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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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鬼の拷問

「お疲れさま武田警部。急に仕事を増やしてすいません」


 異能者とも繋がりのある裏警察――通称・異能特務課の長である武田の元へ真由美は行っていた。


「いや。異能者が予定外のことを行うのは当たり前になっているだろう。それで今日も面会か」


 面会。

 傍から見ればそうなのかもしれないが。


「とりあえず鍵を貸してもらえますか? ああ、(とも)は付けないで」

「わかっているさ。だがあんまりボロボロにしないでくれよ。ここでの件は上にも伝わるのだから」

「ええ」


 鍵を受け取り牢のある地下室を更に奥まで進んで行く。


 《暗証番号を》


 機械に数字を打ち込みいくつもの鍵の中から一つを差すと扉が開く。

 その向こうにはまた果てしない廊下があり、突き進んで行くと頑丈そうな扉。


 《暗証番号を》


 先程と同じように数字を打ち込み鍵を差し込み廊下を歩き数字を打ち込み鍵を差し込み廊下を歩き。

 五回目にカギを差し込んだ時、ちがった風景になった。

 一つの電球しか無いため、薄暗いその部屋の前には檻があり椅子に足を、手は背もたれに縛り付けられている人間――体中を包帯で巻き付けられ見えているのは右目と口だけだが――と真由美は対面していた。


「……起きてるんでしょう? もう罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)は吐かないの?」


 その人間はギリギリと歯噛みをする。


「今日ようやくゆかが起きたわ。すぐに寝てしまったけど後遺症は残らないと思うわ。本当に安心した。でなければあなたを殺してしまうところだったもの。ねえ? アイラ」


 アイラの手首と足に付いている(かせ)は魔力を封じるものであり、どれだけ真由美が何を言おうとも反撃すらできない。


「……殺せ」


 アイラの口から憎しげな声が出る。


「奴隷にすることもなくこの場で(とら)えているだけ無駄だ。殺せ」

「……アイラ・ナール。十を迎えるまで(しょう)()の母と共にスラムの街で奴隷として生きてきた。異能で母を殺し商人を殺し……死体への愛着だけで今日まで生きてきた。愛を知らない哀れな子」


 アイラの目が怒りに燃えた。


「私が哀れ? 鬼の分際(ぶんざい)で同情を向けるな。お前なら一振りで私を殺せるだろう。日本は貧しい国では無い。お前にわかるものか。幼い頃から酒と女にしか執着(しゅうちゃく)しない者共の奉仕をしてきた。母は汚い男の為に腰を振って金を稼いでいた。そんな屈辱(くつじょく)に耐えてきた私の気持ちをお前に知られてたまるものか!!」


 顔を歪めたことで傷口が開いたのか血が染み出してくる。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 情を向けるなら殺せ。慈悲などくれてやるな」

「……お前は殺さない」


 冷ややかな眼差しをアイラに向ける。


「今はまだその時じゃない。ゆかへの(つぐな)いを……お前が苦しめてきた人間達への(つぐな)いを終えたら殺してやる。だからそれまでは私の奴隷でいろ。アイラ・ナール」


 真由美はそれだけ吐き捨てると元の道を引き返した。


(里奈だって知らない私が作った牢獄(ろうごく)。異能者にとっては拷問部屋。そんな場所を皆が知る必要は無い)


 ()(ちょう)するように真由美は笑い、その声は延々と木霊(こだま)した。




 翌日。一日中寝ていた里奈は全快して、そのまま教員として通勤していった。


「え、栄養剤も飲まずにあんな回復するなんて本当に異能者って凄いのね」

「違う母さん。あれは例外」


 里奈を見送り、その体力に畏敬している恵子にしんがツッコむ。

 平日の今日は流石に紫につきっきりはできないが、せめて行くまではとしん達は病院に残ったのだ。


「それはそうと母さん。本当にゆかを任せて大丈夫? 多分起きても動かないとは思うけどほぼつきっきりになるだろうから院長としての仕事は」

「平気よ。今日は手術も無いし病室でもカルテは作成できるから……ふふ」

「何?」

「ううん、ちょっとね。息子の成長した姿を見れることなんてもう一生来ないと思ってたから」


 幸せそうに笑い、恵子はしんの頬を撫でる。


「やっぱり二卵性なのね。正一とは似てるけど少し違う。というか身長差が凄いわね。あの子は百七十くらいなのにそれより大きいでしょ」


 楽しそうに恵子は喋る。


「俺達は元からあまり似てないだろ母さん。それとそのことはまさに言っちゃ駄目だよ。ああ見えて気にしてるんだから」

「え、そうなの? 十分だと思うのだけど」


 決して彼女がまさのことを『人形』だとか『木偶(でく)』だと言うことはなかった。

 まさと対面する時も愛情を(たた)えた眼差しだった。勿論後ろめたさも残っていたが。


「母さん」

「なぁに?」

「お疲れ様」


 昔、亡き父が恵子にしたように頭に手を乗せる。


「そろそろ時間だから行ってくるよ。何かあったら連絡してね」


 指定バッグを肩にかけてしんは外に出る。


 ドアが閉まるのと同時に恵子はその場に座り込んで嗚咽(おえつ)を漏らす。


(あなたが守ってくれた子ども達は……優しい子に育ってくれました)

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