。


「それであさが落ち着いたの?」

「ああ。ていうかあやがゆかの見舞いに来たんだと言ったらすぐ冷静になった。ちなみにアル中共は全員そっちに送ってやったから」

「こんな早い時間から本当に馬鹿なことを」

「えっと」

「俺達の母さん」


 言い忘れていたが恵子は探偵社内の人とは殆ど面識なしの状態である。

 ついでにもう一つ。恵子は診察に来る男――既婚者も含め――ほぼ全員に求婚されるような絶世の美女である。

 それでも死別した旦那以外と結婚するつもりがないところ恵子は(いち)()だ。


「初めまして。白川恵子です」

「あ、はい初めまして。大山俊です」


 たじろぎながらもやまは言い、しんと恵子を交互に見て最後にしんの方に近寄った。


「まさに似てるな」

「そう?」


 あまり自分達の容姿に興味のないしんは首を傾げる。


「……あやたち」


 半分空気になっていた紫がポツリと呟く。


「呼んでくるか?」

「うん」


 わかった。と言ってやまは出ていこうとしたが。


「ゆかぁぁぁぁ!!」


 ドアが勢い良く開いて病室に大きな音が響き渡った。

 スライド式だったからまだ良いもののもし前後開閉型ならやまが思い切り()(しょう)するところだった。


「起きたの!? ゆか起きたの!?」

「あや、ここ病院」


 やまが鷲掴みの形であやの口を封じる。

 それでもまだ何か言いたいらしく手の中でモゴモゴ言っているが。


「あーもう足止め食らった。何なのよ今日厄日!?」

「お前もか」


 何故かウィッグを――酔っ払いと喧嘩している間に取れたのだろうか――外してブロンドヘアを(なび)かせているあさとそれを早歩きで追いかけてきたまさが入って来た。


(にぎ)やかね」

「ごめん母さん」


 困り眉になりながらも恵子は笑う。


「あや」

「離せやま。ゆかぁぁ会いたかったぁぁ!!」


 潰しそうな音を響かせながら紫はあやの豊満な胸に顔を押しつけられた。


「あや。それは私への当てつけか?」

「え? 何が……いたたたた頭掴むな!」


 胸への過激な嫉妬(しっと)(いま)だ継続中であった。


「くるふぃ……」

「喧嘩するならせめて離してあげて。ゆか振り落とされそうだから」


 しんが慌てて吊るされている左足が落ちないように固定した。紫も窒息しそうになって(うめ)く。


「さっきから容姿を(ののし)られている私にいい度胸ね。ぶっ飛ばす」

「返り討ちにしてくれる」


 あさが近くにあった棚を――勿論片手で――あやは手の内に炎を出現させる。


「外でやれ」

「ひ、火? え、その棚片手どころか一人で持てるわけないのに」

「母さん落ち着いて」


 非異能者にこの光景は気絶ものだろう。現に血の気が引いていっている。恵子の場合、あまり攻撃的な異能を見たことがないのだ。


「突き落とすか?」

「ここ四階だけど」

「あの二人なら悪くて()(ぼく)だと思……」

「「流石に死ぬわ!!」」


 急に騒がしくなった。しかし紫は別段嫌な気分にもならなかった。


(……たのしいなあ)


 紫は小さく微笑んだ。

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