目覚めし神の子
アハハハハ! シネ! シネ! ゼンブコワレチャエ!!
目の前が赤く残酷に崩壊していく。
体は砂のようにボロボロと落ちていくのに目だけは痛いほどに痒さが押し寄せてくる。
掻いても掻いても痒みは治まらない。
そして目の前には――
「バケモ、ノ」
背中からは悪魔のようにどす黒く歪な形をした羽が生えていて耳は尖り口元からは噛み殺されてしまいそうな鋭い牙が覗いている。
紫であって紫でないソレは紛れも無く狂気に塗れた破壊の神そのものだった。
「サア。狂気ニ染マリナサイ。フェリス・ペルー」
フェリス……私の名前。紫が呼んでくれたオト。
「……チガウ」
伸びてくる手を振り払う。
「チガウ! ココハワタシノシッテルトコロジャナイ! キエロ、バケモノ!!」
目の前が強く閉じてから開くと元の世界に戻っていた。
「……驚イタ。私ノ狂気ニ勝テルナンテネ」
奴隷だったせいで痛みに耐性があるのかもね。
破壊神はそう呟いた。
「マアコノ船ガ着クノモマダ先ノヨウダシモット遊ンデ……」
「サセナイ」
フェリスは破壊神の首を掴んだ。
「フェリス?」
「……ユカリ。オキテ」
謎の光がフェリスの手から溢れ出る。
「ワタシノマリョク……ゼンブアゲルカラ」
フェリスは首から肩に手を移した。
狂気は私が食い止めるから。
だから破壊神に打ち勝って――。
「ユカリ」
「フェリス……」
フェリスの体にヒビが入る。
既に紫の意識は戻っていた。
「……やめてフェリス」
掠れた声で紫が言ってもフェリスはやめない。
ヒビの間から血が流れ出てくる。
「やめてっ! 死んでしまうからやめて! フェリス!!」
フェリスはクスリと笑う。
「ヤメナイ。イッショニイレテ……ヨカッタ」
フェリスの命はもう尽きそうだった。それでもやめようとしない。
「フェリス! お願いだから……っ! まだ出会ったばかりなのに!」
まだしたいことだって沢山あるのだ。
フェリスを故郷に帰してあげたい。
冷たく接していたことを謝りたい。
なのに――
「死んだら何もできなくなる! もう悲しむことも」
「……」
耳からも血が出てくる。
声なんて聞こえていないだろう。
そう思っても叫ばずにはいられなかった。
「……ユカリ」
血を吐きながら紫の方へ倒れ込む。
「アリガトウ」
紫の膝の上でフェリスの灯は消えていった。
「フェリス? あれ……起きてよフェリス」
その耳が紫の声を聞くことはなく。
その口が紫の名を発することは無く。
その光を失った目が紫を映すことは永遠に無くなったのだ。
「フェリス。フェリ……フェリス!!」
涙がとめどなく滝のように流れフェリスの顔に落ちていく。
反応は無い。
フェリスは死んだ。死んでしまったのだ。
「いやだ……いやだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
たかが一ヶ月。その一ヶ月が紫とフェリスの大切な時だったのだ。
紫の手首には灰色の鎖のような刺青が一周してある。
「……私のフェリスが」
紫の異能から覚めたアイラが魂が抜けたように呟いた。
「今まで出会ったどんな奴隷よりも楽しかった玩具なのに。あんたが壊した……あんたのせいでフェリスが死んだ!!」
「……楽しかった? 玩具?」
紫はよろよろと立ち上がりアイラと向き直った。
「私の玩具を壊してタダで済むと思ってないでしょうね!? 魔姫様の命令に逆らうけどもうどうだっていいわ。あんたを殺してやる! 柊紫!!」
死者の魂がそこら中から溢れ出てくる。
「確かに私のせいでフェリスは死んだよ。
この手首がそう言っているのだから」
フェリスと自分の手首を交互に見る。
「でもあんたには非が無いの? 私の力に負け、フェリスを守ろうともせず……死んだ者を玩具と呼びいつまでも人間として扱わない」
紫の目が再び紅く染まる。だがその目には確かに“紫”がいた。
「倒してやる。お前に苦しめられた者の分だけ。私を敵にしたことの後悔を思い知らしめてやる……アイラ・ナール!!」
珠に涙が落ちて炎を纏った大鎌が作り出される。
「「異能」」
二人は同時に足を引き――双方に走っていった。
「ネクロフィリア!!」
「破壊神!!」




