から姉の一日
「……」
「どうしたのひよちゃん。そんなに眉間に皺寄せて」
「いえ。少し気になることがありまして」
ひよの視線にあるのは里奈と仕事について会話している真由美の姿だった。
「から姉?」
「はい」
別に対して不思議な点は無い。いつも通りモデル体型であさの喧嘩を買っている。
「から姉はいつも何してると思いますか?」
「仕事でしょ?」
紫達が学校に行っている間、真由美は一人で探偵社にいる。
「本当にそうでしょうか?」
「どういうこと?」
紫はひよに顔を近づけられる。
「いいですか? から姉だって人間です。そう一片に何でも依頼をこなせる訳では無いし、お休みだって欲しいでしょう?」
「う、うんそうだね?」
「この前百目に探偵社内を監視してもらった時です。から姉は皆が出掛けた後、何時間か仕事をしてどこかへ出掛けに行きました」
「そうなんだ。で?」
「どこ行ったかすっごい気になりませんか?」
それがひよの本題であった。
次の休み。
ひよが――半ば強引に――真由美以外の全員に用事を作らせて探偵社から追い出した。紫は何故か付き添い側になったが。
「真由美に聞けばいいじゃない。ひよのこと溺愛してるんだからそれくらい教えてくれるわよ」
「それじゃあ探偵の意味がありません!」
謎の意気込みがあるひよである。それはさておき今日は真由美の監視だ。
「いいですかゆか。くれぐれもから姉にはバレないように」
「あ、はい」
紫は気圧されて返事しかできない。
「……あの二人を放置して大丈夫だと思う?」
「万が一の場合はから姉に頼るしかねえな」
大人組は溜息を吐きながらそれぞれの用事に向かった。
数分後。
「ねえ。やっぱり正直に何してるのか聞こうよ。から姉出てこないじゃん」
「まだですわ。そもそもに数時間はお仕事をしているのですから」
「え、じゃあずっとこの調子?」
ひよと紫は路地裏で入り口から人が出てくるのをずっと待っていた。
普通ならば怪しまれるところだが子どもっぽい――ひよに関してはまだまだ子どもなのだが――二人はさしずめ探偵“ごっこ”だと思われているのだろう。
微笑ましい限りの眼差しを周囲から送られて紫は気恥ずかしくなった。
「ねえひよちゃん。百目で見れるならさ、もう少し奥まで行こうよ。ここはちょっと恥ずかし」
「探偵に恥などいりませぬ!」
もう敬語が不明になっているがツッコむのも疲れた。
それから数時間後。
路地裏でスヤスヤ寝ていた紫――順応力の高い紫はいくら汚い路地裏だろうが浴槽にいようが眠ければ寝る。一度それを探偵社に溺死したのかと思われて以来、疲れていると感じた日は一人で風呂に入らせてもらえなくなった――はひよに叩き起されて渋々目を開けた。
「どうひたのひよひゃん? ふあぁぁぁ……」
大きな欠伸をする。しー! とひよが人差し指を立てる。
「から姉が動き出しましたわ。さあ、参りましょう」
「待ってぇ。朝早かったからまだ眠……」
「行くんです!」
引きずられるようにして路地裏から外に出た。確かに人混みに紛れてスタイルの良い肢体が見える。
(トートバッグだけ……どこか仕事でも行くのかな)
紫は目を覚ましつつ頭を回転させた。真由美の服装は至ってカジュアルなティーシャツジーパンスタイルで着飾っても無ければみすぼらしくも無い。
トートバッグもパンパンでは無いし財布などの必需品が入っているような感じだ。
「気になるでしょう?」
「うん。今心見たでしょ」
「気のせいです」
その後の真由美の行動は少しよくわからなかった。
まずはスーパーに行く。
「醤油にマヨネーズに……あ、後お味噌買ってる。そういえば切れてたね」
昨日あやと何を食べようか迷っていた時に紫が見つけて里奈に買おうか聞こうとしていたのだ。そういえばよく気づいたら品揃えされている。
(から姉がいつもやってるのかな?)
「ゆか。次に行きますよ」
「あ、うん」
次に来たのは交番だった。武田警部を呼んで書類を見せている。
「あれって社長の仕事じゃないの?」
「ええ本来は。ま、まさか社長には言えない隠れた依頼を受け持っているのでは……!」
「話広げ過ぎだよひよちゃん」
そうだとしても里奈ならとっくに気がついてるだろう。そもそも依頼を承るのは里奈の仕事だ。それに武田警部と話すことなら異能関係か何かだろう。
「あ、どっか行く」
「きっとそうに違いありませんわ。だってから姉はたまにわたくし達に隠れて」
「ひよちゃん行かないの?」
一人妄想に耽っているひよを引きずって連れていく。次は――。
「お寺?」
近所にある寺に真由美は入っていった。二人も急いで入り口の方へ駆け寄るが真由美の姿は無い。
「ゆか、ここの道わかりますか?」
「わかんない。もしかしたら入り口が二つあるのかも」
キョロキョロと寺の周りを歩き回ったが見つかることなく寺で遊ぶなと怒られて追い出されてしまった。
「結局から姉の一日はわからなかったね」
夕方になり公園で二人は黄昏ていた。というか疲れていただけだが。
「今日こそはわかると思いましたのに。残念です」
ひよは心底ガッカリしたようで縮こまる。
「またいつか教えてもらえばいいじゃん。今日はもう遅いし帰ろう」
「はい」
少女二人の尾行ごっこはこれにて失敗に終わりましたとさ。
「で、真由美は結局教えてあげたの?」
「いいや。そんなことしたらひよ達の楽しみが無くなっちゃうでしょ」
実を言うと真由美は鬼の力で二人の動向をずっと観察していた。
まだまだ子どもであるひよの尾行は倍以上生きている真由美にとっては本当にごっこ遊びと同等だったのである。紫もまた然り。
「とか言っておいて自分の動きを見せたくないんでしょ。そういうとこは昔から変わらないのね」
「ふふ」
探っていたと思ったのが実は探られていたと二人は知る由も無かったのだ。