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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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重症の紫

ゆかちゃんお目覚めー

 薬品のような匂いが鼻をつく。規則的に機械音が鳴る音で目を覚ました。


(どこ?)

「起きた?」


 頭が重すぎて眼球だけを動かす。現れたのは清潔な白衣を着たダークブラウンの髪の女性。

 不意に手を握られる。


「聞こえる? 手を一回握ってみて」


 力を入れてみるが親指の第一関節しか動かない。喉も張り付いていて唾液を飲むことも辛い。


「安心して。ここは病院よ。白川総合病院。私は白川恵子」

(恵子さん……しん達のお母さん。ここは病院)


 頭の中で反芻(はんすう)する。普段なら数秒もかからない行為がスローモーションのように動く。

 恵子はじっと黙って待っていた。


「け……え……ケホッ」

「あ、お水欲しいわよね。一週間も寝てたのだから」


 起こされてストローに口をつける。

 吸うのにすら半端じゃない力を使わなければならなかったが何とか(のど)まで水は通った。


「ちょっと待っててね。今城ヶ崎さんを呼んでくるから」

(じょうがさき? 誰?)


 知っているはずなのに思い出せない。

 そうこうしている内にバタバタと慌ただしい音が外から聞こえてくる。


「ゆか!!」


 紫は最初その人が何者なのか判別(はんべつ)できなかった。いや、そろそろ頭も現世に付いてきたようだったが入ってきた彼女の姿が普段と違っていたのである。

 いつもはしっかりと一つに結いている銀色の髪はボサボサで目には(いく)()にも隈が浮き上がり、何より全く寝ていないのだろうが紫よりも弱々しく見える。


「しゃ、ちょ?」

「……良かった。死んじゃうんじゃないかと思ったわ」


 里奈はガックリと膝から崩れ落ちてベッドに突っ伏した。そのまま紫がどれだけ呼んでも動かない。


「安心した途端に気絶するなんて本当に張り詰めてたんだね」


 しんとまさが部屋に入ってくる。


「仕方ないよ。一週間睡眠薬を飲んでも寝られないくらいだったんだから。正直最低でも一日休ませないと正常には戻れない」

「……いっしゅうかん?」


 視界は未だぼんやりしているが耳はしっかりと言葉を聞き取れているようだ。


「ゆか。君は一週間ずっと生死を彷徨(さまよ)っていたんだよ」

「……どうして?」


 紫の前で二人は顔を見合わせる。


「どうして……って覚えてないの?マフィアとの戦いを」

「まふぃあ……」

「ゆかは知らない内に首を切られて大出血したんだよ。そのせいで治癒能力が効かなくて意識不明になったんだ」

「だいしゅっけつ……」


 呟いてはいるがさして反応はしない。どころか感情の無い言葉を話す人形のようだ。


「どうしたのゆか。いつもみたいに表情も動かないし目も(うつ)ろだし。気持ち悪い?」

「いつも……」


 焦点の合わない目に仲間を映す気配は無い。


「精神的ショックが大きいのでしょうね」


 真由美が里奈を肩にかけ、しん達にも出て行くよう命じた。


 戻ってくるとぼーっとしている紫の側に腰をかける。


「マフィアに拉致され、少しの間破壊神に体を乗っ取られた。フェリスの死を受けて一時的に狂気よりも怒りが勝ったせいでアイラ・ナールと(たい)()した。覚えてる?」


 紫は首を縦に振る。聞かれたことに対してはしっかりと反応できるようだ。


「その後、船が沈む前に里奈が追いついて救出した。だけど大出血のせいでそこで意識が……ゆか?」

「……ひなみ」


 思い出してきた。海に落とされる直前に誰かに抱えられた。


「ひなこ……?」

「ゆか。もう寝なさい。首を切られた上に頭の損傷も軽くは無いのだから」


 話はまた今度ねと言われて目元に手を当てられると急に意識が遠くなる。


「おやすみ、ゆか」




『起きた!?』

「起きたわよ。また寝たけど心拍(しんぱく)も正常だし。正直里奈の方を心配しなきゃいけないわ」


 一週間前。あまりにも酷い傷を負ったせいで自己再生能力が低下してしまい、まさの力でも大出血を防ぐことは不可能だった。

 院長であり手術も人並み外れた恵子が急いで縫合(ほうごう)していなければ絶命していた程だ。


 だがその後も大変だった。異能のせいで力を失った紫の体は呼吸困難、血圧低下、更には心肺停止にもなった。

 記憶が曖昧でも焦点が合っていなくても起きて話せるだけで十分回復したようなものだ。


『ああ良かったぁ。大事な後輩死んだら社長が暴走するだろうし』

「まあそれを止める人もいなくなるでしょうね」


 あやとの通話に真由美は苦笑する。


「それにしてもひな(・・)のことだけは覚えてるのだから驚いたわ。まあ仕方ないわよね」

『説明は?』

「もう少し回復したら。今は脳に衝撃を与えない方が良いし」

『御見舞に行きたいんだけど。次いつ起きる?』

「知るわけないでしょ。これからは短いけど毎日起きると思うから来ればいいじゃない」

『あいよー』


 通話を切る。紫が意識不明の間、ずっとクラスメイトにあやが説明してきてくれたのだ。

 というか本来この仕事は里奈に任せているのだが生憎彼女の意識も戻ってくる気配は無い。今は恵子の計らいで客室に寝かせている。


(ったく。だから少しくらい休まなきゃ駄目って言ったのに。社員思いめ)


 真由美は内心そんなことを思いながら外出する準備を進める。


「から姉どこ行くの?」

「ん? ああまさ。ゆかの容態(ようだい)もわかったしちょっと行きたい所があってね。もし里奈が起きてゆかの方へ行こうとするなら()(じょう)置いていくから」

「なんで持ってるのか聞きたいんだけど」


 ジャラリと鳴る真っ黒なそれをまさは嫌々ながら受け取った。


「それじゃあ(よろ)しくね。遅くなるかもしれないけど心配しないでね」

「……行ってらっしゃい」

「行ってきます」

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